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「フェティシズム」「ある宗教体験」

*「フェティシズム」(1927年)

 「フェティッシュとは、男児があると信じ、断念しようとしない女性(母)のペニスの代理物である」。

 男児が女性におけるペニスの不在を認めるのを拒む[weigern]のは、情動の「抑圧」ではなく表象の「否認」[Verleugnung]である。

 幼児は女性のペニスにたいする信を守りつづけるが、断念してもいる。

 「フェティッシュは去勢脅威にたいする勝利のしるし(「記念碑」)にして防壁でありつづけ、女性が性的対象となるような性質を女性にあたえることによって、フェティシストを同性愛者になることから守っている」。去勢恐怖がなぜある者をフェティシストにし、ある者を同性愛者にし、ある者をそのいずれにもしないのかはわかっていない。

 足とか靴がフェティッシュにえらばれるのは、男児の好奇心が下方から女性器に向けられていることによる。下着はペニスの不在を覆い隠すものであり、陰毛の代理である毛皮やビロードも同様である。

 神経症において自我は現実の要請にしたがい、精神病においてはエスの要請にしたがうというそれまでの見解が訂正される。訂正を迫ったのは、亡父の死という現実を「否認」しているが、精神病に罹っていない青年の二例である。かれらは父の死を意識していながら承認[annerkenen]していない。欲望に適った流れと現実に適った流れとが心的生活においてほんらい共存しているのであり、精神病においては、このうちの後者が失われるのであろう。

 父との同一化が顕著なケースでは、女性はペニスをもっているという主張と父が女性を去勢してしまったという主張とが和解している。フェティッシュは愛撫(崇拝)の対象であると同時に敵視の対象である(お下げ髪を切る、etc.)。

 『制止、症状、不安』において抑圧の機制が相対化され、防衛概念の重要性が説かれたことを受けて、本論文で「否認」の概念がクローズアップされているのであろう。


*「ある宗教体験」(1927年)

 あるわかいアメリカ人医師が、解剖室に運び込まれた愛らしい老婦人の遺体を目にして、神の存在に疑いをいだく。その後、啓示によってふたたび神への信仰をとりもどしたかれは、フロイトにたいしても神への帰依を説く。

 フロイトはこたえる。「わたしがさいごまでいまのわたし――信仰なきユダヤ人(an infidel jew)――のままであったとしても、それはわたしの罪ではないであろう」。

 ところで、神への疑いがなぜそのときはじめて医師に芽生えたのか?

 老婦人の裸体が医師に母親へのエディプス的愛着を想起させ、同時に父への反抗が呼び覚まされたのだ。この医師にあっては、父親と神とがいまだじゅうぶんに分離しておらず[つまり超自我が未発達]、父への殺意が神への懐疑というかたちであらわれた。この感情は、母親への虐待への怒りというかたちで正当化された(原光景はつうじょう虐待と解釈されるから)。啓示は、エディプス的状況の消滅をいみするが、それは幻覚性精神病の幻聴(「内なる声」)というかたちであらわれた。

 この文章に先だってこのエピソードを紹介した際、フロイトはいっしゅの失錯行為をおかした。医師じしんが母親を想起したと述べたという記憶錯誤をおこしたのだ。

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「ユーモア」

*「ユーモア」(1927年)

 第二局所論の観点からの機知論の補遺。超自我の意外な一面に光があてられる。

 ユーモアの聴き手は、他人が精神的なダメージを被ることがとうぜんな状況で、その人に感情移入するためのエネルギーを蓄えるが、その人が冗談を言ってその状況をかわすことで、消費を免れ節約されたエネルギーを快として手に入れる。これがユーモアの本質である。

 ユーモアは「自己愛の勝利」「自我の不可侵性の貫徹」において機知および滑稽とは区別される。

 ユーモアにおいては、自我が現実の要請による外傷を拒み、その外傷さえ快の源泉になることを誇示する。ユーモアは「自我の勝利」、「快原則の勝利」を謳いあげる「反抗」である。この点でユーモアは精神病理学における退行あるいは反動的過程(神経症、陶酔、自己沈潜、恍惚境、精神錯乱……)に似ている。それゆえユーモアには、機知にはない「尊厳」がそなわっている。機知は快を得たりその快を攻撃欲動の充足にふるむけることを目的としているだけだから。ただし、精神病理学的な退行や反動過程のように精神的健康を損ねることはない。

