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1909年のフロイト/ユング往復書簡(その2)


157J

航海中フロイトに施された「分析」の効果。鼠男賞讃。

158F

神話研究の重要性。「レオナルド・ダ・ヴィンチの性格上の謎が突如、天啓のごとくわたしに明かされた」。「フェレンツィとのある計画」(霊媒者との会見でテレパシーへの関心を呼び覚まされたことに関係があるとのアンナ・フロイトの発言が編注に紹介されている)。

159J

「象徴の歴史」への耽溺ゆえの音信不通にたいする謝罪。ヘロドトスのうちに「神経症学説の系統発生的基盤」への鉱脈を発見す。アメリカにおける母親の役割は、文明史上未曾有のもの(男性=羊、女性=狼)。

160F

「神話にも神経症と同質の核コンプレクスが据えられている」。シュテーケルは「杜撰で批判力がない」が、「無意識の感覚にたいしてわれわれのたれよりもすぐれた嗅覚をもっている」。

162J

シュテーケルは「たいていの場合に時宜を得ている」。「神話が語っているものは『自然そのままの』[natürlich]神経症の核コンプレクス」。ヘロドトスにおけるパプレミスの祝祭(棍棒による乱闘)は、アレスが母親と同衾した「自虐的光景」[Flagellantenszenen]の再演。イシスの祭祀なども同様の反復的再現。

163F

「神話にみられる去勢コンプレクス」(「イーデー山のダクティル」)。「エディプスは膨張した足、すなわち勃起したペニスである。まったくの偶然にすぎないが、足フェティシズムの秘密こそわたしの知りたい問題の究極の核心であることに気づいた」。「幼児性欲論が以前にも倍して重要度を加えてきている」。「治療上、このところわたしは抑制されたサディズムの問題に主たる関心をよせている」。「愛の背後には嫉妬と敵意の牙をむきだしにした邪悪な眼差しがいつも潜んでいる」。

165J

「心をあますところなく理解することは、歴史によってしか、もしくは歴史の助けを借りなければ達成できないのではないか。それはさながら解剖学や個体発生の理解が、系統発生や比較解剖学を土台としなければ考えられないのと同断」。「現在われわれが凝縮され、それ以上の解釈を阻止され、ないしは一面的に識別された形態で眺めている個体の心においては、言い伝えによる過去においてひろく解決ずみとされているものしか読みとれないのではないか」。

166F

「協会」にてレオナルド論報告(166)。ユング「父性の運命」中の疾病類型論を評価。

168J

「鼠男」中の「思考の全能」概念が kasuistisch にすぎるのではとの疑念。「ヘラクレス」のような「半神半人」たるフロイトによる命名を後継者たちが無批判に受け取ってしまわぬかとの危惧。思考の全能と迷信。

169F

神話理解に不可欠な幼児性欲説。サディズムにかんして。対立する欲動が神経症発症の根本機制であることはすでに1895年の「不安神経症」論文で確認済みであるが、抑圧する自我と抑圧されリビドーの両者をひとしく考慮することはじっさいには至難の業。アドラーは後者を無視して自説を構築する愚を犯しているが、ユングもその轍を踏みつつあるのではないかとの懸念。

170J

古代の問題は幼児性欲説だけでは説明不可能であり、「むしろ古代は近親姦を目指す闘争とそれに付随する性的抑圧の制定[ディオニソスの狂宴における「性欲の退潮 Rückschlageswelle der Sexualität」]によってひっかき回されている[durchwühren]ようにおもわれる」。

 ユングのこうした指摘は『トーテムとタブー』に刺激をあたえただろう。

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1909年のフロイト/ユング往復書簡(その1)

*フロイト/ユング往復書簡(1909年)


