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1909年のフロイト/ジョーンズ往復書簡(1)


7J(07/02/1909)
 アメリカの旅の報告。(1)ボストンでの精神療法会議。(2)米精神療法学会設立。(3)モートン・プリンス主催のジョーンズによるフロイト講座。ウィリアム・ジェイムズは欠席したが、ミュンスターバーグ、パットナムらが出席。とはいえ彼らの関心はあくまで精神療法にあり、アメリカ人は金を稼ぐのに熱心で、独自の成果は出ていない。なにより無知である。ブリルを除き、『夢解釈』を読んだ人に会ったことがない。プリンスは「心理的衝撃」[外傷の影響を性的要因ではなく強度に帰す]の信奉者で、フロイトがこの概念を「無視している」のを不思議がっている。無意識概念も曲解している。ボリス・シディスはヨーロッパの「すべての」潮流を批判している。アメリカ人に向けての戦略としては、まず各々の流派に通じること。ここではなんでも通俗化されてしまうので、分析の普及を急がず、科学的な厳密性を重視すべき。神経学、心理学の分野で重きを置くのが信頼を勝ちうる早道。アメリカ人は表面的なので、ひとつのテーマをいつまでも論じていると偏執狂扱いされる。性的なことを扱うと性的神経衰弱患者と見なされる。じぶんも性的なテーマは別のテーマにまぎれこませて薄めるようにしている。既存の心理学に関連づけることでもっとも初歩的なことを受け入れさせるのが肝心。いきなり高度なことを教えても怯えさせるだけ。ブリルはその点で誤りを犯した。臨床家としては優秀だが自己満足に陥りがちで聴衆の存在を忘れてしまう。個人的な成功と公的な失敗の乖離という点ではシュテーケルに似ているが、アメリカではシュテーケルの方が重きを置かれている。ボストン以外では精神医学いがいの精神病理学への関心はみられず、精神療法は信用されていない。心霊主義やいかがわしい医療に夢中のがちがちに保守的なボストン人にさえ。アメリカの神経学者および精神医学者のレベルも期待をはるかに下回る。ここではかれらはいわゆる「ビジネスマン」で金儲けに余念がない。ただしアドルフ・メイヤーは早発的痴呆の心因説に与し、ユングの毒素説と距離を置いている。「悪夢論」発表。ハンス症例を心待ちにする。「幼児期の性理論」「詩人と空想すること」拝読。

8J(17/02/1909)
 アメリカのヒステリーはウィーンのヒステリーと同じだが、数は多くない。

9F(22/02/1909)
 モートン・プリンスについてのご意見には同意しかねる。プリンスはフロイトの理論の本質がジャネに負っていると発言し、ブリルとアブラハムから聞くところによると、性的なことがらを重視しているという理由でかれら論文の掲載を拒否したとのこと。フロイトの無意識についても曲解している。プリンスの友好的な態度の裏に隠れた悪意に警戒すべし。あなたの外交家としての才能は認める。分析はアメリカで早晩抵抗を引き起こすであろうから、なるべくその現れを遅らせ、コントロールすべし。ブリルが私の著書の翻訳を終え、精神分析が金儲けの手段としてではなく真の科学的関心の対象となるよう願う。

10F(28/02/1909)
 訪米が決定。かの地でじぶんがあなたの人間関係を損なわないよう希望する。
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1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(5)

70A(16/05/1909)
 モルの主催する心理学協会での発表のためご無沙汰していた。演題は「成人の心理生活における幼児の幻想」。モルはいつものように友好的で、議論に油を注がないように自戒していた。フロイト来訪の件についてはフロイトの述べたヴァージョンとはまったくちがっていた。モルについては悪評を耳にすることが増えている。今度は距離を置くつもり。顧客横取りの一件[編注によれば詳細は不明]についても不利な立場にいる。帰途ベルリンに立ち寄るとの由、たのしみで仕方がない。オッペンハイムは病気さもなければ出張中で、仕事は順調そのもの。午前中に九人の患者(うち六人は分析)。大洪水の記述を除いてランクの本は気に入った。抑圧の諸効果についての今後のかれの研究に期待する。広場恐怖症は脚光を当てるに値するテーマとは思わないだろうか。このケースをかなり見ていて、父か母への固着がみられる。この種の患者は不安にとらわれるときじぶんが小さいと感じていて、四つん這いで歩きたいと願い、まわりの人が極度に大きく見える。じぶんが歩けない幼児であるとの幻想が明らかだ。じぶんのからだが縮んで大地に埋没すると感じている。胎児になるもしくは母胎に回帰する願望がみられる。この見解に賛成であろうか。

