スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「防衛過程における自我の分裂」ほか

*「シャーンドル・フェレンツィ追悼」(1933年)

 『性器理論の試み』(1924年)の根幹的な主張は諸欲動の守旧的本質である。同書の予告した「生物分析学」がやがて立ち上げられることになるであろう。晩年のフェレンツィはかつての好奇心と社交性を捨て、治療への燃え立つような欲求だけに生きていた。


*「ゲオルク・ヘルマン宛書簡」(1936年)

 「攻撃性こそが良心の源泉でもある」。送付されたタイプ原稿から「フロイト=ユングの技法」という表現を削除するよう要求している。「そのようなものは存在しません」。列車の夢は死にかかわっている。『薔薇のエーミール』のかきたてるベルリン(1928年からサナトリウムに滞在していた)へのノスタルジー。


*「トーマス・マン宛書簡」(1936年)

 「ヨセフとその兄弟」を読むという「素晴らしい体験がいま終わってしまった、わたしはこの続きをおそらく読めないだろうと悲しんでいます」。

 「ヨセフとその兄弟」第三巻(『エジプトのヨセフ』)の読後コメント。ヨセフをナポレオンになぞらえている。コルシカでは長子に大きな権威が付与されており、次男のナポレオンは兄(ヨセフ)に「死の欲望」にも似た攻撃性を向けていたが(フロイト自身の境遇とどこか重なる)、じっさいにはこの兄は競合者に値しない人物だったので、かれに向けられなかった攻撃性がその後、世界征服の途上で莫大な数の人間に遷移された。エジプト遠征の動機はヨセフへの同一化(すでにジョゼフィーヌへの恋着において現れていた)に発する「空想の合理化」であった。ロシア遠征は「自己処罰」であり、かれはヨセフの夢を反復した。
 ジョーンズによればこのアイディアはこれより二十年ほど前にさかのぼるらしい(1934年のツヴァイク宛書簡にも同じ説が披瀝されている)。

 フロイトの死後に発表され、フロイトがあれほど読むことを欲したシリーズ最終巻『養う人ヨセフ』(1943年)において、マンは一神教の起源をエジプト人に帰す『モーセと一神教』とは相容れない見解をとっている。それによれば、イクナートンの一神教はヨセフによって準備されており、その信仰はヘブライの族長たちによって受け継がれてきた伝統であった。


*「ルー・アンドレアス=ザロメ追悼」(1937年)

 「1912年にかのじょが精神分析の手ほどきをうけるためにウィーンを再訪したときのこと。かのじょと親しくなったわたしの娘は、かのじょが若い頃に精神分析と近づきになれなかったことを悔やんでいると聞かされた。もちろん、かのじょの若い頃にはまだ精神分析はこの世に存在していなかった」。フロイトによれば、この逸話はルーの「女性としての運命のなかでもっとも感動的な一幕」である。


*「反ユダヤ主義にひとこと」(1938年)

 ある「非ユダヤ人」の見解の引用というかたちで、反ユダヤ主義にたいする抵抗の三つのかたち(「愛の宗教」「ヒューマニズムという福音」「真理の宗教」)がいずれも偽善であると述べている。カトリック(『モーセ』の二つめの「序文」では「揺らめく葦」とコケにされている)も市民運動家もおのれの掲げている建前から反ユダヤ主義に抵抗しているだけであって、ほんとうはユダヤ人が嫌いなのだ。「真理の宗教」とはこれまでのユダヤ人差別を反省しようという啓蒙に名を借りた道徳主義的なお題目のことであり、やはりユダヤ人嫌悪と両立不可能ではない。くだんの「非ユダヤ人」は、この事実を見抜いてユダヤ人に「断固して味方」している。フロイトは年のせいで引用元が思い出せないと空惚けているが、じっさいにはクーデンフォーフェ=カレルギ伯爵なる著者の『反ユダヤ主義の本質』にケチをつけたいようだ。なんとも人を食った文章である。


*「防衛過程における自我の分裂」(1940年)

 遺稿。現実の「拒否」と「承認」とによる自我の分裂。「この分裂はけっしてふたたび癒えることなく、むしろときとともに拡大されていく」。

 フェティシストは精神病者のように現実(女性におけるペニスの不在)の知覚を否定するのではなく、退行によって「価値」を「転移」させる。

 症例(狼男のそれとやや似ている?)。3~4歳頃に年上の少女に誘惑されて自慰をはじめるが、乳母に去勢脅威を植えつけられる(その際、去勢者として父親が引き合いに出される)。フェティッシュの創造によって自慰は継続されるが、同時に父親への不安が生じる。この不安はちょくせつ去勢不安としてあらわれず、口唇期への退行によって、父親に食われるというかたちをとった(クロノスが参照される)。さらに、両足の小指に触れられる際の不安な感覚という別の小さな症状もともなっていた。「あたかも去勢の否認と承認のさらなる往復運動のなかに[in dem sonstigen Hin und Her]、さらにもうひとつのより明瞭な表現があらわれてきたかのようであり……」。ここで文章は途切れている。


*「精神分析初歩教程」(1940年)

 遺稿。「精神分析概説」との関連性において興味深い。「概説」の続きであるという説にたいし、イルゼ=グループリヒ・ジミティスは、「概説」の原稿は下書き段階のものであるとして完成原稿のある本論文を別の論文とみなすべきであると反論している。

 とはいえ、『モーセと一神教』のいわば双子のテクストである「精神分析概説」の構成や文体をたんなる未完成ゆえとみなすのはどうか? 本論の冒頭で、フロイトは概論的な著作におけるアプローチの仕方を「発生的」と「独断的」という二つのスタイルに分けている。「精神分析概説」は意図的に後者のスタイルを選択したテクストではないのだろうか?

 心的なものの本質の定義は「深層心理学」の前提ではない。物理学における電気の本質と同じように、それは事後的に知られるべきなにものかである(くだんの「基本概念」)。

 心的なものの本質は意識ではない。心的なものと意識的なものを同一視すると、心的現象と身体的過程の相互関係が無視されてしまう(「並行論」はその解決にはならない)。

 意識が心的なものの「本質」ではないとするとき、フロイトは意識の間歇性という事実に大いに依拠している。意識を心的なものの本質とすることは「心の生活の統一性をばらばらなままにしておく」ことになってしまうので正当化されないとされている。ここに、かれがかつて機知についての統一的な理論を欲したのと同じ欲望をみとめることはむずかしくない。


*「成果、着装、問題」(1938年)

 没後に編集された覚書。 

 「子供における存在[である]と所有[をもつ]」。前者(同一化)が後者(対象選択)に先行するが、対象喪失は同一化への逆行をもたらす。

 神経症者は恐竜が徘徊するジュラ紀の風景に住まっている、というヴィジョン。『転移神経症概論』に関連づけて読まれるべきであろう。

 「個がじぶんの内なる葛藤で滅び、種はもはやじぶんが適応していない外界との闘いで滅びることは、モーセのなかでとりあげられてしかるべきである」。『精神分析概説』と『モーセ』の関連性が示唆されている。

 「空間性とは心的装置の広がりの投射」。カントの空間というカテゴリーの説明として。「心とは延長しており、そのことについて心はなにもしらない」。

 「神秘主義とはエスの漠たる自己知覚である」。

スポンサーサイト

「ヘブライ語版『トーテムとタブー』への序文」「『トーマス・ウッドロー・ウィルソン』への序言」ほか

*「アーネスト・ジョーンズ五十歳の誕生日によせて」(1929年)
 精神分析はすべての人間(先史時代を含む)に普遍的な欲動の蠢きの発見を課題とする。それゆえ「精神分析はさいしょから国際的であった」。


*「ジュリエット・ブトニエ宛書簡」(1955年初出)
 スピノザについてのコメントを求められて。心的世界と物的世界の相互関係についてあたりさわりのないことを述べている。「ジークフリート・ヘッシング宛書簡」(1932年)においても、スピノザについての執筆依頼を断っている。
 ブトニエはルネ・ラフォルグに教育分析を受け、ガストン・バシュラールに師事した精神分析家にして哲学者。1953年にラカンやドルトとともにフランス精神分析協会を立ち上げ、会長となる(ラカンとは後に訣別)。


*「S・フロイト/W・C・ブリット共著『トーマス・ウッドロー・ウィルソン』への緒言」(1966年初出)
 欲望や錯覚の満足を断念することで外部世界の支配をなしとげた人類は、みずからの心的な内部世界(「根源的な欲動の蠢き」)をも支配しようとするに至っている。これに対し、ウィルソンは人間の意志のみを重視し、みずからの期待や願望に反する現実を否認した。ウィルソンはいわば「クリスチャン・サイエンスの方法を政治に転用」しようとしていたかにさえ思われる(「神は善である。病気は悪である。病気は神の本質に矛盾する。ゆえに、神は在るのだから病気はない。病気というものは存在しない……」)。ウィルソンは「ほとんどすべての点でじぶんが達成しようとおもったのとはまったくぎゃくの結果を招き寄せ、『つねに悪を欲しながらつねに善を創造する』[『ファウスト』]あの力とはおよそ正反対の存在である」。
 フロイトはウィルソンを嫌悪していたが、本書の執筆[ただしフロイトの寄与について詳細は不明]をとおして、ドン・キホーテにたいして抱くのと同じような、同情と入り交じった一抹の共感を抱くに至った。そしてウィルソンの引き受けた課題の大きさと本人の力量を比べることで、同情が他の感情を凌駕するに至った。
 健常-病的というカテゴリーは量的な関係によって左右される相対的なものにすぎないので、ウィルソンを病的な性格の持ち主とみなすことはかれの不名誉にはならない。それどころか後世に残るような偉業はしばしば「愚者や道化、夢想家、妄想に取り憑かれた人たち、重篤な神経症者、精神病患者たち」によってなしとげられてきた。かれらは病的であるにもかかわらずこうした偉業をなしとげたのではなく、かれらの「病的な特質」——「発達の一面的な偏り、欲望の蠢きのうち特定のものの異常な肥大化、唯一の意図への無批判で抑制の効かない献身など」——こそが、かれらに「外部世界の抵抗を乗り越えるだけの力」をもたらしたのだ。偉業と心的異常は「不可分一体だとさえ信じたくなる」。


*「ハルスマン裁判における医学部鑑定」(1931年)
 写真家による「父親殺し」裁判についてのコメント。『ラモーの甥』(ゲーテ訳)における先駆的なエディプス・コンプレクス的認識が枕に振られる。
 エディプス・コンプレクスは普遍的であるがゆえに裁判の証拠とはなりにくい。ユダヤ・ジョークにあるように、ペニスがあるからといって不倫をした証拠にはならないのと同じである(『カラマーゾフの兄弟』に言う「心理学は両刃の剣」)。かといってインスブルック大学の鑑定のようにその作用を否認する理由はない。くだんの鑑定による「抑圧」概念の濫用が批判されている。


*「ヘブライ語版『精神分析入門』への序文」(1930年)
 「精神分析が、ユダヤ民族の意志が新たな生命をあたえたあの太古の言語の衣裳[Gewand]をまとって紹介されることになった」。フロイト三十五歳の誕生日に、装丁を変えてヘブライ語の献辞を付した古い聖書を父ヤコブに贈られたというエピソードがあるが……(イェルシャルミ『フロイトのモーセ』およびデリダ『アーカイヴの病』参照)。


*「ヘブライ語版『トーテムとタブー』への序文」(1930年)
 著者はヘブライ語を理解せず、ユダヤ教を信仰せず、民族的理想も共有していないが「それでもなお、みずからの民族への帰属性を否認したことはついぞなく、またじぶんの特性はユダヤ的であると感じており、これをちがったふうに感じたいと願うこともない」。「民族同胞とのこうした共通点をすべて放棄しているのにどこがユダヤ的なのかと尋ねられたら、まだひじょうにたくさんのことがある、おそらくもっとも重要なこと[Hauptsache]がと答えるだろう。しかし、この本質的な点[Wesentliche]が何であるか、著者はまだ明確な言葉で捉えることはできないかもしれない。それはいずれきっと科学的洞察にとって近づきうるものとなるであろう」。
 読者のだれひとりとして著者のこのような心情[Gefühlslage]に容易に身を置くことはできないだろう。著者は前提なき[vorausetzungslose]科学が「新しいユダヤ精神」[Geist des neuen Judentums]に疎遠な[fremd]ままにとどまるはずがないと確信している。


*「『メディカル・レヴュー・オブ・レヴューズ』第三十六巻へのはしがき」(1930年)
 アメリカ人は「精神分析や他の要素[「精神分析から発展したのかもしれないがこんにちでは精神分析と調和しない「他の学説体系」]」をごちゃまぜにし、こうしたやりかたをじぶんたちの“心のひろさ”の証明であると称しているが、そのじつ、かれらの“判断力の欠如”を証明するものにすぎない」。「学業や研修を短縮し、できるだけ早く診療実務で活用しようという一般的傾向」がその一因である。


*「タンドラー教授宛書簡抜粋」(1931年)
 貧困者支援のための自主的な提言。高い市民意識を窺わせる記事。


*「ゲオルク・フックス宛書簡抜粋」(1931年)
 政治犯として服役した作家フックスが囚人の処遇の改善を主張するのにたいし、現在の刑罰制度が「現代の文化的人間を支配する残酷さと無理解の必然的な表出」であり、われわれにふさわしい制度であるとブラックジョークを飛ばしている。「資本主義」という言葉がやはり皮肉たっぷりに使われる。


*「ヨーゼフ・ポッパー=リュインコスと私の接点」(1932年)
 前半は夢理論の概説。夢は「正常な人間の心的障害」である(この場合の「心的障害」には精神病も含まれる)。心的装置は調和した統一体などではなく、享楽や破壊を追い求める大衆を思慮ある上層部の暴力によって押さえつけておくしかない、近代国家になぞらえられるべきものである」。夜間の睡眠状態において「内なる警察権力の厳重な警備」が緩められるが、「無意識はけっして眠らないかもしれない」ので、夜警もすっかり眠ってしまうわけにはいかない。
 ポッパー=リュインコスの『ある現実主義者の空想』は、夢の歪曲についての洞察を、同年に刊行された『夢解釈』と共有している。歪曲されない夢を見る登場人物とは、社会改革家でもある作家のユートピア的な理想の体現にほかならない。ポッパー=リュインコスにたいするフロイトの共感は、この作家がじぶんと同じくユダヤ人としての辛酸を嘗め、現代の文化の理想の虚しさを痛感していることをかれが察知したがゆえのものであった。

