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1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(4)


66A(05/03/1909)
 「一般的覚書」は教えられるところ多し。オッペンハイムはあいかわらず性的要因を認めようとしない。外傷神経症についてはさしあたってとりくむ意志はない。オッペンハイムの病院で性的なことがらを扱うのはむずかしい。とりあえずセガンティーニについてまとめられたら「応用論集」に載せたい。同論集の「夢と神話」は未読。両性愛者の分析が成功裏に終わりそうだ。すでにお話ししたヒステリーの症例も然り。

67F(09/03/1909)
 オッペンハイムの了見は狭すぎる。あなたもいずれ袂を分かてるだろう。「夢と神話」は仲間内では大好評。ユングが19日に来訪予定。アメリカ行きが決定。ある方面では不興を買うかもしれないが。弟(アレクサンドル)とフェレンツィ[ユングの名前は出していない]も同行の予定。

68A(07/04/1909)
 「年報」に読みふける。「ハンス」症例は一気に読んだ。その他の論文がすべてチューリッヒ派のものであるのは驚き。ユング論文(「個人の運命にとっての父の意味」)に期待していたが、新味に欠ける。「父」がこれほど重視されていることにはあなたも賛成なのだろうか。わたしの多くの症例ではむしろ母が決定的に重要だ。それ以外の症例では父と母のいずれが優位であるかは決定できない。ビンスヴァンガー論文(「ヒステリー分析の試み」第一部)は冗漫。第二部も知れたもの。そもそも半年にまたがって一つの症例を発表するという神経が浅はか。アメリカ行きはとくに反感を買うことはなかった。行き帰りにベルリンを経由するかどうかが知りたい。ベルリンではユリウスブルガー以外は何ひとつ動きなし。ユリウスブルガーは私に分析を受けている(ここだけの話だが、理由は神経不安)。アイティンゴンが来訪。素材を山ほど抱えているが発表に至らず。アイティンゴンの指摘によって『夢解釈』第二版の二箇所のミスに気づく(「比較精神科学」「1809」)。年号の取り違えについては推測がつく。とはいえいずれのミスにおいてもランクが損をしているのはなぜなのか。オッペンハイムについてはもっと寛容に判断すべきだろう。去年の夏、オッペンハイムは謎の病にかかったが、私のみるところ重度の神経症ないし不安ヒステリーであった。つまりかれはなにごとかを締め出している(この件は内密に)。くだんの男性患者の分析は家庭の事情で中断、新たに二件分析を引き受ける。じぶんじしんのうちに症状行為を発見。分析中、患者の答えを待っているあいだに、じぶんは両親の写真によく目をやる。患者に幼時の転移を発見するといつも同じことをしていることがわかった。そしてその眼差しには罪悪感が宿っている。「両親はおまえのことをどう思っているだろう?」というかのような。二歳の娘に二度ほど浣腸をしたところ、もう二度としてほしくないと毎日言うようになった。明らかに浣腸をせがんでいるのだ。これ以外に肛門愛の徴候はかのじょにはない。

69F(27/04/1909)
 目のカタルやマルタの病気の再発などでご無沙汰していた。もちろんチューリッヒ派の優遇は認識している。ユングの見解についてはほぼあなたに同意する。これまで同性の親のほうが重要だと考えてきたが、これには個人差がある。ユングが全体の中の一要素だけを取り出していることには理がある。ベルリンにはアメリカからの帰途、立ち寄る予定。ユング夫妻ついでフィスター来訪。フィスター来訪の半時間前にモルが来るが、喧嘩別れ。『日常生活の精神病理学にむけて』第3版にとりかからねばならないが、診察で手一杯で健康状態も万全ならず。できれば若い人に委せたい。ランクの本についてあなたの考えを聞きたい。『夢解釈』のミスはすでに解明済み。ランクにたいしてふくむところはまったくない。

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