71F(23/05/1909)
 オッペンハイムから離れていられるのはよろこばしい。ベルリンでは75歳の兄[エマヌエル]を避けてお宅へ伺いたし。夏はアメンヴァルトに滞在するが、仕事に集中したいので会えない。モルの奴は医師ではなくヘボ弁護士。アブラハムの論文の本数が減っているのは分析への関心を失っているからだと言うので、じぶんが論文発表を半年置きにすべく助言したことを伝えた。[このあとさらに罵倒がつづく。]広場恐怖症を幼児の空間感覚に帰すことができることはわかっていた。空間不安は飲み込まれたいという幻想だ。つづきはお会いしてから。

72A(15/06/1909)
 休暇はオランダで過ごすのでいずれにしてもお訪ねできない。フロイトのベルリン訪問時にはブレーメンに用事ができた[休暇中に会いたいという申し出を拒否されたことに対する腹いせか?]。足および衣服フェチの同僚を分析。この手の患者に治療の効果はあるのだろうか。

73F(11/07/1909)
 ユングもアメリカに同行することはご存知だとおもうが合流のタイミングは未定。

74A(13/07/1909)
 ユングの同行は初耳。オッペンハイムの精神分析批判論文。

76A(10/11/1909)
 神経学会での発表の際、「どんな神経症患者においても出会ったことがないほどの抵抗」につきあたる。新聞で話題の偽霊媒師。

77F(23/11/1909)
 「精神分析について」執筆。神経学協会の発表「夢幻的状態」を「年報」に載せては如何。ウィーンの状況はアイティンゴンよりお聞きかと存ずる。かれに委ねた写真をご覧になれば私がアメリカの件でいかに体を削っているかがわかるであろう。臨床上の新たな発見はなし。ご同僚に患者を譲る余裕もなし。「年報」には載せるべきこと多し。『日常生活の精神病理学へむけて』第3版を近日中にお送りする。つづけて『性理論三篇』の第二版の作業に入る。「応用論集」にはレオナルド論(アイティンゴンにだけ話してある)のかわりにあなたのセガンティーニ論を載せたい。オッペンハイムという若い神話学者の協力をとりつけるつもり。「あなたの」オッペンハイムはウィーンにいるが会わなかった。とくに会いたくもない。ゼミナールを開講中。近くあなたの「ヒステリーと早発性痴呆の差異」をとりあげる。

78A(24/11/1909)
 お写真を額に飾る。セガンティーニ論はあなたのレオナルド論に匹敵するものではないだろうがまとめるつもり。ユリウスブルガーの小著はいまだに妥協的。これは幼児性転移の産物。リーマンなる作家が人は夢解釈によっては幸福になれないと主張。


1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(4)


66A(05/03/1909)
 「一般的覚書」は教えられるところ多し。オッペンハイムはあいかわらず性的要因を認めようとしない。外傷神経症についてはさしあたってとりくむ意志はない。オッペンハイムの病院で性的なことがらを扱うのはむずかしい。とりあえずセガンティーニについてまとめられたら「応用論集」に載せたい。同論集の「夢と神話」は未読。両性愛者の分析が成功裏に終わりそうだ。すでにお話ししたヒステリーの症例も然り。

67F(09/03/1909)
 オッペンハイムの了見は狭すぎる。あなたもいずれ袂を分かてるだろう。「夢と神話」は仲間内では大好評。ユングが19日に来訪予定。アメリカ行きが決定。ある方面では不興を買うかもしれないが。弟(アレクサンドル)とフェレンツィ[ユングの名前は出していない]も同行の予定。