『モーセと一神教』(その2)

*『モーセと一神教』(承前)

 選民という観念は二重に逆説的である。民が神を選ぶのではなく、神が民を選ぶという点において。また、ふつうははじめから不可分である神と民族が事後的に結びつけられることにおいて。ところで、モーセ教においては、民を選ぶのは神ではなく人間モーセである。「ユダヤ人を創造したのはモーセという一人の男であった」。

 民族の誕生を非個人的な要因によって説明せず、「偉大な男」に帰すこうした見解は「英雄伝説」への「退行」であろうか。そもそも「偉大さ」を定義するのは「精神的な特性」であり、「偉大な男」はその「自立性と独立性」「仮借なさ(Rücksichtlosigkeit)に達するまでの神のような無頓着さ(Unbekümmerheit)」によって際立ち、「驚嘆」と「信頼」そして就中「畏怖」の対象となるべき存在であり、つまりは子供の目からみた父親の姿である。唯一にして全能な神とは端的にそのような形象のことである。ユダヤ人にとって、モーセと神はだぶってみえていたのであり、モーセの神の形象にはおそらく怒りっぽさや仮借のなさというモーセ自身の性格的特徴が取り込まれていた(Y・H・イェルシャルミによれば、本書はモーセの性格研究として構想されたふしがある)。
 
 モーセ教の偶像禁止は、感性的知覚よりも精神性を重視することであり、そのいみで欲動断念である。断念された欲動は、超自我に愛されることによって代理満足を得る。

 感性よりも精神性を上位に置くモーセ教が「父の宗教」であることは必然である。「母から父への転換は、感覚性にたいする精神性の勝利、つまり文化の進展というべきものを示している。というのも、母性が感覚による証言によって示されるのにたいして、父性とは推論と論理的前提の上に組み立てられた仮定的承認だからである」。それだからこそ子供は「父の名を名乗り、父親の後を継ぐ」。

 神聖(sacer)という観念は、禁止されているということをいみするが、その両義性は父にたいするアンビヴァレンツと同じものである。タブーにしたがうことは、端的に父の意志にしたがうことである。

 モーセ殺害は、太古における原父殺害の反復である(モーセが割礼の導入により民を「神聖」にしたことは、原父による去勢の象徴的代理)。

 一神教の成立によって太古の原父が復活したのだ。原父の回帰にたいするさいしょのリアクションは宗教的恍惚であった(宗教的な恍惚は幼時の強烈な感情の再体験である)。つづいて父へのアンビヴァレンツゆえに敵意が生じるところであるが、モーセ教においては父親憎悪は直接顕在化されることはなく、それへの反動形成としての罪意識が現れた(この罪意識はその後、ユダヤ教の体系に内在化される)。この罪意識は、選民としての期待を実現できないことの「カムフラージュ」でもあった。選民たることの「幸福」は、選民に課された条件(欲動断念)をクリアできない場合、神に罰せられることによって満足させられるのだ。

 「この幸福を断念する気がなかったとするならば、そのとき、みずからの罪深さをみとめることで生じるこの罪責感は、神による罪の免除というよろこばしい事態へと結びついていくしかなかった。神の掟を守らなかったために神から罰されること、これが人々の受けるべき最善の帰結となった」。

 ユダヤ人はモーセによる圧制という条件(もしくは「運命」)によって、父親殺害という系統発生的欲望を達成しやすいポジションにいた。

 直接的な伝達[Mitteilung]のみによる伝承によっては、信仰の強迫性と非論理性は伝わることがない。それをもたらすのは系統発生的な伝承だけである。「伝承はまず抑圧という運命をこうむり、無意識のなかに滞留[Verweilens]する状態をたえぬいて[durchmachen]はじめて、それが回帰してくるにあたってきわめて強力な作用を発揮し、集団を呪縛することができる」。

 本書のアイディアをフロイトから教えられたルー・アンドレアス=ザロメは、神経症者の症状に結びつけられて理解されてきた「抑圧されたものの回帰」のポジティブな性質にいみじくも着目している。「あなたのご見解のうち、私が特に魅了されたのは、抑圧されたものの回帰の特殊な性質です。つまり、考えられるかぎりのありとあらゆるしゅるいの材料と長い間にわたって混じり合ったにもかかわらず、高潔で貴重な要素が回帰してくる、その仕方です。[……]過去におけるもっとも肝心な要素が、あらゆる破壊的な要素や反動的な諸力に耐え、これらに勝利してもっとも真なる所有物として現在なお生き残っているということなのです」。

 「フロイトは一神教の発見をヘブライ人から奪ったが、心理学的にかれらを中心的地位へ復帰させた。なぜなら、抑圧されたものはただかれらのもとにのみ回帰したからであり、これには人類の歴史にとって運命的な諸帰結がともなっていたからである」(マーティン・バーグマンの「対抗神学」的解釈)。

 ユダヤ人の民族的矜持は、いっしゅの「楽天主義」である「神への信頼」に由来する。

 イェルシャルミによれば、『モーセと一神教』の「想起と忘却からなるストーリー」は、聖書の歴史観でもある。「聖書においては、記憶と忘却の絶えざる振動が、史的出来事をめぐる物語すべての主旋律となっている。[……]聖書が第一に要請しているのは、思い出せ、忘れるな、ということである」(『フロイトのモーセ』)。「想起」は精神分析の目標でもあるわけだが、ユダヤ人はじっさいには原父殺害を「想起」せず、モーセ殺害として「行為化」した。「『思い出せ』という命令が一民族すべてにとって宗教的命令となっているのはイスラエルだけであり、他の民族には見られないことである」(『ユダヤ人の記憶 ユダヤ人の歴史』)。


 さて、原父殺害の残余は、「厄災の予感」として地中海諸民族にのしかかっていた。これが「古典古代の老化」の原因(?)。パウロ(ユダヤ人サウロ)はこの「不幸」の原因を「原罪」というかたちで洞察した。「救済」という「妄想」めいた「偽装」の下に「真理の断片」を明るみに出した。「原罪」と「救済」(「選民」思想にとって代わるもの)がパウロ的宗教の柱石である。父を排除するといういみでキリスト教は息子の宗教だ(「妄想と歴史的真理との結びつきを確実にしたのは、犠牲になったのは神の子だったという言明である」)。

 ユダヤ教が原父殺害(モーセ殺害はその反復)を抑圧しつづけているのにたいし、パウロは「救済」の理念(「空想」)によって原父殺害の罪を「想起」した。これによって、ユダヤ人によって特殊化(民族化)された一神教に普遍宗教というアートン教のほんらいの性格の一つをとりもどさせた。それと同時に儀式、母性神、多神教的要素を復活させたことはユダヤ教からの「退行」である。「パウロはユダヤ教を継承すると同時に破壊し」、それによってユダヤ教を「化石」のようなものにした(鉱物学的比喩)。

 ユダヤ人が原父殺害を認めていないことは反ユダヤ主義の理由の一つともなっている。反ユダヤ主義のより根源的な原因は、「諸民族の無意識」からする「選民」への嫉妬である(ギリシャ人はユダヤ人の誇りをユダヤ人の実際の優越性と取り違えて嫉妬した)。割礼の習慣が他民族にあたえる去勢不安(「不快で不気味な印象」)もこれにあずかっている。もっともファナティックな反ユダヤ主義的民族は、もっともおくれてキリスト教に改宗した民族であり、多神教からキリスト教に改宗させられた恨みをキリスト教の源であるユダヤ教にふりむけている。また、ユダヤ人を癩病者とみなすことは「ユダヤ人はわれわれが癩病者であるかのように距離をとる」という想念の投影である。

 より一般的な反ユダヤ主義の原因としては、「主民族」と同じ人種でありながら「異なっている」こと、すなわち内なる他者であることが挙げられる。営利活動や文化的活動におけるユダヤ人の才能が「主民族」のそうした見方を強める。なお、ユダヤ人がよそ者だからという理由は事実に反している。反ユダヤ主義的な土地の多くで、ユダヤ人は最古参の住人である。


 昨年邦訳成った『フロイトのモーセ」において、イェルシャルミはモーセ殺害説を否定している。「もしモーセが私たちの先祖によってほんとうに殺されたのだとしたら、その殺害は抑圧されなかっただろう――むしろ熱心かつ徹底的に、細部に至るまでくわしく記憶され、記録され、イスラエルの不服従の罪として典型的で究極的な事例となっただろう」。

 またイェルシャルミによれば、フロイトの「ラマルク主義」において想定されているのは、「ユダヤ人であることをやめることはできない」ということ、つまり不変のユダヤ性なるものである(民族的・宗教的アイデンティティを放棄したフロイトの内に残る「心理的ユダヤ人」)。それにたいしイェルシャルミは“旧約の英雄たちはすでにしてキリスト教徒であった”とするエウセビオスらの見解を引き、そのようなアイデンティティのふたしかさを問いに付す。

 モーセ=エジプト人説は「粘土の土台のうえに青銅の像を置く」にひとしい挙であるという「建築学的比喩」(イェルシャルミ)。さいしょの「序文」(本文中では後出)では自説が「爪先でバランスをとる踊子」にたとえられている。



『モーセと一神教』(その1)

*『モーセと一神教』(1939年)

 数奇なる執筆の経緯と構成の異様さについてはよく知られるところ。タイトルを直訳すれば、「モーセという男と一神教的宗教」。「一神教宗教」とは一神教一般ではなく、端的にユダヤ教を指していよう。

 冒頭の一節。

 「ある民族[Volkstum]の子孫たちが彼らにとって最大の存在とみなし、誇りに思っている人間にたいして不遜な論難を加えるなどということは決して好きこのんで、あるいは軽率に企てられるべきではない。とりわけ、自身がその民族[Volk]に属している場合は、なおさらであろう。しかしながら、いわゆる[vermeintlich]民族的[national]利益のために真理をないがしろにすることは、どのような先例があるにもせよ、避けるべきである」(岩波「全集」訳)。

 一方、草稿にはつぎのような文がある。「ある民族[Nation]にたいしてその最も偉大な男を名の意味ゆえに否定するというのは、容易に決意できるようなことではない」。Y・H・イェルシャルミは、Nation のいみあいを和らげるために Volkstum という単語に差し替えられたと述べている(『フロイトのモーセ』)。一方、ジャン=クロード・ミルネールによれば、national という形容詞は当時のドイツ国家による挙措をふまえて使われている。 


 モーセはユダヤ人ではなくエジプト人である。その論拠の一つは、モーセという名がエジプト語に由来していることだ。モーセの「言語障害」も外国人であったことをほのめかす。モーセは“逆転した貴種流離譚”という「英雄伝説」(ランク)のヴァリエーションをつうじてユダヤ人ということにされた(Y・H・イェルシャルミも言うように、この逆転した家族小説についてはじゅうぶんな説明がない)。

 一神教の起源はアメンホーテプ4世(イクナートン)の太陽神崇拝(=アートン教)である。ブレステッドはアメンホーテプを「[人類]最初の個人」と位置づけている。アートン教は太陽光線についての科学的認識に裏付けられ、かつ太陽を物質ではなく精神的存在の象徴として崇拝した。

 一神教は、世界帝国となりつつあったエジプトが国民の枠をこえた普遍的な価値を掲げなければならなかった必要性に発している。唯一の神という形象は、帝国の支配者であるファラオの「反映」(Spiegelung)にほかならない。

 アメンホーテプは、(逆説的なことに)普遍宗教に排他性を付与して一神教を創出した。

 それまでエジプト人は死を否定するために来世の観念を創出し、オシーリス神を祀っていた。一神教は来世と結びつくことが多いが、ユダヤ教は来世を否定している。これは、一神教のアートン教がオシリス信仰を抑圧するために来世の観念を否定したことに由来する。

 アートン教は厳格すぎたために民衆の反感を買い、王の崩御とともに消滅する。モーセはアメンホーテプの側近であり、アートン教を継承させるべくユダヤ人を「選民」に任命する。エジプト脱出という偉業は、ユダヤ人にたいしてかれらが「選民」であることを証明すべくなし遂げられた。

 割礼はエジプトの慣習であり、モーセが「選民」のしるしとしてユダヤ人に施したものである。割礼が神とアブラハムの盟約のしるしであるとする聖書の記述は捏造である。モーセは割礼によってユダヤ人をエジプト人化したうえで、権力の空位に乗じてエジプトを脱出させた(「新しい民[Volk]」)。

 エジプト脱出は、一般に考えられているように紀元前13世紀ではなく、アメンホーテプ崩御からしばらくの空位期間(1358~1350 B.C.)である。目的地は、アラメア人が侵入してエジプトの支配の外にあったカナン。

 一方、マイヤーの説によれば、ユダヤ人の宗教は南パレスティナのオアシス(カデーシュ)において誕生した。そこに定住していたセム族が近隣のアラブ民族であるミーディアン人のヤーヴェ神(火山神)信仰を受容したのだ。モーセとはそれをセム族に伝えたミーディアン人の牧人である(「もう一人のモーセ」)。

 フロイトによれば、脱出した旧エジプト人は、カナンに定住していたセム人と合流してユダヤ人となった。この合体のしるしがヤーヴェ神信仰である。

 旧エジプト人は、エジプト脱出をヤーヴェ神の力によるものと認める妥協を受け入れた(その結果、火柱、干上がる河といった火山の神の力をおもわせる挿話がつけくわえられた)。ただしそれではモーセの立場がなくなるので、モーセはミーディアンの祭司でヤーヴェ神信仰の創始者ということに落ち着いた。こうして二人のモーセが「接合」(Verlötung)される。聖書にあるモーセの温厚な性格はミーディアン人のモーセに由来している可能性がある(フロイトはモーセにまつわることどものうちで気に入らないものをすべてミーディアン人のモーセに押しつけた、とイェルシャルミ)。