 ユーモアを言う人は、子供にたいするような態度を他人にたいしてとる。「子供にとっては重大な利害やくるしみも、ほんとうはつまらないものであることを知って微笑しているのである」。ユーモアを言う人は、みずからを父親と同じポジションにおき、他人を子供のポジションに引き下げる。

 じぶんじしんの境遇を笑いとばす人は、じぶんの自我を超自我のポジションから眺め下ろしている。心理的なアクセントを自我から超自我へと移す結果、増強した[geschwellten]超自我にとって自我はちっぽけなものにしかみえない。このとつぜんの立ち位置の移動は、「備給量の転移[Verschiebung]」、すなわち量的要因によって説明される。

 機知が無意識によって惹起された滑稽であるのと同じく、ユーモアは超自我の媒介によって生ずる滑稽である。

 ほんらい厳格さを特徴とする超自我がユーモアにおいてもたらす快(「愛情のこもった慰めの言葉」)は、あくまで滑稽や機知のもたらす快ほどの強度をもっていない。「けれども、その原因はよくわからないながら、われわれはこのあまり強くない快をきわめて価値の高いものであるとし、この快がとくにわれわれを解放し(befreiend)昂揚させる(erhebend)ものであると感ずる」。

 ユーモアとはいわばつぎのように言うことだ。「ねえ、ちょっとみてごらん、これが世の中だ、ずいぶん危なっかしくみえるだろう、ところが、これを冗談にしてしまうことは児戯に類すること[Kinderspiel]なのだ」。

 「ついでに言っておけば、人間だれしもがユーモア的な精神態度をとれるわけではない。それはまれにしか見出されない貴重な天分であり、多くの人は、他人からあたえられたユーモア的快を味わう能力をさえ欠いている」。

『ある幻影の未来』

*『ある幻影の未来』(1927年)

 文化は自然(「運命」)のおよぼす自己愛の損傷から人間を守る。宗教はそのもっとも重要なもののひとつである。

 宗教的観念は、学校で習う知識[のちにロマン・ロラン宛書簡で分析されるアクロポリスでの体験への言及がある]と同様、外からあたえられる教義であり、なぜ信じなければならないかという問いをいだくことをそもそも許さないドグマである。フロイトは「理性以上の審級はない」という立場から、「不合理ゆえにわれ信ず」という弁明も、「かのように」という弁明も退け、宗教的教義を「幻影」と断じる。

 とはいえ、幻影とは誤謬とも妄想とも別物である。妄想とはちがって、幻影は現実と一致していることもある。幻影を定義するのは欲望である(アメリカ大陸を発見したというコロンブスの幻影は、かれの欲望に支えられている)。幻影とは、「欲望充足を主要動機として生まれた信念」である。そして「宗教的観念の強さの秘密は、これらの欲望の強さにある」。

 それではほかの文化資産、たとえば国家も性関係も幻影なのだろうか? フロイトはこの問いに答えをあたえることを控えている。

 宗教の支配は、文化における居心地のわるさを解消させるにいたっていない。人類はいまなお文化に敵意をいだき、これを変革しようともがいている(この論文はロシアにおけるコミュニズム的実験を背景に書かれている)。それゆえ宗教は幻影であり、宗教の影響力がよわまっていることは必然である。

 じぶんのしていることは、「偉大な先人たち」(ピーター・ゲイは、ヴォルテール、ディドロ、フォイエルバハ、ダーウィンの名を挙げている)の宗教批判に心理学的な論拠を付け加えることだけだとかしこまってみせるフロイトを啓蒙主義者とよぶことはまちがってはいない。しかしすくなくともフロイトは科学主義者ではない。「人間の知性を過大評価しているのはむしろ反対論者のほうである」。フロイトはぎゃくに知性を「無力」で「弱い」ものととらえている。

 「なるほど知性の声はよわよわしい。けれども、この知性の声は、聞き入れられるまではつぶやきをやめないのであり、しかも、何度か黙殺されたあと、結局は聞き入れられるのである。これはわれわれが人類の未来について楽観的でありうる数少ない理由のひとつである。……なるほど、知性の優位は遠い遠い未来にしか実現しないであろうが、しかしそれも、無限の未来のことというわけではないらしい」。