68A(07/04/1909)
 「年報」に読みふける。「ハンス」症例は一気に読んだ。その他の論文がすべてチューリッヒ派のものであるのは驚き。ユング論文(「個人の運命にとっての父の意味」)に期待していたが、新味に欠ける。「父」がこれほど重視されていることにはあなたも賛成なのだろうか。わたしの多くの症例ではむしろ母が決定的に重要だ。それ以外の症例では父と母のいずれが優位であるかは決定できない。ビンスヴァンガー論文(「ヒステリー分析の試み」第一部)は冗漫。第二部も知れたもの。そもそも半年にまたがって一つの症例を発表するという神経が浅はか。アメリカ行きはとくに反感を買うことはなかった。行き帰りにベルリンを経由するかどうかが知りたい。ベルリンではユリウスブルガー以外は何ひとつ動きなし。ユリウスブルガーは私に分析を受けている(ここだけの話だが、理由は神経不安)。アイティンゴンが来訪。素材を山ほど抱えているが発表に至らず。アイティンゴンの指摘によって『夢解釈』第二版の二箇所のミスに気づく(「比較精神科学」「1809」)。年号の取り違えについては推測がつく。とはいえいずれのミスにおいてもランクが損をしているのはなぜなのか。オッペンハイムについてはもっと寛容に判断すべきだろう。去年の夏、オッペンハイムは謎の病にかかったが、私のみるところ重度の神経症ないし不安ヒステリーであった。つまりかれはなにごとかを締め出している(この件は内密に)。くだんの男性患者の分析は家庭の事情で中断、新たに二件分析を引き受ける。じぶんじしんのうちに症状行為を発見。分析中、患者の答えを待っているあいだに、じぶんは両親の写真によく目をやる。患者に幼時の転移を発見するといつも同じことをしていることがわかった。そしてその眼差しには罪悪感が宿っている。「両親はおまえのことをどう思っているだろう?」というかのような。二歳の娘に二度ほど浣腸をしたところ、もう二度としてほしくないと毎日言うようになった。明らかに浣腸をせがんでいるのだ。これ以外に肛門愛の徴候はかのじょにはない。

69F(27/04/1909)
 目のカタルやマルタの病気の再発などでご無沙汰していた。もちろんチューリッヒ派の優遇は認識している。ユングの見解についてはほぼあなたに同意する。これまで同性の親のほうが重要だと考えてきたが、これには個人差がある。ユングが全体の中の一要素だけを取り出していることには理がある。ベルリンにはアメリカからの帰途、立ち寄る予定。ユング夫妻ついでフィスター来訪。フィスター来訪の半時間前にモルが来るが、喧嘩別れ。『日常生活の精神病理学にむけて』第3版にとりかからねばならないが、診察で手一杯で健康状態も万全ならず。できれば若い人に委せたい。ランクの本についてあなたの考えを聞きたい。『夢解釈』のミスはすでに解明済み。ランクにたいしてふくむところはまったくない。

1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(3)


64A(14/02/1909)
 ご助言のとおりであった。分析は軌道に乗りつつあるが、愚かなことを言いはしまいかという不安がいまだ消えない。じぶんが愚かだという意識はサディスティックな兄に植えつけられた感情だ(患者はマゾヒスト)。身体的・心理的に苛みたいという兄の欲望はその自殺以来消えたが、患者の病を通底している。手紙で説明するのはむずかしい。ベルリンにいらっしゃれないだろうか。ベルリンの会合は盛況ではあるが性科学一般に偏っているうらみがある。とはいえ、事態はいたるところで動いている。アメリカにお行きになれないのは残念だ。ブロイラーがふたたび(部分的に)フロイトに与する論文を発表した。フロイトがよこしたブレスラウの建築家はサディズム的な幻想に執着している。背後に早発性痴呆の気配もある。すでにお話したように目下の懸案である外傷神経症についてあなたと議論したい。外傷神経症は神経症の性的基盤を無効化するだけに重要である。とはいえ性的な神経症であることはたしかだ。確信が深まり次第オッペンハイムの病院に資料を探しに行こうとおもうがいかがか。いまひとつの懸案はジョヴァンニ・セガンティーニについての精神分析的研究だ。この画家の人格と作品は性理論を通さないと理解できない。これについてもぜひ直接お話したい。セガンティーニにあって部分欲動の昇華、近親相姦的幻想の抑圧、人間以外の対象への転移が問題になっていることは驚くべきことだ。ついでに足フェティシズムについてお伺いしたい。足や靴の象徴的意味だけでは不十分である。分析中の六歳の少女の患者において、足が重要な役割を果たしている。兄と姉が足を使って自慰行為をし合っている。これはよくあるケースなのだろうか。足フェティシズムにおいて重要な要素なのであろうか。