 この合流の際、エジプト脱出とヤーヴェ教創設が時代的に接近させられた。さらに旧エジプト人は、妥協の条件として割礼の慣習を受け入れさせた。

 そもそもモーセ六書には二つの原典(J, E)が想定されているが、グレスマンによれば、これはもともと複数の神が存在していたことの証拠である。

 ところでゼリンの説によれば、エジプトを脱出したユダヤ人たちはモーセ教の厳格さに反抗し、モーセを殺害してモーセ教を放棄した(若き日のゲーテもこうした考えをいだいていた)。

 フロイトはこの説に与し、モーセ殺害とヤーヴェ神信仰の受容との前後関係を自問している。モーセ殺害のほうが[一、二世代]先である蓋然性が高いが、どちらであってもかまわないとされている。

 ヤーヴェ教の成立によって定住派はそれ以前の宗教を抹消したが、エジプト脱出派にはそれができなかった。それゆえ、アブラハム、イサク、ヤコブの系譜、およびミーディアン人妻によるモーセの割礼の逸話が、モーセおよび割礼のエジプト的出自を隠蔽するために創作された。

 カナンでの合流の後、モーセ教は、モーセと共にエジプトを脱出した高官であったレビ人によって伝承された。

 ところで、ダヴィデ王とその時代(紀元前10世紀)の歴史は最初の歴史記述である。これはモーセの書記たちによる最初のアルファベットの発明(象形文字の禁止がそれを促した)と関係があるかもしれない。

 いずれにしても、文字の発明は真理の観念よりも古いので(その根拠は示されていない)、歴史記述は真理とはかぎらない。それにたいし、伝承(Tradition)は真実である(「伝承は歴史記述の補完にして矛盾」)。とはいえそれは、精神病者の妄想に宿るのと同じ性質の歪曲された真実、「歴史的真実」(≠「物質的真実」)である。

 「そしてこの偉大な過去からの伝承こそが、いわば背後から作用しつづけ、次第に神々を超越する力を獲得し、ついにはヤハヴェ神をモーセの神に変貌させ、幾世紀も前にあたえられ、その後放棄されたモーセの宗教にふたたび生命をあたえることをなしとげた」。すなわちバビロン捕囚後のユダヤ教の成立である。(つづく)

『精神分析概説』

*『精神分析概説』(1940年)

 本論文の意図は、精神分析の諸学説を「あたうかぎり圧縮されたかたちで」「命題」として総括することである。

 こうしたスタイルの選択は、フロイトが本論文をいわば遺言として書いていることの証拠だろう。

 とくに第三部(ストレイチー『フロイト全著作解説』の邦訳では「第三章」となっているが)は極度に切り詰められた「電文調」(ストレイチー)で書かれているため、編者の手が入っているらしい。

 これまでのフロイトの理論歩みの全体が「新たな光」のもとにふりかえられるのみならず、「まったく新しい発展をほのめかしていることすらある」(ストレイチー)。自我の分裂と外的現実の否認の問題がフェティシズムの症例にそくして考察され、「さらに拡大された考察が加えられる」……。遺稿「防衛過程における自我の分裂」を意識したものいいであろうけれど。

 以下、要旨は各章の標題をもって替え、本論文ではじめて提示された観点を中心に、気になった点を箇条書きでランダムにピックアップしていく。


 第一部 心的なものの本質

 第一章 心的装置

・「心的装置の一般図式は、心のあり方という点で人間に似た高等動物にも適用可能である。人間のような長期にわたる幼時の依存性があるところにはどこでも、超自我の存在が仮定されうる。自我とエスの区別を仮定することも不可避である」。


 第二章 欲動学説

・「食事という行為は、食物を摂取しようという最終目的のために対象を破壊することである」(欲動混合の例として)。「歯の発生とともにサディスティックな欲動が散発的に出現する」(第三章。口唇サディズム期)。


・「二つの基本欲動のアナロジーは、非有機的なものを支配している引力と斥力という対立対にまで至る」(エンペドクレスへのふたたびの言及。同じ指摘は『戦争はなぜ』にもある)。


・「個人はその内的葛藤によって死に、いっぽう種は、種によって獲得された適応力がもはやふじゅうぶんであるようなぐあいに外界が変化したときに、外界にたいする成果のない戦いによって死ぬ」。


 第三章 性的機能の発達

・「人間は五歳で性的に成熟する哺乳動物から進化したという推測を参照せよ」(性生活の開始の二節性[zweizitigen Ansatzes]にかんして)。

・「制止」と「倒錯」。


 第四章 心的なものの質

・心的なものの本質を意識にみいだすとすると、意識的過程(行動主義においては捨象される)には「裂け目」があり、それじたいに閉じたシステムではないので、そこに「精神の物理的・身体的随伴現象」を仮定せざるをえず、けっきょく心的なものの本質を後者にみいださざるをえない(リップスの評価)。

 「意識心理学にあっては、裂け目があってあきらかにどこか別のところに依存している系列をこえでていくことができなかったが、心的なものはそれじたいでは無意識的であるという理解は、心理学を他の自然科学と同じようなひとつの自然科学にかたちづくることを可能にした。心理学がかかわる過程は、[……]それじたいとしては認識せきないが、その法則を確定し、その相互関係と依存性を長い行程にわたって隙間なく追求することは可能である。[……]そのとき、新たな仮定と新たな概念を創出しなければ出発できないが、それらは[……]他の自然科学における知的な補助構成概念と同じく、近似値としての資格を要求できるものであり、つみかさなる、よりすぐった経験によって修正、調整、より細かい定義がなされていくことが期待される」(「基本概念」)。

 一方、他の自然科学とは異なり、心的科学は観察対象そのものである心的知覚装置をもちいて観察をおこなう。「まさに心的なものの裂け目の助けを借りて、省かれているものをもっともな推論によって補い、意識的な素材に翻訳する。われわれはいわば、無意識的な心的なものにたいして、ひとつの意識的な相補系列を作る。われわれの心的科学の相対的な確実性は、このような推論の拘束力によっている」。

・自我の一部は無意識的であるが、意識とは「自我の内的過程」。


 第五章 夢解釈の事例にそくした解説

・自我のエスへの「退行」。

・夢は幼児期の印象、さらには「太古の遺産」をも再現する。それゆえ夢は神経症(幼時に病因がある)および人類前史の考察にやくだつ。

・「夢は前意識的思考過程の無意識的な加工の一例」。つまり「無意識的素材が自我のなかに侵入してくるとき、そのとくゆうなはたらきかたをそのまま自我のなかにもちこむ」。エスは治外法権を享受するのであり、自我は二次加工によって「抵抗」する。

・圧縮と移動は、上官の叱責による憤懣を身近な部下にぶちまけて発散するようなメカニズム。

・不安夢は、エスの満足が自我にとっての不安としてあらわれたもの。

 
 第二部 実践的課題

 第六章 精神分析技法

・「夢はいっしゅの精神病である」。だとすれば、夢から覚めることができるように精神病が治癒することも可能ではないか?

・分析状況は、患者の心的装置内の「内戦」において弱体化し、「国外の同盟者」をひつようとするにいたった自我が、エスの欲動要求と超自我の良心要求という「敵」にたいして分析家の自我と同盟を結ぶ「契約」によって成立する。精神病者はこうした契約を遵守できないが、精神病者の治療が「永久に断念されるわけではおそらくない。ただ、他のもっと適切な計画が見出されるまでのあいだであろう」。

・分析と懺悔の違いは、分析においては患者の知らないことを話すことが求められるという点である。

・転移において、分析家は患者にとっての「新しい超自我」となり、「再教育」によって、両親による教育の歪みを是正しうる。

・分析家に転移されるのは父親へのエロス的欲望である。

・患者は転移性恋愛が過去の反復ではなく、現実の体験であると「錯覚する」。分析家はこの「錯覚」を解いてやらなければならない。

・自我はエスの侵入をうけていない自我の部分を守ろうとするが(不安)、分析家は「自我がわれわれの助力の支えによって力づけられて次第に大胆になり、失われたものを再び支配するためにあえて攻撃に転じることを望む」(軍事的比喩)。

・疾病要求(苦悩要求)にたいしては、「敵対的な超自我を徐々に解体する」ことでその抵抗をなくすべく試みよ。

・患者においてたたかわれる「内戦」の勝敗は量的関係に依存する(「神はふたたび強い方の軍勢に味方する」)。「たしかにわれわれはかならず勝利にたっするわけではないが、すくなくとも、なぜ勝利を得ることができなかったという理由を認識することはできる」。


 第七章 精神分析の仕事の一例

・「強い自由な自我」というのは「反文明的な」「あこがれ」。

・母が最初の「誘惑者」となるのは系統発生的な理由によっており、現実にどのように育てられたかには依存しない。

・オイディプスのめまいは去勢をいみする。

・自慰の断念は自慰にともなう空想の断念をいみしない。

・「ドストエフスキーと父親殺し」においては、オイディプスの欲望が無意識的であるという設定が自己検閲によるものとされていたとおもうが、ここではその立場をとっていない。

・エドワード・ドゥ・ヴェールは少年時代に父を失ったが、その直後に母親が再婚している(『ハムレット』の作者である一つの根拠)。

・ディドロによるエディプス・コンプレクスの先取り。

・女子の自慰は不十分な満足しかもたらさない。


 第三部 理論的進歩

 第八章 心的装置と外界

・第四章とほぼ同じ要旨の心的科学論がくりかえされている。この奇妙な反復は『モーセと一神教』におけるそれを思わせないこともない。

・「心的装置」という「人為的な補助手段」は、顕微鏡の使い勝手がよくなったのと同じように更新されていくだろう。

・幼時が直面する危険は現実の危険と系統発生的な危険である。

・エスの発達にくらべて自我の発達が遅れていると神経症になる。げんに未開民族がそうであるように、幼児期の性を放任することで神経症にならずにすむかもしれない。

・精神病者においても、外的現実からの完全な離反はありえない。精神病者の「心の片隅には正常な人間が潜み隠れている」。神経症者とはぎゃくに、精神病者の夢は、日中の妄想が夢によって訂正される。精神病における「自我の分裂」は神経症にも妥当可能な機制である。

・フェティシストにあっては、「確信」が「知覚」に優先されている。これもまた「自我の分裂」というべき事態である。「抑圧」と「否認」。


 第九章 内界

・自我はエスと外界の要求にさらされている。超自我はこのうちの後者に由来する。「内界の一部となって以後も、超自我は自我にたいして外界の役割を演じつづける」。


・神託が無罪としたのにもかかわらずオイディプスがみずからを罰したのは超自我のはたらきである。

・「良心の呵責による苦痛は、愛情を失うことへの子供の不安に性格に対応しているが、この不安は子供にとって倫理的審級の代わりをしていたものである」。このあたりのごつごつした文体は岩波「全集」の十八番だろう。

 「一般的に確定され、明瞭に区別された言い方をこのむならば」と断ったあとで、つぎのような命題(?)が提示される。「個人が両親から分離したあとに身をさらす外界は、現在の力をあらわし、遺伝されたさまざまの傾向をともなったエスは、生命体の[organisch]過去をあらわし、後になって付け加えられる超自我は、何よりも子供が幼児期の数年のあいだに追体験せねばならない文化的過去をあらわす」。

 「しかしこのような一般化は全般的に正しいとはいえない。文化的継承の一部はエスのなかに沈殿物をのこしており、超自我がもたらすものの多くはエスのなかに反響[Widerhall]を引き起こすであろう」。なんとも謎めいた言い回しである。

 「超自我はエスと外界のあいだのいっしゅ中間の位置を占め、現在の影響と過去の影響をそれじしんのうちに統合している。超自我が組み入れられるなかで、ひとはいわば、どのように現在が過去に転化されるかということの実例を体験する」。結びの一節も暗示にみちみちている。系統発生的太古の薄闇のなかに読者をとりのこすかのような体である。


「分析における構築」(第二〜三章)

*「分析における構築」(承前)


 サラ・コフマン『不可能な職業』に基づいて論文の続きを読んでいこう。


Ⅱ.

 分析家は構築を患者に伝え、その結果あらたに引き出された素材からさらに構築をおこなう。Vorarbeit とは、そのように個々の構築そのものが後続する構築の準備段階であることを指している。それゆえ、Vorarbeit とは、後続する「仕事」に先だって為し遂げられるというよりは、後続する仕事に依存し、その為し遂げられるのを俟ってはじめて(事後的に)為し遂げられるパラドキシカルなものである。構築そのものが後続する構築の素材となるのであり、構築が素材を超越した形態であるとする当初のアリストテレス的な図式が無効化する。

 構築は一般に「解釈」と同一視されているが、「解釈」が個々の素材(想念、失錯行為etc.)についての仕事であるのにたいし、「構築」はそれら個々の解釈をパズルの駒のように並べ替える仕事である。

 たとえば、「あなたは〜歳迄はじぶんを、母親のたった一人の、制約のない所有者だとおもっていた。それからふたりめの子供が生まれ、その子が生まれたことに大いなる失望をあじわった。母親はしばらくあなたから離れ、それ以後もあなたにたいしてもはや、あなたにたいしてもっぱら[ausschließlich]献身的であることはなくなった……」といった患者の忘れられた前史の一部の再現である。

 「この論文では、われわれの注意はもっぱら[ausschließlich]構築という仕事のこのような準備段階に向けられる」。上の「構築」で長子を打ち捨てた母親のように、フロイトはここで患者のほうの仕事を打ち捨て、弁明の核心に入る。

 分析家が個々の間違った[unrichtige]構築をほんとうの「歴史的真実」として患者に伝えたとしても、患者は肯定であれ否定であれなんの反応もしめさないので無害である(「狼男」症例に似た指摘がある)。むしろ、反応がないことで分析家は構築が間違っていたことに気づき、より適切な構築をおこなうことができる。

 患者の直接の肯定は「間接的な証拠」があるときには信用に値する。否定については、肯定よりもさらに額面通りに受け取れないが、構築の内容そのものにたいする否定というよりも、構築の不十分さにたいする反応であることが多い。

 つづいて「間接的な証拠」の例が4とおり提示される。

(1)「それについてはぜんぜん考えませんでした」。これは構築の正しさを肯定している。全体の構築よりも個々の解釈にたいしてこうした反応がなされることが多い。
(2)患者が構築の内容に類似したものをふくむ連想によって反応するばあい(ドラ、鼠男症例)。「あなたが脳腫瘍と診断したあのイギリス人ももう死にましたよ」の「も」によって分析家(=フロイト)の正しさを肯定した患者の例。コフマンによれば、フロイトの優位を保証するこの昔話は、[審理の]「休憩」と位置づけられる。シリアスな法廷ドラマがコメディに転化する。
(3)失錯行為の二例(「Jauner」、「10シリング」)
(4)陰性治療反応。構築が正しいばあいに症状が悪化する。

 このような観察事例を証拠として示すことで、分析家が患者の反応を無視しているという非難はあたらないとフロイトは弁明する(とはいえいずれの例においても患者にたいする分析家の優位が演出されている)。そもそも患者の反応は多様で法則性はなく、構築の正しさは分析の経過を俟ってもっぱら事後的にあきらかになる。ネストロイの人物のように(「事の成り行きをみればなにもかもがはっきりするでしょうな」)未来に判断を委ねるほかはない。


Ⅲ.