 宗教のように、全面的な幸福が即座にもたらされると要求すべきではない。「われわれの神ロゴスは、これらの要求のうち、外的現実[アナンケー]が許すものだけを、それもきわめてゆっくりと、はるか遠い未来に、しかもわれわれとはちがった新しい人類のためにはじめて実現するだろう」。

 科学は人間の身体的条件に限界づけられているので、主観的な認識しかもたらさないという反論にたいして、フロイトは、人間の身体(心的装置)がそもそも外界の探究という[科学的]機能をそなえているのであり、人間の心理には合目的性があると論駁する。

 「科学の使命は、われわれの身体的条件の特殊性の結果としてわれわれの目には外界がどう映らざるをえないかをしめすことにかぎるだけでほぼじゅうぶんである。……結局、宇宙がどういうものであるかなどという問題は、知覚する側であるわれわれの心的装置のはたらきを無視するなら、じっさいは何の関心も惹きえない空虚な抽象物にすぎない」。ヴォルテール的=フッサール的フロイト。

 結びの一節。「われわれの科学は幻影などではない。これに反し、科学があたえることができないものをなにかほかのものがあたえてくれるのではないかと信ずるようなことがあれば、それこそは幻影というべきであろう」。

 そもそもフロイトの宗教批判は臨床経験から発している。フロイトによれば、宗教は神経症の「残滓」である。

 「宗教は人類全体がかかっている強迫神経症[+アメンチア]であり、幼児の強迫神経症と同じく、その原因はエディプス・コンプレクス、つまり父親との関係にある」(「信心深い人は、集団的神経症に罹っているので、個人的神経症を形成するひつようがなくなるのだ」ともいわれている)。

 だとすれば、強迫神経症が治療可能であるように、人類は宗教なしで済ますことが可能であるはずだ。コミュニズムにも比すべきこの「実験」の成功にフロイトは大いなる「希望」をいだきつつ、この希望(「楽観」)もまた幻影にすぎないかもしれないと自戒する。とはいえ、「わたしの幻影は、宗教的幻影[「世界観」]とはちがい、修正が可能で、妄想的性格はもっていない。わたしのあとにつづく人たちが、われわれの考えがまちがっていたことを経験によっておしえられるとすれば、われわれはいさぎよくわれわれの期待を断念するだろう」。

 本書のもうひとつの背景として、「ありとあらゆる興奮剤、麻薬、嗜好品の類いを禁じ、その代償として神への畏怖をこれでもかと投与する」というアメリカにおける「実験」がある。「この実験の結果も、問わずしてすでにあきらかだ」。

「素人による精神分析の問題」および「あとがき」

*「素人による精神分析の問題」(1926年)

 非医師であるテオドール・ライクがオーストリア当局によって告訴された件を受け、非医師に分析治療を禁じる案件に反対する論争的文書。ウィーンの実在する[誠実な]政府高官を論争相手に想定しつつ、対話形式で書かれている。この形式は、『精神分析入門』、および本論文と同年の『ある幻想の未来』でも採用されている。

 冒頭で、精神分析の主体についての問い、つまり、「誰が精神分析をおこなうのか?」という問いがこれまで一度も問われたことがなかったと指摘される。というのは、これまでもっぱら世間は「誰にも精神分析をおこなってほしくない」と望んでいたからである。
 
 フロイトによれば、もぐりの分析家とは、非医師ではなく、すぐれて分析の訓練を受けていない医師のことである。

 医師は、医学においてはなによりも回避されねばならないミスを精神分析において必然的に冒してしまう。これは医学教育の一面性、治療にさいしてのリスクのすくなさによる。

 じゅうぶんな技能をもった者に分析を禁じ、技能のない者による分析を野放しにすることは不条理である。

 オーストリアは「禁止熱」に憑かれている。くだんの案件はドイツの法の模倣であるが、ドイツでその法が施行されたのは精神分析の誕生以前のことであり、精神分析にそれを適用しようとすることは理に合わない。さらに、過剰な規則や禁止は、法の権威そのものを骨抜きにする。アメリカにおいてさえ、クリスチャン・サイエンスを禁止したりなどしていない。つまり、政府高官が「幸福への唯一正しい道」を確信している国などオーストリアのほかにない。オーストリアでは、非医師の催眠治療に加え、最近、オカルト結社さえ法で禁じた。