123F——クラーク大学学長スタンリー・ホールからの講演依頼。

124J——アブラハムとの確執、フィスターによるキャンペーン。

125F——フィスター論文(「妄想表象と学童自殺」)への戸惑いと期待。なお、後続する書簡においてはフィスターにたいする信頼の深まりを読みとることができる。アメリカ人の性的な事象へのアレルギーゆえに精神分析が受け入れられないのではないかとの懸念。「わたしがモーセあるならば、あなたにはヨシュアの立場こそふさわしい」。

126J——フィスターと昇華の問題。小児症の観察報告(「吸引オルガスム」)。ユング長男誕生。弟にたいするアガートリの「殺意」。メシーナの地震。

129F——「これは戦争だ(C’est la guerre.)」。アガートリの観察例はハンス症例という「典型」によって説明され、この「典型」を証明するもの(「父にたいする恐怖と成人にたいする不審という神経症の核コンプレクス」)。「最近、フェティシズムの症例についての解釈が少しずつわかりかけてきた」。

133J——「さる女性患者[シュピールライン]が考えられるかぎりの破壊的手段でもってわたしの信頼と友誼を裏切った」。「地獄のくるしみ」。ユング11歳の砌の外傷神経症。アガートリの人形遊び。「政治家」アーネスト・ジョーンズ。

134F——[シュピールラインへの]逆転移は職業的宿命。シュピールラインの一件の報告においてユングは「神学的」な態度に陥っている(「炎、劫火、火刑」という比喩)。

138J——「心霊現象」をともなう症例への「絶望的関心」によって「拷問」にかけられている。フロイトの書斎で起こった有名な「オカルト」的エピソードにかんして「それになにかあるまったく名状しがたいコンプレクスがはたらいているにちがいない、すなわち人間に内在する予知的傾向をつかさどる普遍的なものが存在するにちがいないとの感を深めた。もし『精神分析』が可能であるとすれば、同一の法則にしたがって本来的なるものを創造する『精神綜合』も可能であるにちがいない」。くだんの晩は、「きわめて幸運なことにあなたの父性的な権威にたいする圧迫感からわたしを解放してくれた」。

139F——「あなたを公式に長子として迎え入れ、わたしの後継者とし、あわせて太子としての塗油式をあげたまさにその日の夜、あなたはわたしから父親としての尊厳を剥奪しようとし」たと前置きしつつ、「ふたたび父親の役割に逆戻りして」ユングのオカルト説(「亡霊コンプレクス」)に反論。「なにかを理解しようとしてそのような大きな犠牲を払うよりは、むしろ理解しないほうがましであると忠告したい」。1889年に遡る「61歳と62歳のあいだで死ぬという確信」にとりつかれた体験の報告とその解釈。この「確信」は、『夢解釈』を完成し、これで思い残すことなく安らかに死ねるという「自信」の等価物である。1889年はフリースとの関係が悪化した年であるとして、フロイトはそこにフリースの影を認めている。「わたしの神秘主義はユダヤ教的性格を担っている」。超常的な出来事は、無意識の注意力の高まりが「偶然の協力」(Entgegenkommen des Zufalls)をとりつけたことの産物である。「偶然の協力」は、「ヒステリー症状における身体症状の併発や機知における発語のように、妄想形成と同質の役割を演じている」。

140J——「お宅で出会ったあの禍々しい霊(Geist)はいったい何だったのか」。フェルスターのフロイト攻撃。

142J——ユング転居。『年報』のための「一般的方法論」原稿の催促。

143F——シュピールラインからの「奇妙な手紙」を同封。「硝子の尻」。オットー・グロースよりパラノイア的な著書の寄贈。脱稿のメドが立たない「方法論」の代わりにフェレンツィ「取り入れと転移」を推薦。「鼠男」掲載の打診。

144J——シュピールラインの一件の懺悔。「グロースとシュピールラインはどちらも苦い体験だった」。

145F——ハンス症例にたいする「最初の爆弾」。

148J——シュピールラインへの逆転移の弁明。

149F——「鼠男」を集中的に執筆。「心性のかくも目をみはらせるような芸術活動」。


 そして8月21日、フロイトはユング、フェレンツィをともない渡米する。

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