 構築は想起を目標とするが、想起が成功しないときがある。そのばあい、構築の真実性にたいする患者の「確信」が想起の代替物[Ersatz]になる。「一見不完全な代替物」が想起と「同じ効果」をもち、「完全な効果をあらわす」というパラドクスについてはさらなる研究がひつようである……。

 ここで弁明は終わらない。「このささやかな報告[Mitteilung]を結ぶにあたって」(Mitteilung という語はこの2行後で、構築を患者に話すといういみでも使われている)、さらにいくつかの指摘がなされる。

 構築の内容そのものではなく、その内容に近い些事が異様に鮮明に想起されるケース。この鮮明さに「確信」が加わると「幻覚」に近いものになる。ところで幻覚は[言語能力習得以前の]幼時に体験されて忘れられたことの再現である。このことは精神病における妄想形成についてもあてはまる。

 妄想形成においては一般に、(1)「現実世界からの解離」(2)「欲望充足」という契機が重視されるが、そのほかに(3)「抑圧されたものの回帰」も関与している。

 妄想についてのこうした観点じたいはあたらしいものではないが、これまで強調されたことはなかった(問題は力点の移動である)。

 妄想は「歴史的真実」(≠「物質的真実」)をふくんでいる。それゆえ治療という仕事[Arbeit]は、患者に妄想を放棄させることではなく、妄想のふくむ「真実の核心[種]」(Wahrheitskerns)を承認させることにある。「歴史的真実」を時間的錯誤(歪曲、リアルな現在への依存)から解放し、それが属していた過去の時点に正確に位置づけなおすことである。こうした時間的錯誤は神経症においてもみられる。神経症における不安とは、過去の恐ろしい経験が未来の予期に置き換えられたものである。

 かくしてフロイトは神経症と精神病の連続性を主張する。神経症の患者のみならず精神病者をも分析家の支配下に収めることで、告発者に反撃しようとしているのだろうか。「患者は過去の思い出に苦しんでいる」(『ヒステリー研究』「予備的報告[Mitteilung]」)とすることで、フロイトは精神病を神経症に還元し、病因を「一元化」しようとしているのだろうか(ユング的身振り?)。だとしたらそれは一貫性のある建造物(終の住処)を欲するフロイトの欲望のあらわれだろうか?

 とはいえそれにつづくくだりで、フロイトは精神病の治療にかんして留保を置く発言をする。というのは、このような連続性は、妄想形成と構築との「アナロジー」に基づいて引き出された主張にすぎないから。妄想形成は精神病という条件のもとでなされる過去の説明と復元の試みであり、そのかぎりで構築の「等価物」である。

 分析家の仕事と患者の仕事を峻別しようとする冒頭の章における試みはここでいわばおのずから挫折する。

 構築と妄想形成を等価であるとすることは、患者にたいする分析家の優位を否定することになる。弁明は袋小路にいきつく。

 最後の段落においては、人類全体の集団的な妄想形成も「歴史的真実」を含むとほのめかされる。つまり、『ある幻影の未来』における宗教観に留保が置かれることになる。

 『ヒステリー研究』『日常生活の精神病理学』といった初期の著作を回顧しつつ『モーセと一神教』を予告する本論文をフロイトの業績の“総括”のひとつとみなすこともできるだろう。

「分析における構築」(第一章)

*「分析における構築」(1937年)

 Ⅰ.

 「ほとんどの人々が精神分析に公正な態度を示す義務をないがしろにしていた頃、公正な態度[Gerechtigkeit]を示して、いつもわたしがこの尽力を多としていた[ausgerechnet]ある研究者がいたが、その人があるとき、われわれの分析技法にたいして、不当[ungerechte]であると同時にそれを傷つけさえするような見解を表明したことがあった」。

 その見解によれば、「患者が分析家のいうことに同意すれば、それはまさにわれわれの解釈が正しい[recht]ということであり、もしまた患者がわれわれに反対すれば、それはただたんにかれの抵抗のひとつのしるしにすぎない、つまりわれわれはやはり正しい」(“Heads I win, Tails you lose.”)。

 「分析技法における構築」は、この見解にたいする「釈明」[Rechtfertigkeit]の試みである。

 サラ・コフマン(『不可能な職業』)が指摘するように、冒頭の20行ほどには Recht を語源とする単語が目白押しである。

 告発者(そう、これは法廷ドラマである)の「研究者」がだれであるかは不明だが、コフマンはハヴロック・エリス、岩波全集の訳注はエルンスト・クレッチマーではないかと推測している。

 分析家は「患者が提供して利用させてくれる材料をもちいて、失われた記憶をふたたび獲得する方向へと患者を導いていくことができる」。それらの「材料」は、「それじたいとしては他に比較するものもないほど価値がある」が、歪曲されている。分析家はこの材料から「求めるべきもの」、つまり「患者の忘れられた歳月を確実に、そしてすべての本質的な点に関して完全に再現する像[Bild]」である。

 分析家はいわば、患者(「よるべのないあわれな人物」)の提供したよごれた材料(肛門期的な贈り物?)をきれいな「絵」に仕立て上げる画家になぞられられている(分析家の事とするのは真理よりもむしろ美であるということになる)。素材より形態が優位にあるとするアリストテレス的な労働概念(あるいは、詩人はおのれの口にしている真実を理解していないというプラトンの詩人批判)に依拠しつつ、フロイトは被告たる分析家が原告たる患者よりもすぐれていることを強調する。

 では、分析家は、提供された資源を加工して提供元の患者に売りつけて儲けるという植民地主義者みたいな所業におよんでいるのだろうか(フロイトはそんな言葉は使っていないが)。

 否。そもそも、「分析治療はまったく異なった二つの部分からなっていて、それぞれ独立した舞台の上で展開され、おのおの別個の課題を担っているふたりの人物によっておこなわれる」。

 このうち患者の仕事は想起であるが(「被分析者は、かれが体験し、そして抑圧されたものを想起させられねばならない[soll]」)、この仕事がスペクタクル豊かなために、分析家の仕事[Leistung]がその影に隠れてしまう(シャドーワーク化している。搾取されているのはむしろ分析家なのだ。フロイトはそんな言葉は使っていないが)。

 ではそもそも分析家の仕事とはなにか。忘れられたことを、それが残した徴候から「推測」すること、より正確には「構築」することである。

 なお、ここで「抑圧」(コフマン)された「推測」は、もっとあとで回帰してくることになる。

 構築という仕事は、古代の建造物の発掘作業に似ている。ここで分析家はもはや画家ではなく考古学者になぞらえられる。

 ただし考古学のばあいとはちがい、分析家にとっては「本質的なものはすべて保存されている」(心的なものの不滅性)。それゆえ考古学における復元が、うまくいったところで所詮オリジナルの近似値にすぎないのにたいし、分析家は埋もれていたオリジナルをそのまま掘り起こす(言い換えれば、分析家の仕事が考古学者の仕事よりもその真実性において優っている)。そのいみで考古学にとっての再構築が努力[Bemühung]目標であるのにたいし、分析家にとって構築は「仕事の準備段階」[Vorarbeit]にすぎない。

『終わりある分析と終わりなき分析』

*『終わりある分析と終わりなき分析』(1937年)


 Ⅰ.

 ランクは出産外傷の観念によって神経症の病因を短絡的に理解し、それによって分析の期間も短縮できるとしたが、これはテンポの早いアメリカ式生活への迎合であった。

 この方法を実践しても、出火元の石油ランプを部屋から運び出しただけで火を消し止めたと言い張るにおわるがオチだ。

 げんにランクの方法はすでに過去のものである。アメリカの「繁栄」が過去のものになってしまったのと同じく。

 狼男の症例において、「治療そのものがうみだした分析の進行の自己制止」ゆえにフロイトは分析の期限を設定して一応の成果をみたが、じつは完治にいたってはいなかった。分析はブルンズヴィクによって継続されたが、精神病的な徴候が「手術後に体内にのこされた糸や壊死体の小骨片のように」事後的にあらわれた。

 「さいしょの分析によって不完全にしか解決されなかった同じ抑圧された精神活動が、形を変えて現れたのだ」。

 こうした再発の可能性は、精神分析治療そのものの有効性を退ける口実になりかねない。

 「われわれは一度で治癒した後の患者の運命を予見する手段をもっていない」。


 Ⅱ.

 ところで分析の自然な終了というものがあるのだろうか。

 とりあえずなにをもって分析の終了とするかについては、(1)症状や制止や不安の消滅、あるいは(2)抑圧されたものの意識化と内的抵抗の除去がじゅうぶんに進み、再発の可能性がないと判断されるばあいである。

 外傷神経症については自然な終了をみとめることができそうだ。とはいえ、患者がふたたび分析を受けなかったとすればそれは完治の証明ではなく、証明の不可能性をいみする。


 Ⅲ.

 分析の障害となるのは、(1)外傷(2)エスの強度(量的因子)(3)自我の変化である。
 
 (2)をいかに統御するか?

 自我によるエスのコントロールが具体的にどのようになされうるかは「メタサイコロジーという魔女」あるいは「メタサイコロジー的空想」に答えをもとめるほかない。「魔女」とはようするにその教えが「ひじょうに明晰というわけでもなければひじょうに詳細というわけでもない」といった代物であるというたとえである。手がかりになるのはとりあえず一次過程と二次過程の対立である[具体的なフォローはない]。

 閑話休題。欲動の強度と自我の強度のバランスは量的な問題であり、欲動の強度が一定の範囲をこえると神経症になる。そのいみでは「分析が神経症者についておこなっていることは、健常者が分析家の助力なしに自力でやり遂げているのとちょうど同じ仕事である」。


 それならば分析を受けた人と受けない人との質的な区別はないのだろうか。

 抑圧は欲動という大水の殺到にたいするダムのやくわりを果たすが、自我の脆弱な幼児期におこった[原]抑圧は、強い欲動を防ぎ得ない。分析は古い抑圧を更新し、より耐久力の高いダムをつくる。いずれにしても「分析の影響力は不定なもの」である。

 すくなくとも、進歩には残存現象があり、発達段階は徐々に進行するものであるから、質的変化をもとめるあまり量的要素を疎かにすべきではない。「一度うまれでたものは執拗に自己を主張する」。恐竜が死滅したかどうかさえ確実なことではない。分析による自我の変化も部分的なものにとどまる可能性が高い。「分析は無制限な力ではなくある制約された力を手段として用いて仕事をするものであり、その最終的な成果もつねに相互に争っているさまざまの場の相対的な力関係に規定される」。

 
 Ⅳ.

 「現在はあらわれていない欲動の葛藤を予防目的で顕在化する」ことを企てることは許されるか?

 「あるていど良くなっている状態はむしろ完全に良くなることを妨害する敵」なのであってみれば、「すでに起こっている葛藤を尖鋭化し、ひじょうに鮮明なかたちに発展させ、かくしてその葛藤を解決するために欲動の力を亢進させようとする」ことは有益でありうる。


 Ⅴ.

 治療の障害の(3)ばんめの「自我の変化」にはいかに対処すべきか?

 分析的状況はエスを仮想敵とした被分析者の自我と分析家の自我の同盟関係である(精神病においてこの「同盟」は不可能だが、健常者も精神病的な自我との共通点をもっている)。

 自我は外界の危険からエスを守るためにエスにたいして防衛する。抑圧は防衛の一機制である。抑圧と防衛のその他の機制を区別するために
「まだ書物として刊行されていないが個々の論文としてはすでに書かれているある一冊の本」という譬えがもちだされる(『モーセと一神教』が想定されているようだ)。自我は快原則にしたがっているので、本の内容が「真実」であろうとも「不快」をもたらすものであるかぎり検閲にかけられる。そのばあい、本文を抹消し、棄却することが抑圧で、歪曲することがその他の防衛に対応する。こうして自我は「麻痺」や「欺瞞」によって「欠陥だらけの歪曲されたエスの認識」を手にすることになる。

 このような「麻痺」や「欺瞞」の影響を説明すべく「ハイキングに行きながらその地方をしらなかったり、歩く気力がない」という譬えがもちだされるが、わかりづらい。

 ところで、数ある防衛機制のうち、幼時に選択された防衛機制は類似した状況で反復される。これは「有効期限をこえてもなおあとまでのころうとする社会制度」と同じ「幼児症」といえる。「道理は不合理となり、博愛[いい法律]は責苦[悪法]になる[Vernunft wird Unsinn, Wohltat Plage.]」(『ファウスト』第一部第四場)。

 「大人になって強化された自我は、もはや現実には存在していない危険にたいしてもなお自己を防衛しようとしつづける。いや自我はその習慣となった反応方法の固持を正当化するために、さいしょ幼児期にその防衛機制を用いて防いだ危険と、ほぼひとしい内容をもった現実の状況を[わざわざ]探し出さねばならないように強制されているとさえおもわれる」。

 自我の防衛が治癒への抵抗となる。というわけで、エス分析(解釈と構築による、抑圧されているものの意識化)と自我分析(自我の修正)が「振り子のように」交互におこなわれなければならない。

 治癒が危険状況と認識され、かつての危険への防衛が分析の場で反復されることがある(抵抗の解決への抵抗)。ここでもエスの分析と同じく、想起が分析の目標となる。


 Ⅵ.