 精神分析では、鑑別診断において器質的な疾患が疑われるばあい、分析家が医師であっても、別の専門医の診断にゆだねなければならないというとりきめがある。精神分析は純粋に心的な治療であるというのがたてまえだが、転移を起こしている患者の身体を診察することのリスクという実際的な理由がおおきいようだ。

 神経症は自我が未発達な時期におけるふじゅうぶんな抑圧に由来する。ところで自我の弱さとは偶然的なものではない。系統発生的に(=器質的に)自我はエスにより過大な要求を負わされている。それゆえ神経症は必然である。自我の強弱は相対的な基準にすぎない。

 「精神分析を神経症の治療に用いるというのはその利用法のひとつにすぎず、ひょっとしたら将来的には、この利用法はもっとも重要な利用法ではないということになるかもしれない」。そのひとつの可能性として教育における応用が挙げられている。

 結びの言葉。「肝要なのは精神分析の内的な発展の可能性であって、こればかりは法令や禁止といえどもけっして抑えつけることができない」。

 非医師の分析を認めるか否かは精神分析内部でも議論のおおい問題である(「あとがき」によれば、とくにアメリカの分析家たちは非医師の分析に反対している)。

 分析家の養成に要する期間は2年とされている。


 そのほかにも注目すべき指摘がおおい論文である。

 Es および Ich という非ギリシャ語的な概念について。「精神分析では世間一般の人たちのものの考えかたとの関連をつねにうしないたくないと願っており、普通の人がつかう概念を排斥するのではなく、むしろこのんで術語として採用している」。これは患者に分析理論を理解させるひつようがあるためである。非人称代名詞 Es も、日常的なあるしゅの言い回しとの関連ゆえに選ばれている。

 一方、Trieb という術語のおかげで精神分析は「多くの現代語にねたまれている」。その翻訳不可能性ゆえに、ということだろう。

 自我とエスの関係について。自我はエスの「ファサード」であり、「樹皮層」である。エスはエンジンであり、自我は運転手である。

 自我は外界の要請とエスの要請の板挟みになっている。自我が前者の側に立つのが神経症であり、後者の側に立つのが精神病である。

 超自我がじゅうぶんに「非人格化」されていないと(『制止、症状、不安』)、超自我の要請が父 etc. からの罰として機能する。


 その他の指摘——

 抑圧とは、欲動に由来する危険を外部からの危険と取り違えることで逃亡し、危険を回避することである(『制止、症状、不安』参照)。

 幼児は出産のしくみを知らないから、男児における子供をなしたいという欲望も出産願望としてあらわれる。

 自慰は「男性的部分」の刺戟。「解剖学的な性差についての二、三のこと」における指摘をふまえるならば、ここにはクリトリスもふくまれる。

 クロノス神話は父親に食べられるという口唇期の幻想の再演である。

 社会制度は自我の統一性を前提し、それをモデルとしている。自我の「欠陥」とか責任能力の有無という司法判断はこのことの反映である。

 心的装置における「マシーン」の比喩。

 そして、女性=「暗黒大陸」(dark continent)という悪名高い比喩。
 

*「『素人による精神分析の問題』のためのあとがき」(1927年)

 「あとがき」においては、フロイトじしんがもともと医学を志向していなかったことが告白されている。「わたしのサディズム的素質はそれほどおおきくなく、悩める人をたすけたいという、サディズム的素質の派生物の一つである欲求は発達すべくもなかった」。わかきフロイトをいちびいていたのはむしろ、世界の謎の解明に貢献したいというおもいであった。

 精神分析家は「世俗の司牧」である(これはもぐりの治療者の口実ともなりうる)。

 精神分析に好意的な聖職者たちは、分析的なアプローチを足がかりとして人を信仰へと導こうとする。アドラー心理学は同じく分析的なアローチを足がかりに患者を社会的統合へと導く。対して精神分析は、宗教的共同体、あるいは社会的共同体に参入させることによって患者の精神的負担を軽減させようとするのではなく、患者の心を「患者じしんの内面から豊かにしようとする」。精神分析が「司牧」たらんとするのはこのいみにおいてである。

 精神分析は、実践と理論の相互作用が保障されている唯一の治療法である。

『制止、症状、不安』

*『制止、症状、不安』(1926年)


