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1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(2)


62A(31/01/1909)
 マチルドの結婚につきさぞご多忙のこととお察しするが、分析について助言を請いたし。知らない人といると話も食事もできない患者の不安は、男性に向けられた視欲動の抑圧に由来するとおもわれる。これは少年時に一緒の床で寝ていたサディスティックな兄の存在に関係している。この兄は自殺したが、兄の晩年の記憶が患者に欠けている。この患者がとくていの食物を受け付けないのは他のケースに一般化できるだろうか。母親と一緒の床に寝ていた両性愛患者の魚ぎらいは月経臭に由来している。同じような症例をご存知であろうか。

63F(02/02/1909)
 くだんの患者が食べることを性的行為と見なしていることはあきらかだ。肛門の機能が上方の口へと翻訳されている(話すことも含めて)。すべての同性愛者において抑圧されている肛門性愛を考慮することで容易に解明が可能であろう。食物嫌悪はいまだほとんど手つかずの領域であるが、後者の患者と同じ原因をもつことが多い。『年報』の準備が火急である。ランク『英雄の誕生』はすでに印刷にまわっている。追伸:わが家のうれしい大騒ぎはほどなく終息のはず。

1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(その1)


58F(10/01/1909)
 便りがないのは先便[ユングとアブラハムの反目を嘆き、「われわれにはアーリア人の仲間がどうしても必要だ」と述べた書簡]の批判にあなたが傷ついたからだと察する次第。あくまでもあなたへの友情からしたこととご理解願いたし。

59A(12/01/1909)
 便りをしなかったのはずっと病気であったため。誤解なさらぬよう。

60A(13/01/1909)
 あらためて音信不通にたいする弁解。あなたの手紙にまったく気を害してなどいない。ベルリンかザルツブルクでの再会を願う。モートン・プリンスからの手紙のことをブリルとジョーンズにお伝えくださってかまわない。カナダに移住したと聞くジョーンズはどうしているだろうか。家庭の問題を抱えているが仕事は順調。ランクの著作と年報を心待ちにする。

61F(17/01/1909)
 杞憂であって安心した。学会は今年は中止。ジョーンズからカナダ人をこきおろす手紙が来た。シュトロメイヤーの論文への賛辞。年報の校正刷りであなたの論文をハンス症例の次に配したユングの配慮もよろこばしい。ランクの論文を掲載した第五号は印刷にまわっている。クラーク大学から講演の依頼は、経済的理由により拒否せざるを得ず残念。あなたの分析の知らせはうれしい。ヒルシュフェルトの同性愛の発生についての仮説の誤りをあなたは説得することができるだろう。モルの新雑誌については音沙汰なし。掲載予定だった論文(「ヒステリー発作にかんする一般的覚書」)は Sammlung zur Neurosenlehre に収録しなければならない[この論文は最終的にモルの雑誌に掲載された]。いたるところで事態はうごいている。

フロイト/フィスター往復書簡(1909年3月〜8月)


6F(30/03/1909)
 ユングの批評は気にするなかれ。ご来訪をたのしみにしている。

8F(10/05/1909)
 フィスターに贈られたマッターホルンの浮き彫りをめぐる夢想。あなたのおかげでじぶんはユングの言う「父親コンプレクス」から解放された。

9F(13/06/1909)
 論敵フェルスター派の論文への謝辞。年報のための「強迫神経症の一症例」。ユングがアメリカに随行。年のこの時期に感じるコロンブスとの類似。コロンブスのような大地への郷愁。

10F(12/07/1909)
 自分は夢解釈の先駆者について無知であり、剽窃者扱いされかねない。フェルスターは信頼できない。われわれの「学派」に秘密結社なところはない。

11F(16/08/1909)
 あなたの考えは精神分析の言葉を用いることによってもっと理解されるようになるだろう。アメリカ旅行中にユングからあなたの話を聞けることが楽しみだ。

フロイト/フィスター往復書簡(1909年2月〜3月)


4F(20/02/1909)

 われわれの観点が異なるのは、感情が思考過程に影響し、さまざまな形での重要な意味をもつという点であることがあなたの手紙から確認できた。この語にあなたがあたえている歴史的な意味において、私もまた「プロテスタント」であることを認めたい。プラハの友人エーレンフェルス教授が「性的プロテスタント」という名称をこしらえたことが思い起こされる。[……]来月早々に届く小冊子(編注によれば「グラディーヴァ」論文)は、貴兄へのリスペクトのしるしであるとご理解願いたし。