 それでは自我の変化(抵抗)は幼児期の防衛に由来しているのか? 否。エスにおける「太古からの遺伝」も関与している。それゆえ、自我かエスかという問いの立て方は無効化する。分析においては「もはやその由来をどことも局限することができないような、心的装置中の基礎的な諸関係にもとづいているようにみえる抵抗」に遭遇することがある。

 このような「エスの抵抗」は、「リビドーの粘着性」(「心的な不活発さ」「躊躇」)に帰される。リビドーの粘着性が大きい患者のばあい、分析経過は必然的に緩慢になる。これとは逆のケースもある(「これは造形美術家が堅い石で製作したり柔らかい粘土で製作したりするばあいにそれぞれ感じるのではないいかとおもわれるようなちがいである」)。後者のタイプのほうが分析の効果が乏しい(「悪銭身につかず[Wie gewonnen, so zerronnen.]」)。加えて、リビドーの可塑性が摩滅してしまったような疲弊型がある。

 抵抗が、自我・エス・超自我のいずれかに帰せず、二つの原欲動の配分、混合、分離の如何という、より根源的な源泉をもつこともある。

 人間の根本的な両性性が(両性愛者を除き)なぜ調和せずに葛藤しているのか(「独立して出現する葛藤傾向」)については、量的な問題によっては説明できない(拘束されない攻撃性の一部がそこに関与しているとされる)。

 二大欲動の葛藤という宇宙観はエンペドクレスによって先取りされている。

 「エンペドクレスの二つの根本原理——愛と闘争は、その名称からいっても機能からいっても、われわれの二つの根源的欲動、エロスと破壊と同じものである。その一方は現に存在しているものをますます大きな統一に包括しようと努め、他方はこの統一を解消し、統一によって生まれたものを破壊しようとする」。ただしエンペドクレスの原子論は欲動混合、欲動解離という観念にヴァージョンアップされている。

 エンペドクレスはほかにも、生命体の段階的な発達、適者生存、およびその発達にさいしての偶然[テュケー]の演ずるやくわりの認識といった現代的観念を先取りしている。


 Ⅶ.

 「分析治療という人間関係は真理愛、すなわち事実をあるがままに認める勇気を基礎とするものであって、あらゆる仮象と欺瞞を排斥する」。

 分析治療は教育、支配につぐ「不可能な職業」の三番めのものである。不可能な職業とは、成果がふじゅうぶんであることがさいしょからわかっている職業のことである。 

 分析家はレントゲンにかけたように分析家じしんの抑制されたものがゆすぶりさまされる「分析の脅威」にさらされている。

 現在、分析家たちは党派的となり、みずからの防衛機制を分析できずにいる。

 もとより分析家が完璧な人間であるひつようはない。自己分析が重要である。自己分析は五年ごとに更新するのがのぞましい。自己分析は「終わりのない課題」である。

 「わたしは分析が終わりのない仕事であると主張するつもりではない[「性格分析」においては分析の自然な終了が容易である]。……分析とは、自我機能にもっともふさわしい心理学的諸条件をつくり出そうとするものである。それができれば分析の課題はお終いになるだろう」。


 Ⅷ.

 さいごに分析における性の問題が俎上に上せられる。

 アドラーの「男性的抗議」は、正しくは「女性性の拒否[Ablehnung]」とすべきである。もとよりこれは受動性一般ではなく、「他の男性との関係における受動性」だけを拒むものであり、それゆえ去勢不安に還元できる。

 男性は父への従属を拒むこと(男性的抗議)から治癒を拒む。一方、女性はこのようなかたちでの陰性転移こそないが、分析へのペシミズムから鬱に陥る。

 「男性的抗議」および「ペニス羨望」という、精神的なものの基盤をなす「自然のままの岩石」としての生物学的な事実につきあたると、分析家は仕事はこれで終わりだという印象をもつ。フェレンツィはこれらの統御を分析の目標に掲げているが、性的なものという生物学的事実(「謎」)を、精神分析によって統御することがはたして可能であろうか?


「ロマン・ロラン宛書簡——アクロポリスでのある記憶障害」ほか

*「ある微妙な失錯行為」(1935年)

 女友達に贈る宝石にメッセージを添えた際、「für」の代わりに「bis」と書いてしまった。フロイトの自己分析によれば、「für」のくり返しを避けようとするあまり、ドイツ語の前置詞と同じ綴りのラテン語「bis」(もう一度)を呼び出したのだ。アンナ・フロイト(最晩年の著作にちょくちょく登場)は、父が過去に一度、同じ女性に宝石を贈ったことがあることを想起させた。お気に入りの品を贈りたくないという欲望が抑圧されており、それが失錯行為にあらわれたのだ。「手放すことに多少ともつらいを思いをしないようなプレゼントをプレゼントと言えるだろうか」。「この誤りは、この素材がとびきりのものでなかったならば起こりえなかったものなのである」。原題は Die Feinheit einer Fehlhandlung。


*「ロマン・ロラン宛書簡――アクロポリスでのある記憶障害」(1936年)

 1904年の体験。はじめてアクロポリスの丘に立ったとき、「ではやはりなにもかも学校で教わったとおり現実に存在しているのだろうか」という考えが想念を掠めた。ネス湖を散歩しているときに岸に打ち寄せられたネッシーを目撃して、怪獣の実在を認めざるを得ないとでもいうように。

 この感慨は、トリエステで島旅行を中止してアテネに行けとアドバイスされたときの不機嫌に由来している。簡単にアテネに行けるわけがないという気持ちをそのとき抱いたのである。ところがアテネ行きは難なく実現してしまった。そのため、「成功したときに破滅する人」(「精神分析的研究からみた二、三の性格類型」)と同じ心的機制がはたらいた。欲望の「外的な拒否のかわりに内的な拒否があらわれたのだ」。若い頃からの強い欲望が心の準備なしに実現されてしまったことで、良心の反動形成がはたらき[超自我の勇み足?]、満足の感情が「歪曲」されたわけだ。欲望が成就されたことへの「不信」が、この欲望が成就することへの若き日の不信、さらにはアクロポリスの実在そのものにたいする不信へと、二重に置き換えられた。

 フロイトは目の前にあるアクロポリスが存在していないという「疎外感」を退けるために、アクロポリスの実在を疑ったことがあるという偽証をもちだした。

 疎外感は、自我の外部ないし内部からの要請から自我を「防衛」する機能をもつ(内部からの要請からの防衛は「離人症」であると暗示されている。逆になにかを自我の一部とみなしてとりいれようとする機制が「人物誤認」「既視感」などである)。悲歌「哀れなアラーマ」において、アラーマ陥落の知らせを受けた王がこの知らせを「不到着」扱いにするのはこのような防衛の極端な例である。

 また、疎外感は過去や記憶や外傷と関係している。過去にアクロポリスの実在にたいする不信をいだいていたというのは記憶障害であり、ただしくはアクロポリス行きの欲望が叶うことにたいして不信をいだいていたのだ。ところで、旅への欲望は、「家および家族にたいする不満」の表現である。長年の強い欲望を成就することは、英雄的な偉業をなしとげたかのような満足をもたらすが、この満足には罪悪感がまといついている。父にとって代わることへの罪悪感である。アテネの文化的な価値などとは無縁であった商人の父を凌いでしまったことへの罪悪感がフロイトの満足に水を差したのだ。

「戦争はなぜ」

*「戦争はなぜ」(1933年)

 性欲動と破壊欲動の対立は、物理学における「引力と斥力の双極性となにか根源的な関係をもっているかもしれません」。さらに物理学の体系は精神分析の欲動理論と同じく一つの神話学であるとほのめかされる。なお、ゲーテ賞講演には、ゲーテによる「親和力」という科学的メタファーへの言及がある。

 戦争は精神的な健康を維持するために破壊欲動を外にふりむけることに生物学的根拠をもつ。これは戦争への抵抗よりも人間の本性にちかい。

 攻撃欲動を完全に除去することはできない。しかし攻撃欲動を戦争 いがいの目標に向けることは可能である。

 攻撃欲動にちょくせつはたらきかけるのではなく、それと対になる[欲動混合]エロスに訴えることで間接的に戦争を阻止できるかもしれない。

 エロスは愛および同一化によって情動的な絆をつくる。このうち愛は言うは易し(「汝じしんを愛するごとくに汝の隣人を愛せ」)の典型である。同一化による共同性の感情はどうかといえば、欲動生活を理性の独裁に委ねるといったユートピア的希望にすがりでもしないかぎり烏合の衆に終わるがオチだ[フロイトの念頭には「ボルシェヴィスム」があるだろう]。いずれにしても即効性は期待できない。「それよりも、ありあわせの手段で危険にひとつひとつ立ち向かう努力をしたほうがよい」。

 そもそも人間はなぜ戦争に抵抗するのか?「抵抗すること以外になにもできないからだ」。知性による欲動の統御と攻撃欲動の内向という、文化の課す要請に真っ向から抵触するのが戦争だからだ。これはたんなる知的で情動的な拒否ではない。平和主義者にとってそれは「器質的な不寛容であり、ひとつの特異体質が極端に肥大化したもの」というべきである。戦争は美という文化的基準にも抵触する(「私たちは器質的な諸原因から平和主義者たらざるをえない」。「他の人々も平和主義者になるまでに、私たちはあとどれだけ待たなければならないのだろうか」。ここでいう「私たち」とは誰のことであろうか?)

 「文化の発展を促すものはすべて、戦争に立ち向かうものである」。文化は人間を器質的=精神的に変容させつつあり、このままいくと「人間種の消滅」に至るかもしれない。戦争を避けたければ、それでも文化に与せよということらしい。「将来の戦争が及ぼす諸帰結への当然な不安」がフロイトにそう言わしめている。「将来の戦争は破壊手段が完璧の域に達するため、一方の陣営の、あるいはことによると双方の全滅をいみするであろう」。

『続・精神分析入門』第32~35講

*『続・精神分析入門』(承前)


 第32講 不安と欲動生活

 不安概念の変遷がたどられる。不安がもっぱら外的危険にたいするそれであることが強調される。

 不安が抑圧をもたらす。抑圧はどのように起こるか。自我がエスにたいしてじぶんのほうがよわいと感じるとき、正常な「思考」と同じ技法によって切り抜けようとする。「思考とはわずかなエネルギー量しかつかわずになされる試験的行為であり、それはちょうど司令官が全軍団をうごかすまえに地図のうえで小さな駒を試験的にあちこちとうごかすようなものである。つまり自我は危険な欲動の蠢きが満足させられた状態を先取り的に描き出すことによって、この欲動の蠢きに、おそれられている危険状態がはじまるときの不快感を映し出してみせる[不安信号]。それによって自動的に快-不快原則がはたらきだすことになり、そしてこの自動装置が、危険な欲動の蠢きを抑圧する」。抑圧された欲動の蠢きはエスのなかに存続していたり、破壊されたり(エディプス・コンプレクスの正常な終了)、退行したりする(強迫神経症)。

 性格は自我にぞくしており、超自我の取り入れに規定される。そこに後年の両親および影響力のある人との同一化、放棄された対象関係の沈殿物としての同一化が加味される。

 自我はエスに一方的に影響されるだけではない。不安信号によってエスに影響をおよぼしうるが、抑圧によってみずからの一部を放棄し、エスへの影響力をうしなう。

 「危険なもの」「恐ろしいもの」とは何か? 事後的な(ほんらいの)抑圧においては「ただ興奮量の大きさのみがなんらかの印象を外傷的瞬間にし、快原則の作業を麻痺させ、危険状況を由々しきものにする」。

 後半は欲動論のおさらい。「神話学」としての欲動。

 性欲動は可塑性においてすぐれている。自己保存欲動はそのかぎりではない(とくに飢えと渇き)。

 アンビヴァレンツは口唇サディズム期(アブラハム)に起源をもつ。

 ナルシシズム概念の導入によって、自我欲動と性欲動の対立は無効化した。

 エロスと攻撃欲動の混合としてのサディズム、マゾヒズム。

 「自我――むしろエス、すなわちその人物全体――はもともとすべての欲動の蠢きを内包しているから、そこには破壊欲動も含まれている。それゆえマゾヒズムはサディズムより古い」。破壊欲動はサディズムとして外部に向けられるが、現実的障害ゆえに充足を拒まれると内向する。

 欲動には古い状態を再現しようとする特性がある(「欲動の保守的本性」としての反復強迫)。胎生学はすぐれて反復強迫を原理とする。治癒欲動は下等動物の器官再生能力の名残りであるかもしれない。動物の本能行為も反復強迫に帰しうるかもしれない。反復強迫は快原則をも超越することがある。夢あるいは転移におけるあるしゅの幼児期体験の「再生」がそれだ。

 死の欲動の概念はショーペンハウアーの哲学とはちがう。死が生の唯一の目的であると言っているのではないし、それぞれの目標をそなえた二つの基本欲動の並立を想定しているから。

 超自我は攻撃欲動の暴動を抑えるべく派遣された守備隊。

 

 第33講 女性的ということ

 「女性の性愛について」における前エディプス期(「女性の前史」)についての補論。

 二性性は受動性と能動性に還元しえない。女性性を受動的目標への嗜によって規定しようとすることは可能である。とはいえ受動的な目標に到達するためには多くの能動性を必要とすることがある。女性は体質的・社会的に攻撃欲動の抑制を強いられている(「社会秩序の影響」)。そのいみで「よく言われるように、マゾヒズムは真に女性的である」。

 前エディプス期における毒殺不安(乳房拒否に由来)はパラノイアの核心となりうる。「偶然の存在を信じるためにはすでにじゅうぶんな知的訓練がひつようである」。

 精神分析への動機はペニス願望。

 人形は父親の子供の代理(「父親の子供」のうち、「父親」からはアクセントが消されている)。もうけた子供が男であれば、女性のペニス羨望はそれだけ満足される。「息子のうえに母親はじぶんのばあいには抑えつけなければならなかった野心を転移し、この息子からおよしじぶんに残っているかぎりのいっさいの男性コンプレクスを充足させられることを期待する」。結婚生活の満足もまた夫を息子とみなすことのうちにある。