65F(18/02/1909)
 目下のベルリン行きは困難。この九箇月半のあいだ「金銭の奴隷」になりさがっている。オッペンハイムのところに行ってもむだだろう。外傷神経症はむずかしいテーマだ。科学的研究にあたっては分析技法どうよう、抵抗が最小化する道を選ばなければならない。愚かなことを口にしないように話すことを怖れるというような典型的な症例においては技法を変更しなくても我慢強くつづけていればよい。話すことへの嫌悪は口の別の使用法に究極の原因がある。足フェティシズムについてはさいわいにして最近いくつか発見があった。足による自慰は珍しくはないが、それは足へのフェティシズムではなく症状の原因にしかならない。フェティシズムは以下のように形成される。それは部分的とよぶべき抑圧の結果であり、その過程でコンプレクスの一部が抑圧され、それと連繫した別の一部がその代償として「理想化」される。中世において女性蔑視と聖母崇拝が両立していたごとくである。目下の症例では、足の匂いがもたらす嗅覚的快楽が作用している(倒錯者には清潔な足よりも好まれる)。この嗅覚的快楽が追い出され、その代償としてかつて享楽をもたらしていた足がフェティッシュに祭り上げられる。もはや匂いは問題にならない。いくつかの衣服フェティシズムにあってはこの関係がもっと緊密だ。脱衣場面の覗き魔にとって、服は大いなる障害であった。女性の衣服フェティシズムには裸にされたいという受動的な欲動に由来している。セガンティーニについて真剣にお考えであれば「応用精神科学論集」にどうか。あなたの褒めたユリウスブルガーの仕事についてはじぶんも讃辞をすでに本人に伝えてある。来週刊行の「年報」はビンスヴァンガー論文の印刷でトラブル。拙稿「ヒステリー発作に関する一般的覚書」を同封。「幼児期の性理論」の内容の若干が中傷を引き起こしたようであるが、慎重さと沈黙とが最良の反応だ(ホラティウスの一節が引かれる)。

1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(2)


62A(31/01/1909)
 マチルドの結婚につきさぞご多忙のこととお察しするが、分析について助言を請いたし。知らない人といると話も食事もできない患者の不安は、男性に向けられた視欲動の抑圧に由来するとおもわれる。これは少年時に一緒の床で寝ていたサディスティックな兄の存在に関係している。この兄は自殺したが、兄の晩年の記憶が患者に欠けている。この患者がとくていの食物を受け付けないのは他のケースに一般化できるだろうか。母親と一緒の床に寝ていた両性愛患者の魚ぎらいは月経臭に由来している。同じような症例をご存知であろうか。

63F(02/02/1909)
 くだんの患者が食べることを性的行為と見なしていることはあきらかだ。肛門の機能が上方の口へと翻訳されている(話すことも含めて)。すべての同性愛者において抑圧されている肛門性愛を考慮することで容易に解明が可能であろう。食物嫌悪はいまだほとんど手つかずの領域であるが、後者の患者と同じ原因をもつことが多い。『年報』の準備が火急である。ランク『英雄の誕生』はすでに印刷にまわっている。追伸:わが家のうれしい大騒ぎはほどなく終息のはず。

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