 「情緒はかつての重要な出来事、あるいは個人以前の出来事の再生である」。

 これは『ヒステリー研究』でもすでに参照されたダーウィンの『人および動物の表情について』を踏まえた見解であるとおもわれる。笑いや怒りの表情と同じく、ヒステリー患者の訴える象徴表現も、もともと合目的的なものであった(ヒステリーの「根源的な語義」。本書では「普遍的で典型的な、生来のヒステリー発作」)。フロイトの著作における系統発生的な観点はこれをもって嚆矢とする。
 
 「情緒はきわめてふるい外傷的体験の沈殿物として精神生活にとりいれられたものであり、似た状況のもとでは、記憶象徴として呼び起こされる」。

 情緒の一つである不安も然り。「不安は外傷の予期であると同時に外傷の緩和された反復である」。

 ランクによれば、不安の由来である外傷とは出産である。フロイトは、不安は哺乳類にかぎらず、すべての生体、すべての高等生物にみられる現象であるとして、この説を退ける。

 ランクは出産外傷(「原不安」)を、過度に大きな量的備給がもたらす危険状況とみなしている。それにたいしてフロイトは、この危険の実体を庇護的な対象の不在による「精神的無力」の状態と考える。それゆえ、出産外傷は対象喪失の経験に還元できる。

 恐怖症にみられる去勢不安も、おなじく対象喪失(ないし分離)への不安に還元できる(そもそも女性においては去勢不安はないのだから)。 
 
 それまでフロイトは、不安が抑圧されたリビドーに由来する自動的な現象であるとしてきた(反復強迫)。本書では、不安が自我に由来することが強調される。

 不安は自動的(それゆえ受動的)な現象であるだけではなく、自我が危険についての信号を送る意図的な行為でもある。

 不安とは「弱められた病気を起こして弱められない病気を避ける」「予防接種」のようなものだ。「自我は苦痛な体験を暗示や信号に局限」しつつ「危険状況を生き生きと思い浮かべる」。「外傷をさきばしって知り、それがすでにそこにあるかのようにふるまい、時間に余裕があれば、それを避けたりする」わけだ。

 これは幼児が遊びによって受動から能動に転じ、苦痛を克服するプロセスとパラレルである。

 リビドーに由来する不安は神経症的な不安であり、自我に由来する不安は「現実の不安」である。心的装置はその発達とともにクリアーすべき危険の条件を更新していく。「自我が未発達な時期の精神的無力」、「幼児期の対象喪失」、「男根期の去勢不安」、「潜在期の超自我の不安」というふうに。ところが、「多くの人が危険にたいする態度においては子供のままで、年を経た不安条件を克服できない」。神経症はこのようにすでに克服された危険にたいする反応であり、神経症者は「克服した危険状況がまだあるかのように同じ道を歩む」反復強迫に身を委ねる。

 それでは、不安と制止および症状との関係はどのようなものか?

 制止とは「自我機能の制限」であり、不安症状を起こさないように自我がおのれに課す制約である(自我との関わりが強調されることで、制止は症状と区別されている)。 

 一方、症状も、不安を避けるために生じる。「不安は神経症の基本現象である」。つまり、不安を避けるための神経症の第二段階が症状なのだ。

 ここから、それまでの不安についての観点が撤回され、つぎのように訂正される。“抑圧が不安をうみだすのではなく、不安が抑圧をひきおこす。” この見解こそ本書の新機軸であり、キモである。

 症状の機制にかんしては、抑圧(性器的体制を特徴づける機制)が相対化され、より包括的な「防衛」概念のリバイバルが提唱される。防衛は、抑圧、退行、反動形成をふくむ。本書ではもっぱら抑圧をこととするヒステリーよりも、強迫神経症が重視されている。

 そして強迫神経症にそくして、取り消し(Ungeschehenmachen)と分離(Isolierung)という症状の二つのタイプが提示される。これらは抑圧の代理物である。

 取り消しにおいては、症状の第一段階(接触による不安)が第二段階(手を洗うという強迫行為)によって否定される。あたかも[接触という]出来事が起こらなかったかのようにされるのである。
 一方、分離は抑圧に近い。抑圧は起こらないが、外傷的な印象が連想の糸を断ち切られ、切り離されて存在する。

 不安は対象をもたない。このことは同時期にハイデガーによっても強調されている。フロイトによれば、これは「無力さ」という外傷的状況に由来している。

 末尾で、対象喪失にたいする二つの態度として、不安とメランコリーが比較されている。メランコリーにおける「苦痛」は対象喪失そのものにたいする反応であり、不安は対象喪失の危機にたいする反応である。