 「女性の謎」は、その「男性的前史の残存現象」によって、男性性の優位と女性性の優位とが交互にあらわれる「両性性」に帰しうるかもしれない。

 「女性的リビドー」は存在せず、一つのリビドーが女性的機能に使われたり男性的機能に使われたりする。

 自己愛ゆえに、女性は愛するよりも愛されることを欲する。羞恥心は男性コンプレクスに由来する。女性の唯一の文化的貢献は編み、折る技術だが、これは陰毛を加工してペニスの不在を隠すためだ。そしてこの技術さえ、陰部を隠す体毛が生えるという自然の過程を模倣したものにすぎない。
 
 臨床から受ける印象では、女性のリビドーは「その全過程がすでに完了してしまい、それ以後はもう影響も感化も受け付けないかのようだ。それどころか、女性性へと至る困難な発達のために、女性のあらゆる可能性が失われつくしたかのようにみえる」。



 第34講 釈明・応用・治療姿勢

 精神分析運動史への一瞥。アドラーは「精神分析の食客」。初恋の相手の療養先を訪問した際のエピソードとして、湯治場を訪れた別々の症状をかかえる農民たち全員に同じ診断を下して喜ばれる医師の話が紹介される。アドラーの方法はこれとえらぶところがない。

 [分析運動史上の]「これらの『離反運動』のほとんど一般的な性格は、それぞれの運動が精神分析の豊富な主題群のなかからその一つをとってこれをわがものとし、この略奪品、たとえば権力欲動、倫理的葛藤、母親、性器的性愛などなどを元手にして独立するという点にある」。しかもそうした分派は精神分析に向けられたさまざまな批判(幼児性愛、象徴、etc.)から免れるという利得も手にする。

 精神分析の教育学への応用の重要性(アンナ・フロイト)。「精神分析的教育そのものには、それによって教育された者が後年の生活において退歩と抑圧の側に荷担しないであろうことを保障するにたりるだけの革命的な諸契機が内包されている」。とはいえ、教育はひとりひとりの子供を健康で有能に育て上げればじゅうぶんであり、精神分析は教え子を扇動者(革命的な子供)に仕立てる意図はない。社会改革の意図もない。

 精神病は分析治療の限界の一つ。「われわれが精神病を理解するというのは、いってみれば、どこに梃子を仕掛けることができるかがわれわれにわかっているということだが、その梃子で重荷を動かすことは無理だろう」。
 
 分析治療が長い時間を要することへの弁明。「心的な変化というものは徐々にしか起こらないのであり、もし迅速かつ突然に起こるとすれば、それは悪い徴候にほかならない」。



 第35講 世界観というものについて

 世界観とは「われわれの現存在の一切の問題を、ある上位の一仮定から統一的に解決する知的構成物」であり、「したがってそのなかでは未解決の問題は皆無である」。

 精神分析はそうしたいみでの独自の世界観をもたない。特殊一科学としての精神分析は科学的世界観に依拠する。

 科学的世界観は観察の知的加工いがいに世界認識の源泉をもとめず、直覚(哲学)や啓示や予言(宗教)を排除する。

 二十世紀に入って、科学的世界観は精神や心の要求を無視するとして批判の対象となっている。精神分析はまさにこの批判に応えるものである。

 科学と競合する世界観は哲学と宗教である(芸術は問題外)。このうち哲学は科学と多くを共有するが、首尾一貫した世界観という「錯覚」を前提しているかぎりで退けられる。

 宗教は(1)世界の由来と誕生を説明し[知識]、(2)よりどころと幸福を保障し[慰め]、(3)考えと行動を掟によって導く[要求]。このうち科学と競合的でありうるのは(1)のみである。

 (1)~(3)には必然的な結びつきはない。それが宗教において結びついているのはなぜか。

 ヨーロッパ世界において宗教の想定する創造神は一人の男性であるが、これは子供の目からみた父親である(そのいみで宗教世界観は「幼児的」である)。父親は幼児の由来であり、庇護者であり、罰を下す監視者である。かくして父親の像において(1)~(3)がはじめて結びつく。

 「宗教的世界観にたいする批判の最後の仕上げをおこなったのは精神分析であった」。

 科学がいかなる知的活動をも超越する宗教を対象にするのは驕りであるとの批判は根づよい。実際にはぎゃくに、こうした批判は科学の領分への宗教の干渉である。思考を制限する権限は宗教にも、ほかのなにものにもない。

 知性の「独裁」は人間を結びつける「最強の紐帯」である。真理とは欲望と現実の一致である。宗教はより高度な真理を想定するが、そのようなものは想像不可能である。宗教は大衆への影響力を失わないようにそうしたものをひつようとする。

 科学における真理は断片的であり、のみならず真理はたえず更新される。それゆえ科学における真理とは「誤謬の最新ヴァージョン」にほかならない……。こうした批判はあたらない。究極的な真理に到達するには科学はあまりにも歴史が浅すぎる。しかも科学の歩みは緩慢で、啓示の即効性にはおよびもつかない(「科学的探究における進歩の仕方は分析におけるそれときわめてよく似ている」)。ぎゃくにいうと、科学には無限の進歩が可能だが、宗教はすでに進歩の道を閉ざされている。「宗教的世界観が誤謬であったとしたら、それは永久に誤謬のままであるほかはない」。

 つづけて、無政府主義(あるいは相対主義)的世界観が、抽象的なことがらを離れて現実に一歩足を踏み入れるや役立たずになるとして退けられる。さらに、経済的下部構造がすでに心理的要因に規定されていること、および宗教のそれに比すべき「思考制限」を課していることゆえに、マルクス主義的世界観も退けられる。

 科学的世界観は、真理にたいする謙虚さ、錯覚の拒絶といった本質的に消極的な要素によって規定されている。

 

『続・精神分析入門』第29〜31講

*『続・精神分析入門』(1933年)


第29講 夢理論の修正

 夢理論のおさらい。夢という「無害な精神病」……。「夢というのは、こんにちでこそ時間における反復ということを表しはするが、もともとは空間における集積ということに由来している言葉の原義にたちかえっているにすぎない」。

 およびその訂正。外傷神経症においては「夢の機能が不首尾に終わっている(versagen)」。


第30講 夢とオカルティズム

 オカルティズムをめぐる「こうした憶測のなかでもっとも確からしいのは、オカルティズムにおいて問題になるのは、まだ認識されていない諸事実の実在的核心であり、この核心を欺瞞と空想作用とが、容易には貫き通すことのできない皮殻で包み隠してしまっているという憶測であろう」。

 夢におけるテレパシーは、日中残滓と同様、夢の意図に奉仕しているにすぎない。

 テレパシーは客観的に実在するか?「精神分析の助けによって明るみに出た材料によれば、少なくともこの問いは肯定したほうがいいらしいという印象をうける」。

 「事実との苦しい衝突を避けようと一生涯腰をかがめたままできた者は、年をとると背中が丸くなってしまって新しい事実の前にお辞儀をしている恰好になる」。

 「オカルティズムの問題が十年以上も前にはじめてわたしの視野に入ってきたとき、わたしもまたわれわれの科学的世界観が脅かされるのではないかという不安を覚えた。[……]わたしはこんにちでは別の考えをしている。思うに、オカルト的な主張のなかで真であると判明したものがあれば、科学はそれを受け入れ、加工するだけの力量をもっているのであり、それが信じられなければ、科学に大いなる信頼をいだいているなどとはお世辞にも言えないだろう。思考転移だけに話をかぎるなら、これは科学的思考法を、きわめて把握しにくい心の領域へとひろげていくのを促すようにおもわれる」。

 心理的なものを物理的なものに変換するなんらかの過程があるのかもしれない。だとしたら、テレパシーは電話と似たメカニズムにしたがっていることになる。「精神分析は、物理的なものと、これまで『心的』とよばれていたものとのあいだに無意識的なものを挿入することによって、テレパシーのような出来事を受け入れる心構えをさせてきた。むろんいまのところは空想にすぎないが、テレパシーという考えになじむことによってはじめて、これをもちいていろいろ成果をあげることができるかもしれない」。

 「テレパシーが個体間の意思疎通の原始的、太古的な手段であって、これが系統発生的な発展のなかで、感覚器官でうけとられる記号をもちいたよりすぐれた伝達方法によって駆逐されていくのかもしれない」。そして太古的な伝達方法の名残がこんにちでもたとえば熱狂した群衆においてみられるのかもしれない。


第31講 心的パーソナリティの分割

 精神分析は自我にもっとも疎遠なものとしての症状(「内なる外国人」)の探究からはじまり、最終的に「われわれにもっとも固有な所有物」たる自我の探究に到達した。「自我の分裂」という認識によって、自我を客体として扱うことができることがわかったのだ。

 精神病者における自我の「亀裂」「ひび」は「結晶体の構造によってあらかじめ決定されている」。

 『実践理性批判』のカントは「われらの内なる良心」と「星辰の瞬く天空」とを神の造化の傑作[Meisterstücke]として同列に置いているが、良心は性の活動とはちがって事後的にそなわったものであり、最初は両親の権威という外的なものであった。 

 超自我の厳格さはじっさいにこどもが受けた[寛容な]教育の性質に依存しない。

 「エディプス・コンプレクスが超自我に席を譲り渡す時期には、両親はすばらしい存在に映っているが、のちにはその力をあらかた失う。そうなってもなお、後年の両親との同一化がおこなわれ、これはふつう、性格形成に重要な影響をおよぼすが、この同一化は自我にのみ影響をおよぼし、超自我にはもはや影響をおよぼすことはない」。

 ヴィルムヘルム2世の母親は息子をその障害ゆえに愛したのではなく、障害ゆえに愛さなかった。長じて息子はこの母親を許していないことを態度でしめした。「劣等感が強い性愛的な根拠に由来する」ことを示すための脱線。

 「子供の超自我は両親を模範として築きあげられる[aufbauen]のではなく、むしろ両親の超自我を模範として築きあげられる。超自我は両親の超自我と同一の内容でみたされ、伝統の担い手になる。つまりこのようにして世代から世代へと受け継がれてきた一切の時間を超越した価値の担い手になる。[……]人類はけっして現在にばかり生きてはいない。超自我によって継承されるイデオロギーのなかには過去が、種および民族の伝統が生き続けている。この伝統は現在の力ないし新たな変化にはごくゆっくりとしか道を譲らないのであるから、そのかぎりにおいて、人間生活のなかで、経済的諸関係などには左右されない強力なはたらきを行使する」。唯物史観批判。

 「ニーチェの用語にならい、グロデックの示唆にしたがって、われわれは今後無意識をエスと呼ぶことにする。この非人称代名詞は、この心的領域の主要性格、すなわちその自我無縁性[Ichfremdheit]をいいあらわすのにとくに適している」。「エスは混沌、沸き立つ興奮に満ちた釜」。

 「心的なものの特性をあらわすには、線画や原始絵画のように輪郭線をくっきり際立たせるのではなく、むしろ現代画家がするように色域をぼかしたほうがふさわしい」。

 「ある種の神秘的な操作」によって心的諸審級のあいだの関係を理解し、変化させることは可能かもしれないが、そうした「究極的叡智」による「救い」は期待できない。過去には催眠術にそうしたものを求めたことがあったけれども。「精神分析の意図は、自我を強め、自我を超自我からさらに独立させ、自我の知覚領域を拡大し、自我の組織を拡充し、その結果自我がエスの新しい諸部分を獲得できるようにすることにある。かつてエス[それ]であったところを自我[わたし]にしなければならない。それはたとえばゾイデル海の干拓のような文化事業である」。

「火の支配について」

*「火の支配について」(1932年)

 火の支配は、放尿による消化という同性愛的欲動の放棄であるかぎりで文化の出発点となる。プロメテウス神話はこの間の事情を「歪曲」して伝えている。プロメテウスによる「犯罪」の犠牲者はゼウス、すなわち一切の欲動を制限されない神である(「神話では人間の欲望が神々の特権にかたちを変えている」)。この罰としてプロメテウスは禿鷲に肝臓をついばまれる。肝臓は古代においては性愛を司る器官とみなされていたので、ほんらいであればプロメテウスのような「文化的英雄」ではなく、ぎゃくに欲動を恣にする人にこそふさわしい罰であるようにおもえるが、プロメテウスは文化への敵意、つまり欲動断念により発現した攻撃欲動の餌食になったということなのだ。火とは情欲の象徴であり、炎はペニスの形状を想起させる。肝臓が再生する器官であることは「欲望の不滅性」をいみしている。火から生まれる不死鳥もペニスの象徴である。ところでペニスは欲動と欲動の断念を同時に司る器官である(「おのれの火をおのれの水で消す」)。「水蛇」ヒドラの再生する頭は「肝臓」と同じく「火」をあらわすが、ヘラクレスはこれを「水」によって消しとめる(「去勢」)。ヘラクレスはプロメテウスの解放者であり、「一英雄の行為が他の英雄によって償われたのだ」。プロメテウスは火を消すことを禁じたが、ヘラクレスはそれを許した。これは文化発展の過程に対応している。子供は受胎が女性の体内への放尿によるものと考えているが、大人にとって、ペニスの二つの機能は「火と水のように」対立している。

 パトリック・マホーニによれば、この論文は副詞、助動詞、文型のニュアンスを駆使して確実さの無限のヴァリエーションのあいだをやすむことなく揺れ動きながら読者を説得に導くというフロイト的な文章術の到達点である。「フロイトの思考が前進するにつれて確実さがいかに増すかということをわれわれはくりかえし目撃する」(『フロイトの書き方』)。あわせてマホーニは、11段落から構成される本テクストをスタンダード・エディションが恣意的に10段落に組み替えていることを非難している。

「女性の性愛について」

*「女性の性愛について」(1931年)

 女性にはエディプス・コンプレクスにおける父への愛着以前に、母への根源的な愛着がみられる(前エディプス期)。

 この前エディプス期は「おもいがけず長い期間」にわたり(四、五歳迄)、この時期の痕跡を発掘することは困難である。

 神経症(ヒステリー、パラノイア)の原因となる抑圧、固着がすでにこの時期に起こっている。それゆえ、エディプス・コンプレクスが神経症の中核であるというテーゼを揺るがしかねない。