5F(18/03/1909)

 『福音の自由』所収のフィスター論文「分析による魂の癒しと魂の治癒の一症例」についての意見。発表媒体の性質上、検閲がはたらいているのは致し方ないが、検閲が「最良のくだり」(ハイネ)にまで及んでいるのは遺憾。もっと大胆であってしかるべき箇所もある。宗教的な帰依においては、空想の創造的想像力が興奮を呼び起こすことはくりかえし述べるまでもない。宗教はみずからそれを認めようとはしないけれども。
 [論文中の]第一の夢においては、若い女性が「湖に飛び込む」が、「水上で自力で身を支えていて、……すぐに体が乾く」。これは出産の夢である。水から上がることは、コウノトリが赤ん坊を迎えにいくこと、つまり出産を意味している。一方、「水に入ること=出産」は、つぎのように説明し得る。死と性の強い結びつきゆえに、女性は生から解放されたいという願いを、性的空想の象徴的完遂によってしか実現できず、高所から飛び込む、あるいは服毒するのだ(服毒は悪阻に関係している)。
 反対物による表象の容易さゆえに、出産と誕生の象徴は、しばしば混じり合う。サルゴンやモーセやロムルスの神話における「小箱」も同じく誕生を意味している。ランクの「英雄誕生の神話」を参照のこと。小箱とは女性器である。ノアの箱舟の伝説も同じ。くだんの夢においては、男性が女性を助けに飛び込もうとするが、女性は自力で身を支え、自力で脱する。この女性は聖母であり、このくだりの意味は、男性は彼女が男性自身の子供を産むのを助けたいということ。とはいえ聖母は男性の助けなしに出産する。それゆえ、すぐに体が乾くとは、処女懐胎を意味している。この情景の信憑性にたいする夢見者のためらいは、カトリックの教義への疑いを示している。この夢はすでに見たことがあると夢見者が言うのは、母親の膣内の風景への既視感であり、母親の胎内への回帰願望を示している。精神分析の先駆者であるカトリックの良心の導き手が、性的な主題を最小限度に抑えたのはよく知られるところだが、実際には性の主題に精通しているのだ。
 あなたの探究はすぐに典型的な帰結を導き出すはずだ。というのは、宗教的な思考にとって、行動指針は家族のなかに跡づけられるから。「神=父」「聖母=母」「患者=キリスト」。この症例から確信を得たのは、(早発性痴呆に不可欠な)連想技法は神経症の分析においては自由連想にまさるものではないということ。すぐに悪影響が現れるだろう。

フロイト/フィスター往復書簡(1909年2月18日)


3P(18/02/1909)

 精神分析の役割を「魂の癒しの方法」であるとのじぶんの解釈の正しさがフロイト自身の言葉によって確認できてうれしい。フロイトと自分の考え方の(倫理的)相違は、じぶんの職業的立場がそう思わせるほど大きくない。プロテスタント的倫理は性交から不純という汚名を取り去った。宗教改革は、カトリック的な性的抑圧の分析にほかならないが、残念なことに、不十分な分析であった。そこから、教会の正統の不安神経症、ならびにその付随現象、すなわち、魔女裁判、政治的絶対主義、同業組合組織の社会的拘束等々が由来している。われわれ現代の福音派牧師は、完全にプロテスタントであると任じており、新たな土地を求めている。教会はチューリヒ市民に絶対的な自由を保障している。倫理については、自由な考え方ができる。われわれの性的条件は(都市部では)偽善に満ち、穢れている。一夫一婦制と嘘と売春の伝染病のあいだのおぞましい繋がりは明らかであり、たえがたい。ただし、結婚を回避する真の自由恋愛の可能性を見つけるための洞察には欠けている。「自由」恋愛と「野生の[wild]」恋愛の違いはあいまいである。われわれを神経症と悪徳の悲惨から解放してくれるのは、結婚についてのよりよい理論などではなく、社会状況の改善と教育とより健全な生活とである。さしあたっては結婚という理想に代わるものはなく、そこからどれくらい距離を置くかは各人の判断に委ねるほかない。イエスの教えに則り、この理想への道を切り開くことに専心すれば、短所の昇華を促すことになる。

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