 いうまでもなく、不安という本書の主題には両大戦間の状況が反映している。また、フロイトが癌に罹ったのはこの頃である。「苦痛」についての考察にはこのことが関係していないともいえない。 


「解剖学的な性差の心的帰結の二、三について」

*「解剖学的な性差の心的帰結の二、三について」(1925年)

 「エディプス・コンプレクスの消滅」の補遺的な論文。ストレイチーは、さまざまな時期における断片的考察の綜合として高く評価している。

 女児においては去勢コンプレクスがエディプス・コンプレクスに先行し、これをうみだす。そのいみで女児においてエディプス・コンプレクスは二次的な構成物である。男児においてはぎゃくに去勢コンプレクスがエディプス・コンプレクスを消滅させる。そして男児においてエディプス・コンプレクスは超自我によって継承される。女児においてはエディプス・コンプレクスを消滅させる動機がないので、超自我は未発達である。女性に正義感がすくなかったり、近視眼的だったり、感情的だったりするのは、超自我形成のこうした「変異」(Modifikation)による。

 とはいえ、男性のほうもその大部分は男性としての理想からかけはなれており、また、人間ほんらいの両性性を考慮するならば、純粋な男らしさ、女らしさというものは、あいまいな理論的構築(Konstruktion)にすぎない、としてフェミニズムによる批判が牽制される。

 女性については、ペニス羨望が克服後も嫉妬ふかい性格として残存するとか、自慰は女性の本性からかけはなれている(ペニスの代用品たるクリトリスによる自慰は男性的な活動である)という指摘もある。また、女児の自慰空想「子供が叩かれる」で叩かれる=愛撫される子供とはクリトリスであるとされる。
 

「否定」

*「否定」(1925年)

 自我を死の欲動と繋げた「快原則の彼岸」のサブテキスト。

 「否定は抑圧されたものを認知するひとつの方法であって、ほんらいすでに抑圧の解除(Aufhebung)をいみしているが、とはいうものの、それはむろん抑圧されたものの承認(Annahme)ではない」。情動過程としての抑圧はそのままでありながら、その知的受容(「知的承認」!)がおこなわれる。「否」は抑圧の刻印である。無意識に否定性はないから、否定は自我によってなされる「無意識的なものの認知(Anerkennung)」である。

 否定は判断の一形態である。判断には事物の「性質」(善し悪し)の判断と表象の「現実性」の判断(現実吟味)とがある。前者を担うのが根源的な「快自我」であり、後者を担うのがそのなれのはての「現実自我」である。現実吟味は、表象に対応する対象を現実的知覚においてじっさいに見出すこと(finden)ではなく、それがまだ存在していると「確信すること」(sich überzeugen)である。この「確信」(納得)は『心理学草稿』を踏襲しつつ「ふたたび発見する」(wiederfinden)こととも言い換えられている(アクセントは wieder に置かれよう)。ところで現実吟味の条件はそのような対象の喪失である。それゆえ「再発見」とは喪失の確認でもあるということになろう。

 判断とは思考による延期(Denkaufschub)を終わらせ、行動(Handeln)へと移行させる(überleiten)ひとつの行為(Aktion)である。思考とは行為の試行(Probeaktion)であり、省エネモードにおける運動性の手探り(motorisches Tasten)である。思考はそもそも知覚に由来する。知覚とは受動的なはたらきではなく、自我が外界に触手(tastenden Vorstoß)を伸ばし、刺激を「試食」(verkosten)しては触手を引っ込めるいとなみである。判断は快原則にしたがう自我への取り入れ(Einbeziehung)と自我からの排除(Ausstoßung)の発達したものである。肯定は合併(Vereinigung)の代理(Ersatz)であり、エロスに属する。否定は排除の後継(Nachfolge)であり、破壊欲動に属する。否定的態度はリビドー的な成分の撤回による欲動解離(Triebentmischung)[「著作集」は「欲動混同」と誤訳]の徴候(Anzeichen)である。

「『不思議のメモ帳』についての覚書」ほか

*「夢学説への補遺」(1920年)