 この時期はエディプス・コンプレクスの[受動的な]「原始期」であり、ギリシャ文明にたいするミノア・ミケネー文明にもなぞらえうる大発見である。

 ジャンヌ=ランプル・ドゥ・グロートやヘレーヌ・ドイッチュといった女性分析家がこの発見にあずかって大きかった。これは母親の代理者への転移が促されたためもあろう。

 「母親に食われる」という不安がこの時期に普遍的にみられる。これは躾のうるさい母親への敵意が投射によってじしんに向けられたものである。こうした投射の機制ゆえにこの時期はパラノイアの温床にもなる。

 前エディプス期は、両性性が男性におけるよりも女性におけるほうが顕著であることと関係がある。女性は男性的器官(クリトリス)と女性器(膣)とをそなえている。女性の性生活は前者の優位から後者の優位へと移行する。こうした過程は男性には存在しない。

 男根期の女性は、劣等感と反抗とを同時に抱く。この分裂的態度は、三通りの帰結を導く。(1)性愛からの逃避(2)男性性への固執(男性コンプレクス)→同性愛(3)父の対象選択。「エディプス・コンプレクスの女性的形式」である(3)は「正常な」帰結である(「エレクトラ・コンプレクス」という術語は退けられる)。

 女性の多くは「父」を模範に夫を選び、その夫にたいして「母」とのネガティブな関係を反復する。このばあいの母親への敵意は、父をめぐるエディプス的敵意ではなく、じぶんの求愛をうけいれてくれなかった母親への幻滅に由来する。この敵意は前エディプス期に発し、エディプス・コンプレクスにおいて利用され、強化される。かくして抑圧されていた根源的な前エディプス的関係が結婚生活において回帰する。

 前エディプス期消滅の要因。(1)父、きょうだいにたいする嫉妬。独占的な愛が叶えられないことによる幻滅、敵意。(2)去勢コンプレクス。(a)「誘惑」によって性欲をめざめさせた本人である母親によって自慰を禁じられることへの反抗(父による誘惑という幻想は、母による誘惑が抑圧され、置き換えられたものにほかならない)。(b)ペニスをもたない母親への軽蔑。(c)男性に産んでくれなかったことへの非難。(c)はその後、「じゅうぶんに授乳してくれなかった」という、「文化」における宿命的事実への非難としてあらわれる。

 この三つの説明はいずれもふじゅうぶんである。じっさいには、母親への愛着が幼児期(神経症、未開人)に特徴的なアンビヴァレンツをともなうことから、なんらかのきっかけによって母親からの分離がおのずと促されるのだ。いずれにしても、母親への愛着は最初の愛着であり、それゆえ強すぎるがゆえに破壊されねばならない(一度目の結婚が失敗するのと同じ理屈)。男児のばあい、母親にたいするアンビヴァレンツは、敵意がもっぱら父親に向けられることで処理される。

 「心的体験の領域においてはすべて、受動的にうけとられた印象が幼児に能動的な反応を起こす傾向をうみだす」。授乳という受動的活動に吸うという能動的行為がとって代わる。人形遊びにおいて、女児はじぶんと母親との受動的関係を能動的に反復する。口唇期、肛門期、男根期のそれぞれにおいて母親への能動的な性愛が観察される。母親に食べられるという不安や母親に浣腸される際の不安は、攻撃欲動が転化したものである(ちなみに食べ物をあたえてくれるのが母親である以上、「父に食われる」という不安には必然性がない。男児におけるこの不安は「母に食われる」不安が変化したものである)。男根期における自慰にともなう空想は母親を対象にしており、きょうだいが生まれると母親に子供を作ってやったのはじぶんだと主張する。

 母親との離反にともない、このような能動的な性活動が低下し[潜在期?]、受動的なそれにとって代わられる。これが父親対象への移行を促す。男根期の自慰の放棄は男性性の抑圧をいみする。とはいえ女性化は心理的な要因のみならず生物学的な要因によっても規定されているだろう(女性化を促す生化学的物質[ホルモン?]は当時は発見されていなかった)。

 前エディプス期はフロイトにおいては男根期の概念を補うものと位置づけてよいのであろうが、当時の分析家たちのあいだでのホットなテーマであった。この時期をジャンヌ=ランプル・ドゥ・グロートは「陰性エディプス・コンプレクス」と規定し、メラニー・クラインはエディプス・コンプレクスの開始を遡らせること(二歳のはじめ頃)で説明しようとしている。ほかにアブラハム、ドイッチュ、ホーナイ、ブルンシュヴィック、ジョーンズの所論が参照される。

 

『文化の中の居心地悪さ』Ⅴ〜Ⅷ章

*『文化の中の居心地悪さ』(承前)


Ⅴ.

 かくして文化の発展は性生活の制限を条件とする(いかなる「妨害要因」がそれを強いるのかはわかっていない)。文化は「汝の隣人を汝じしんのごとくに愛せ」ひいては「汝の敵を愛せ」という不条理で不可能な要求をおしつける。これは文化をつねに危機にさらす人間に本来的な攻撃欲動(先の大戦でも証明された)にたいする反動形成にほかならない。
 
 共産主義は悪の根源を私有財産にみいだしているが、攻撃欲動が私有財産のはじまり以前からあることを考えれば、幻影にすぎない。この攻撃欲動は、民族[階級]間の「ちょっとした相違にもとづく自己愛」にもとづいて共同体の結束を強化しつつ、ユダヤ民族やブルジョワジーの迫害というかたちで発揮されてきた。パウロの「人類愛」は異教徒への不寛容と表裏一体だった。

 というわけで、文化が性欲のみならず攻撃欲動の抑圧のうえに成り立っていることを考えれば、人間が文化のなかで幸福になれないことはさらにあきらかである。

 このような抑圧を免れていた原始人はなるほどもっと幸福だった。しかし、そのような幸福を永続させる術をかれらは知らなかった。文化は幸福を制限する代償としてそのような永続性を手にいれた。しかも原始的集団において妨げのない欲動を発揮できたのは原父だけである。さらに民族学は、現代の未開人がそれほどの自由を享受してはいないことをおしえている。

 文化の漸進的な改良は可能であろうが、新たな困難も出現している。指導者の不在による「大衆の心理的貧困」というアメリカにおける現実はそのひとつのあらわれである。


Ⅵ.

 攻撃欲動は欲動混同によって性欲動とまじりあっている。文化というエロス(統合)のプロセスは、攻撃欲動(死の欲動)の内在的な脅威にさらされている。畢竟「文化とは人類を舞台とするエロスと死のあいだの闘い」であり、これが人間の生の本質である。


Ⅶ.

 このような「闘い」は動物の社会にはみられない。とはいえ、動物には人間的な幸福もない。

 文化が攻撃欲動を抑えるもっとも有効な方法は、これを超自我として内面化することである。それは攻撃欲動をじぶんじしんへと向け換えることにほかならない。「文化は個人を弱体化、武装解除し、占領した町で占領軍にさせるように、ひとつの内なる審級に監視させることによって、個人の危険な攻撃欲動をとりおさえる」。各人に各自の攻撃欲動を監視させるのだ。

 人間は本質的によるべない存在であり、庇護してくれる他人の愛を失うことへの不安にさらされている。人間にとっての悪とは、それを冒せばこの他人の愛を失うことになるような行いである。この他人が超自我として内面化されると、内なる監視者にすべてを見通されているので、じっさいにその悪を犯すかどうかはどうでもよくなる。行為にともなってその都度外部から加えられる罰への不安は恒常的な不安すなわち良心の疾しさに変わる。逆説的なことながら、[悪業をなす人ではなく]行いの正しい人ほど罪の意識に苦しむことになる。

 じぶんたちに加えられる不幸をまえにして、神を疑うかわりにじぶんたちの罪深さを責め、戒律を創り出したイスラエルの民もこれと同じ心的メカニズムにしたがっている(未開人であれば呪物に罪を転嫁するだろう)。

 罪責感の起源は、庇護的な他者への不安と超自我への不安である。前者は[行為としての]欲動の断念を迫るが、後者にとって「欲動の[現実的]断念だけではふじゅうぶんである」。欲動を断念しないことへの欲望そのものが罰される。悪を犯すことで愛を失い、外部からの不幸にさらされることがなくなった見返りとして、恒常的な罪の意識にさらされることになる。

 「良心は欲動断念の所産」であり、その逆ではない。あるいは「欲動断念は良心をうみ、こんどはこの良心がいっそうの欲動断念を要求する」という逆説。

 このへんの事情をよりクリアにするためとことわって、フロイトはここで議論を欲動一般の断念ではなく攻撃欲動の断念だけに限定しようとするが(ある性的欲求が満たされないことが直接罪悪感をうみだすことは理屈に合わない。そのばあい、性的欲求の妨害者にたいする攻撃欲動を経由しているはずである。)、じっさいにはぎゃくに議論が錯綜してくる。

 問題は超自我の厳格さの起源の如何である。それは庇護的な現実的他者に向けられた攻撃欲動が同一化によって超自我に継承され、それが自我じしんに一身に向けられた結果なのか。もしくは、庇護的な他者の厳格さを継承しているのか。

 フロイトの見解は前者に傾いている。厳格な教育を受けた子供の超自我がかならずしも厳格になるわけではない(メラニー・クラインの見解が参照される)。ぎゃくに寛容な父をもつ子供は攻撃欲動を内に向けるほかないので厳格な超自我を形成することになる(アイヒホルンを参照したアレグザンダーの見解)。いずれにしてもフロイトは環境の影響よりも素質的な要因を重視しているようにおもわれる。すなわち超自我は系統発生的に原父の厳格さを継承しているのだ。

 ある行為についての「後悔」は、良心の疾しさを前提している。良心の疾しさは原父殺害によってうまれた罪悪感を系統発生的に継承している。それでは、原父殺害にともなう「後悔」はどこに由来しているのだろうか。父にたいする息子たちのアンビヴァレンツにである。殺害後、父にたいする愛が「後悔」というかたちで前景化し、これが父との同一化を促して超自我が形成され、息子たちは罪悪感に身を委ねるに至る。この罪悪感とはエロスと死との「永遠の闘い」であるアンビヴァレンツの表現である。


Ⅷ.

 かくして罪責感の増進は幸福感の減退としてあらわれる。罪責感とは不安のいっしゅである(「あらゆる神経症の背後にはなんらかのかたちで不安が潜んでいる」)。宗教はこの罪責感のやくわりを見抜いていた。

 フロイトは神経症の臨床から、個人の超自我が自我の抵抗を無視して命令を一方的におしつけ、自我の幸福を等閑視することを実感してきた(じっさい、神経症の治療においては、超自我の要求を抑えるように促すことに努力が費やされる)。これは文化の超自我についても同様である。

 「『汝の隣人を汝しじんのように愛せ』という命令は、人間の攻撃欲動にたいする最大の抑止策であり、同時に、文化の超自我が人間心理についていかに無理解であるかの見事な例である」。

 この命令は「実行不可能」であり、愛を水増しし、その価値を失わせることになるだけだ。

 こんな不毛な倫理にしたがおうとするよりも「財産にたいする人間の関係を変革するほうが効き目があるだろうということはあきらかだとおもわれる」。ところが憂うべきことに、社会主義は理想主義によって目を曇らされてしまっている。

 人類ぜんたいが文化のおかげで神経症に罹っている。精神分析の対象を文化共同体にまで拡大する余地がある。とはいえ、個人の神経症のばあいには存在する「正常」という基準が、文化全体を冒す神経症については存在しない。さらに文化にたいして治療を強いることのできる権威も存在しない。

 文化がすぐれているか否か、人類を幸福に導くのか破滅に導くのかを判断しうる基準はない。「すべての人々が熱烈に求めているのはけっきょくのところ慰めであり、この点では、もっともラディカルな革命家から従順このうえない信心家もすこしも変わりがない」という状況のなかで、フロイトは「わたしは、おまえはなんにも慰めをあたえてくれないではないかという世間の非難を甘んじて受けようとおもう」と言い放つ。

 「わたしのみるところ、人類の宿命的課題は、人間の攻撃ならびに自己破壊欲動による共同生活の妨害を文化の発展によって抑えうるか、またどのていどまで抑えうるかだとおもわれる」。「最後の一人まで殺し合うことが容易」となった[大戦への暗示]現代という時代にあって、この課題はこれまでになくアクチュアルであり、現代人はそれゆえに焦燥と不安に苛まれている。

 「われわれの期待は、『天上の二つの力』のいま一方である永遠のエロスが、じぶんとおなじく不死身であるこの相手との戦いに負けないよう一生懸命に頑張ってくれることにかかっている。けれども、だれがよくこの戦いの成否と結末を予見できるであろうか」。 

『文化の中の居心地悪さ』Ⅰ〜Ⅳ章

*『文化の中の居心地悪さ』(1930年)

Ⅰ.

 『ある幻影の未来』を寄贈されたロマン・ロランは、宗教の起源が永遠ないし無際限の感情、「大洋的感情」であるとフロイトに書き送った。

 フロイトは、自我はもともと宇宙のすべてを包含しており、そこから非自己が排出されることで自己と外界の境界が発生するとし、ロランのいう「大洋的感情」を、自他の区別がなされる以前の「一次的な自我感情」になぞらえる。進化によって生物の多様性が失われることがないように、あるいはローマの街にさまざまな時代の建築が遺跡として残存しているように、一次的な自我感情は成長後の自我と共存している。

 「ひとたび生じたものはけっして消滅することなく、最近の発展段階とならんで昔の発展段階がすべて存続している」。そう言いきれないとしても、少なくとも心的生活においては、過去の存続は例外ではなく原則である。

 こう述べたうえで、フロイトは宗教の起源が幼児のよるべなさ、そこに発する父への憧憬いがいにはありえないとの自説を確認する。


Ⅱ.  

