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1909年のフロイト/アブラハム往復書簡(その1)


58F(10/01/1909)
 便りがないのは先便[ユングとアブラハムの反目を嘆き、「われわれにはアーリア人の仲間がどうしても必要だ」と述べた書簡]の批判にあなたが傷ついたからだと察する次第。あくまでもあなたへの友情からしたこととご理解願いたし。

59A(12/01/1909)
 便りをしなかったのはずっと病気であったため。誤解なさらぬよう。

60A(13/01/1909)
 あらためて音信不通にたいする弁解。あなたの手紙にまったく気を害してなどいない。ベルリンかザルツブルクでの再会を願う。モートン・プリンスからの手紙のことをブリルとジョーンズにお伝えくださってかまわない。カナダに移住したと聞くジョーンズはどうしているだろうか。家庭の問題を抱えているが仕事は順調。ランクの著作と年報を心待ちにする。

61F(17/01/1909)
 杞憂であって安心した。学会は今年は中止。ジョーンズからカナダ人をこきおろす手紙が来た。シュトロメイヤーの論文への賛辞。年報の校正刷りであなたの論文をハンス症例の次に配したユングの配慮もよろこばしい。ランクの論文を掲載した第五号は印刷にまわっている。クラーク大学から講演の依頼は、経済的理由により拒否せざるを得ず残念。あなたの分析の知らせはうれしい。ヒルシュフェルトの同性愛の発生についての仮説の誤りをあなたは説得することができるだろう。モルの新雑誌については音沙汰なし。掲載予定だった論文(「ヒステリー発作にかんする一般的覚書」)は Sammlung zur Neurosenlehre に収録しなければならない[この論文は最終的にモルの雑誌に掲載された]。いたるところで事態はうごいている。

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