 講演要旨。欲望成就夢、不安夢のほかに懲罰夢というカテゴリーがある。これは超自我(この用語はまだ使われていない)の欲望を成就する夢だから、いっしゅの欲望成就夢である。懲罰夢と純粋な欲望成就夢の関係は、強迫神経症の症状(反動形成)とヒステリーの症状とのそれとパラレルである。「外傷」夢は、欲望成就夢に還元しえない。前意識は夢の作業には関与しない(睡眠中の心的生活イコール夢というわけではないとする「夢とテレパシー」での指摘を参照)。


*「ある四歳児の連想」(1920年)

 「神が世界をお創りになったことだって知っているわ」。「神」とは父親のことである。「子供がどれほど早くから象徴を用いるすべを心得ているか」。


*「夢解釈の理論と実践についての見解」(1922年)

 回復夢は、分析からの逃避という欲望をあらわす。[電気]治療より任務のほうがましだと考え、症状を断念する[verzichten。岩波「全集」は「受け入れてしまっている」としているが、これではいみがとおらない]戦争神経症患者と同じである。

 アンビヴァレンツが、同じ晩に相対立する夢を見させることがある。そのようなケースでは、欲動の蠢きを「分離」して葛藤を明確化するひつようがある。

 また、夢見る人の自我が[自我と自我理想とに]二重化している例。

 確認的な夢(分析家による教示を後追いする内容の夢)についての楽観。「人間は精神分析が登場するはるか以前から夢をみている」。

 欲望成就ならざる夢は外傷性神経症における夢のみである。夢思想にたいする反動形成が顕在的夢内容をなす懲罰夢においては「自己批判が欲望成就を果たしている」。対立物による代替の例として、「服を脱ぐと美しい」が「着こなしがうまい」に置き換わったケース。


*「マックス・アイティンゴン『ベルリン精神分析無料診療所に関する報告』への序」(1923年)

 ウィーンに先駆けて開設された精神分析の治療=教育施設。知識階層の貧困化の現象ゆえの診療所の意義が指摘されている。『みずからを語る』には以下のようなくだりがみえる。「1889年の夏にわたしはナンシーに旅立ち、数週間滞在した。年老いたリエボーが貧しい人や労働者の子弟に施術しているのを見たときわたしは感動した」。

 診療所は素人分析の害(「精神分析梗概」などでも危惧されている)への策ともなるであろう。


*「『不思議のメモ帳』についての覚書」(1924年)

 意識の間歇性をマジックメモのセロファンシートになぞらえている。「あたかも無意識が、知覚-意識系を介して外界に向けて触手を差し出し、そこに得られる興奮を試食してから、その触手をさっと引っ込めるかのようだ」。「触手」のメタファーのヴァージョン・アップ版であるかぎりで「快原則の彼岸」のあるしゅの補遺といえる。


*「『ユダヤ・プレスセンター・チューリヒ」』編集人宛書簡」(1925年)

 「わたしは他のすべての宗教と同様、ユダヤ教からも遠く位置している」。ユダヤ教にたいして感情的には与しないが、民族的な共属感情はいだいている。


*「ヘブライ大学開校式に際して」(1925年)

 「歴史家の教えるところでは、わが少数民族が国家としての独立の壊滅に堪えたのは、もっぱらこの民族が価値評価の基準をその精神的所有、その宗教、その文学という高いところに移しかえはじめたからである」。『モーセと一神教』につながる指摘。


*「アウグスト・アイヒホルン『不良少年たち』へのはしがき」(1925年)

 「教育者は精神分析の訓練を受けていなければならない」。これは精神分析が教育にとって代わり得るといういみではない。

 児童の精神分析および教育への精神分析の寄与については「精神分析梗概」『みずからを語る』でも述べられている。

 フロイトが若い頃、じぶんに不可能な職業として挙げていたのは、治療、教育、統治[Regieren]であったという。「統治」についてはスルーしているのが笑える。


*「ヨーゼフ・ブロイアー」(1925年)

 追悼文。業績をもちあげつつ、その人格については暗に留保を置いているように読める。

「精神分析梗概」「精神分析への抵抗」「みずからを語る」

*「精神分析梗概」(1924年)

 「精神分析は、いくつかのとくべつ感じやすい部分について、文化的な人間であるという先入観を傷つけるものであり、……分析を受けている人が示すような反応を引き起こし、とりわけ分析治療中に抵抗をあからさまにする患者と同じような行動を同時代の人々にとらせた」(「精神分析への抵抗」参照)。