 人生を堪え忍ぶための「鎮静剤」が三つある。気晴らし(労働、学問)、代理満足(芸術)、および興奮剤である。宗教がこのうちのどれにふくまれるかについてフロイトは答えを保留する。

 人生の目的はなにかという問いは、すぐれて宗教的な問いであり、間違った問いである。

 ひとは快感原則のプログラムに沿って「幸福」へと至ろうとする。ところがこのプログラムは実現不可能にできている。「われわれが幸福でありうる可能性はすでにわれわれの心理構造によって制約されている」。不快の源泉は三つある。身体、外界、人間関係だ。不快を避ける方法はいくつかある。身体改造(興奮剤)。欲動のコントロール(瞑想、ヨガetc.)。昇華(芸術、労働、etc.)。幻影(芸術における空想)。隠遁。新たな世界の創造(妄想。宗教という「集団妄想」をふくむ)。そして愛。あるいは美。いずれにしても、各自がそれぞれの適性に応じて幸福への道を選択するひつようがある。しかるに宗教は「幸福を獲得し苦難から身をまもる方法をすべての人間に一律におしつける」。

 「宗教の技法とは、人生の価値をおとしめ、現実世界の像を妄想で歪めることにあるが、その前提となるのが、威圧による知性の萎縮である。宗教はこのように心的幼児症をむりやり固着させたり集団的妄想に引き入れたりするが、その犠牲の代償として多くの人間は個人的な神経症にかからずにすむ」。


Ⅲ.

 不快の源泉の三つめのもの、すなわち文化にたいしては全面的な敵意が向けられている。これには新大陸の発見と精神分析による神経症のメカニズムの解明があずかっている。さらにテクノロジーの発達によっても幸福がもたらされないことが拍車をかけている。


Ⅳ.

 文化はなぜうまれたのか? 直立歩行によって嗅覚が退化し、間歇的な嗅覚刺激ではなく恒常的な視覚刺激が性的興奮をひきおこすようになる。かくして恒常化した性欲は、労働による自然の克服の必要性とあいまって家族の形成を促した。つまり共同生活はエロスとアナンケーという条件から生まれた。克服された嗅覚的刺激を抑圧するために月経のタブーがうみだされた。タブーとは最初の法である。ちなみに文化の条件のひとつである清潔が衛生の観念とむすびついたのは事後的なことにすぎず、他人にとって[だけ]不快となるじぶんの排泄物を処理することによる他人の尊重が社会性の起源となった。

 愛は幸福へのもっともダイレクトな手段であるが、もっとも危険な手段でもある。この危険を減らすために発明されたのがフランチェスコ的な博愛主義である。愛の価値を愛されることから愛することへと転換し、愛の対象を個人からすべての人間に拡大し、性愛的な目標を制止された欲動そのものへと転化することで失恋のリスクを最小化するのである。愛による自他の合一感情は、くだんの「大洋的」感情ともつうじあう。フロイトは、愛の安売りは相手への侮辱であり、すべての人間が愛に値するわけではないとしてこの行き方を退ける。

 愛は文化形成の原動力となったが、やがて文化との対立的になる。まず、家族と社会の対立として、ついで男性がリビドーをホモソーシャルな社会関係に転用することによる女性の性的疎外として。文化の出発点において、トーテミズムがすでに性愛の範囲を制限しているが、この制限は後続するタブーや法や慣習によってさらに拡大する。最終的に性愛は、一夫一婦制の枠内で種の保存のために成人がおこなう性器愛においてしか許されなくなる。幼児性欲や両性性は否定される。

「1930年ゲーテ賞」「リビドー的類型について」他

*「夢解釈の全体への若干の補遺」(1925年)

a. 解釈可能性の諸限界

 「夢解釈を別個の独立した行為としておこなうことはできない。それは分析作業と切り離せず、その一部である」。

 多義性は潜在的夢思想そのものに内在的である。


b. 夢の内容にたいする道徳的責任

 非道徳的な内容の夢は検閲による歪曲を被るか、その代わりに不安夢としてあらわれるか、あるいは反動形成により懲罰夢としてあらわれる。

 道徳的な人であればあるほど良心が敏感なのは(『文化における居心地悪さ』etc.)、「健康であればあるほど感染しやすく、夢の伝染病や作用に余計にくるしむということ」。


c. 夢のオカルト的意味

 夢に現れるがゆえに夢との関連で研究されていることの多くはほんらい「夢の心的特殊性」とは関係がない。象徴や不安と同じく、オカルトも夢に特殊な事象ではない。「夢というものものがもともと秘密に満ちたものだったので、夢は他のさまざまな未知なるものと親密な関係にあるとされたのである」。とはいえ、「原始時代には、夢の諸形象が心の諸形象の成立に関与していたかもしれない」(!)ことを考えれば、この結びつきには必然性がある。

 「精神分析とテレパシー」でも紹介された「予言夢」(「三十二歳で子供をもうけるだろう」)において、「一見外から伝えられたこのメッセージの特異性をいみある形で解釈することは、精神分析の助けによってのみ可能であった」。つまり、「予言を依頼した女性の強い欲望が直接的な転移を介して占師に伝えられた」。「強く情動的に彩色された想い出は容易に転移される。転移されるべき人物の思いつきに、あえて精神分析の処理を施すと、通常では知られないままでいるだろう一致がしばしば表面化する」。要するに、無意識的な欲望が意識化されることが予言の的中と受け取られるということなのだろうか。
 

*「精神分析」(1926年)
 
 「これらのもっとも一般的な表象[エスと自我]が精神分析的作業の前提であると考えてはならない。それはむしろ精神分析研究の最近の成果であり、かつ修正を免れ得ない。精神分析は確実に心的生活の事実の観察にもとづいており、精神分析の理論的上部構造はそのためまだふじゅうぶんであり、つねに変化しつつある」。

 転移と暗示との「一致」。

 「精神分析的治療は成人の後期教育となり、こどもの教育の修正となる」。

 
*「ロマン・ロランに宛てて」(1926年)

 『文化における居心地のわるさ』において否定されることになる「隣人愛」の使徒としてのロランへの敬愛が吐露される。
 「わたしが隣人愛を信奉しているのは、感傷や理想の追求といった動機からではなく、冷静に考えた経済[論]的な理由からです。欲動性向やわたしたちの環境といった現実をおもえば、人類愛が人類の存続のためには技術などと同様に不可欠だといわざるをえないからです」。


*「ブナイ・ブリース協会会員への挨拶」(1926年)

 1941年初出。みずからがユダヤ人としての宗教的、民族的アイデンティティを共有していないことを述べたあと、こうつけ加えられる。「ユダヤなるものとユダヤ人の魅力をあらがいがたくしていたものはほかにもありました。それは多くのぼんやりした感情の力であり、言葉でいいあらわせないぶんだけいっそう強烈なものでした。それから、内的同一性がはっきりと意識されていること、つまり同じ心の構築という秘密でした。やがてそれに、わたしの困難な人生行路の途上でわたしにはなくてはならないものになったわたしの二つの性質はわたしのユダヤ的な性分に由来するものなのだという認識がくわわりました」。すなわち、知的偏見からの自由と野党精神である。


*「マクシム・ルロワへの手紙――デカルトの夢について」(1929年)

 「メロン」といえば、『文化における居心地のわるさ』にマーク・トゥエインの『私の盗んだ最初のメロン』への言及がある。


*「テオドール・ライク宛書簡抜粋」(1929年)

 ライクが見抜いたように、フロイトはドストエフスキーをリスペクトはしているが、すきではない。病理的な人格は臨床で食傷気味であるから。社会や現代人にたいするライクの悲観主義には共感できないとされている。


*「1930年ゲーテ賞」(1930年)

 レオナルドとゲーテはともに芸術家にして科学者であったが、レオナルドにおいては科学者と芸術家が背反的であり、前者が後者を押し潰してしまったのにたいし、ゲーテにおいては両立していた。

 ゲーテはいくつかの点において精神分析を先取りしている。人間にとっての最初の情動の結びつきの強さを認識していた。夢が睡眠状態における心的活動の継続であるというアリストテレス的発見を無意識と結びつけた(精神分析はそこに夢の歪曲についての認識を付け加えた)。カタルシス療法を実践していた。エロスの「本質的統一」をプラトンにおとらず理解していた。

 伝記は偉人を等身大の人間に引き下ろすことで、父や師にたいする読者のアンビヴァレンツを満足させる。精神分析的伝記は「外界の素材を心的に処理する」ことで対象の偉大さを解明することができるだろう。


*「リビドー的類型について」(1931年)

 リビドーの活動が心的装置のいかなる審級で優位であるかにしたがって、エロス型(エス)、強迫型(超自我)、自己愛型(自我)という三つの性格類型が提示される。エロス型は依存型で、愛されなくなる不安に支配される。強迫型は内なる良心の不安が支配的であり、文化の保守層を代表する。自己愛型は独立心が強く、コンプレクスから自由で、愛されるよりも愛することに重きを置く指導者タイプ。

 これらの類型は純粋な形でよりも混合型としてあらわれることのほうが多い。エロス=強迫型は周囲の人間や諸規範への依存性が高い。エロス=自己愛型はもっとも該当例が多く、攻撃的かつ活動的で自己愛が強い。自己愛=強迫型は自我が超自我に屈しておらず、独立心と良心が強く活動的で、文化的にもっとも価値が高い。

 病理学的な観点からは、エロス型はヒステリー、強迫型は強迫神経症、自己愛型は精神病に罹患しやすい。混合型においてはこれらの相互作用がみられるということであろう。

「ドストエフスキーと父親殺し」

*「ドストエフスキーと父親殺し」(1928年)

 ドストエフスキーの四つの顔:作家、神経症者、道徳家、罪人。

 「もっとも深い罪の領域を通過したことのある者のみがもっとも高い倫理の段階に到達する」という論拠は、懺悔を前提に人を殺す未開人と同じである。それゆえ道徳家としてのドストエフスキーを評価することには問題がある。

 罪人としてのドストエフスキーは、感情の欠如という犯罪者の条件を欠いている。かれが作品の素材として罪人をえらんでいることは、作家の内なる罪人の存在をほのめかす。かれの破壊欲動はかれじしんに向けられ、マゾヒズムおよび罪悪感としてあらわれている。

 ドストエフスキーにおける情動の異常な強度、倒錯的体質、芸術家としての天分という三つの要素のまじわる点が神経症(自我の統一の破綻)である。そしてかれの癲癇は神経症の一症状である(ヒステリー性癲癇)。もしくは器質的な癲癇が神経症に利用されている。

 ドストエフスキーの最初の癲癇は少年時代に「仮死状態」としてはじまった。これは死んだ父への同一化であり、父へのエディプス的な殺意にたいする罰をいみする。父親殺しは人類さいしょの犯罪であり、それは個人において系統発生的に反復される。

 父への憎悪を抑圧するのは、父にたいする去勢不安である(『制止、症状、不安』)。両性的な素質が顕著な者にあっては、去勢不安を逃れるために母親に同一化することによって去勢不安を迂回する。両性的な素質は神経症の条件であり、ドストエフスキーにおいてもこの傾向がつよかった。

 主体と父親との関係は、自我と超自我の関係として「別の舞台」で再演される。父親が暴力的な人格であるばあい、超自我はサディズム的なものとなり、自我がマゾヒズム的になる。ドストエフスキーはこのケースである。
 
 以上二点からも、ドストエフスキーの癲癇が神経症であることが証明される。

 癲癇発作の前駆症状として体験される無上の法悦は、父の死にたいするそれである。この法悦ゆえにそれに後続する罰はいっそう残虐の度を増しもする。法悦と憂鬱の反復は、トーテム饗宴においてくりかえされてきたそれである。

 さらに、ドストエフスキーがシベリア流刑中に発作を起こさなかったとすれば、かれの癲癇が超自我による罰であることのさらなる証拠となるはずだ。

 ドストエフスキーがシベリアでの苦境を生き抜いたのは、罰されることの必要ゆえである(「正体のつかめない罪」)。無実の罪を引き受けたことも然り。その罰が「父の代理」たるツァーによってくわえられたからにはなおさらだ。ドストエフスキーの政治的立場(ツァーへの服従)も、宗教的立場(信仰への誘惑、キリストへの同一化)も、神経症的な罪悪感によって規定されている。ドストエフスキーの知性をもってしても、「宗教感情の基礎をなしている人類一般に共通な息子としての罪」を克服しえなかった。

 『オイディプス王』『ハムレット』『カラマーゾフの兄弟』という世界文学史の三大傑作が父親殺しの主題を扱っているのは偶然ではない。

 この主題は[あまりに真実なので]婉曲化されずには表現されえなかった。『オイディプス王』においてさえ、父殺しは意識的な罪ではなく、無意識的な罪とされている。『ハムレット』において、父を殺害するのは息子本人ではないが、主人公が父の敵に復讐を果たせないという事実が、主人公の殺意を「反射鏡に映ったかたちで」明かしている。『カラマーゾフの兄弟』においても下手人は父親とエディプス的な競合関係に置かれた息子ではなくその兄弟であるが、下手人が癲癇持ちであることから作家じしんのエディプス・コンプレクスの反映を読みとることができる。「犯罪を現実に実行したのは誰であるかはまったくどうでもいいことなのだ。心理学にとって重要なのは、心の中でその犯罪の起こることを希望し、それが起こったさいに心の中で快哉をさけんだのは誰かということだけである」。

 「犯人にたいするドストエフスキーの同情には際限がなく、……それは古代人が癲癇患者や精神錯乱者にたいしていだいていた神聖な恐怖をさえおもいおこさせる。かれの目には、犯人が罪をわが身にひきうけることで、とうぜん同じ罪をおかすはずであった人々を救った者とすら映っている」。

 ドストエフスキーの素材選択が、意志的な犯罪者(政治犯、宗教犯)からはじまり、最晩年にいたって「もっとも原初的な型の犯罪者、すなわち父親の殺害者」に回帰したのは「文学者にふさわしい自己告白」である。

 ドストエフスキーの賭博癖も罪悪感の代理である。賭博で無一文になったあとにかぎり筆が進んだという事実はその証拠である。

 賭博という主題に関連して、最後にツヴァイクの短編(「ある婦人の生活からの二十四時間」)が分析される。男性を賭博による破滅から救おうとする婦人(ちょうど母親ほどの年齢)は、息子を自慰行為から救うために性の手ほどきをしてやりたいという母親の欲望に突き動かされている。賭博とはすぐれて自慰の代用品であり、およそ救済が主題になる物語の原型はすべてこの欲望に発している。自慰行為の影響(去勢不安)は、重度の神経症の背景にはあまねくみられるところである。こうして話題は最後にドストエフスキーにもどってくる。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。