 リビドー理論が完全なものでないことは、精神分析が「若い、未完成の、急速な発展過程にある科学」であるため。

 神経症と精神病が「統一できる同種のもの」という確信がフェレンツィやアブラハムの貢献によって強まっている。精神病の治療に精神分析が有効であるとの証言もグロデックらによってもたらされている。

 「エスの心理学」としての精神分析は「独力では完全な世界像を描き出せない」。「自我の心理学」によって補完されるひつようがある。


*「精神分析への抵抗」(1925年)

 新しいものは心的エネルギーの消費を要求するので抵抗に出会う。ところで、科学は「永久に不完全でふじゅうぶんであることを免れない」。それゆえ科学が発展するためには新しいものが不可欠である。精神分析はそのような新しいものであったがゆえに、医学の機械主義からも哲学の意識偏重主義からも抵抗をうけてきた。

 ところで、精神分析にたいして起こった「爆発的な憤激の嵐」「嘲罵の叫び」、「論争のルール、論理、礼節のふみにじり」という異常な事態は、この抵抗が「知的性質のものではなく、情動的な源に端を発していた」ことをしめしている。精神分析は人類の自己愛(「人類の人間的感情の激しく感じやすい部分」)を傷つけた。それゆえ、人々は「集団」として抵抗をしめしたのだ。そしてこの抵抗は不安に発する神経症患者の抵抗と同じ性質のものである。

 精神分析が、進化論による生物学的侮辱、地動説による宇宙論的侮辱と並ぶ心理学的侮辱を人類にもたらしたとする「精神分析に関わるある困難」の指摘がふたたび想起される。

 そしてフロイトがユダヤ人であったことも精神分析への抵抗の原因になっている。ところで精神分析の創始者がユダヤ人であったことは偶然ではない。「精神分析への信仰告白に踏み切るためには、主流の外に立って孤立する運命をすすんで引き受けるだけのかなりの決意がひつようであったが、これはほかのだれよりもユダヤ人になじみの運命であるから」。


*「みずからを語る」(1925年)

 大学入学と同時にユダヤ人差別を経験し、「仲間はずれにされる運命」を受け入れたことは『自己を語る』冒頭近くでも回想されている。「この時点で私の判断のあるしゅの独自性は準備されていた」。

 エディプス・コンプレクスの発見によって神経症と正常な心的生活との連続性をあきらかにしたことが化学者の経験になぞらえられる。「算出されたものにみられる大きい質的な差異がじつは同一の元素の化合の割合の違いという量的な差異に帰せられた」。

 潜在期は生理学的な現象であるが、抑圧的な文化においてのみ完全なかたちであらわれる。未開民族においてはそのかぎりではない。(1935年の脚注)

 自己愛の発見はエディプス・コンプレクス以前への遡行という意義をもつ。それまでは抑圧されるものだけが考察の対象になっていたが、これ以後、抑圧するものに考察が向けられるようになる。「いまや[抑圧する側の]自己保存欲動(自我欲動)のほうも自己愛的リビドーとしてリビドー的な性質をもつことが認識され、抑圧はリビドーそれじたいの内部でおこなわれるものということになった」。

 欲動やリビドーの概念のようにその「最上位概念」が不明確である概念は非科学的だとする批判はあたらない。人文科学とちがい、自然科学においては「基本概念」の明確な定義から出発することはできない。生物学における「生物」の定義、物理学における「物質、力、重力」etc.の定義は事後的にしかもたらされない。

 メタサイコロジーの挫折後の思弁的なテクスト(「快原則の彼岸」etc.)においては、哲学への接近を「注意して避けてきた」。ショーペンハウアーは感情と性愛の意義を見抜き、抑圧の概念を先駆けているが、この頃は読んでいなかった。ニーチェについては精神分的的知見との「おどろくべき合致」ゆえに意図的に遠ざけていた。「誰かに先んじることよりも、とらわれのない態度を保持することのほうを心がけたからだ」。

 精神病においても転移はありうる。それにもまして、「神経症では苦労して深みから掘り出さねばならないものの大半が、精神病では表にあらわれていて、誰の目にもあきらかである。だからこそ精神科の診察室が、精神分析のさまざまな主張にとって最良の実地検証の対象を産み出してくれることになる。精神分析がやがて精神医学的観察の対象へと向かう道を見出したのも理由のないことではない」。

 「保護区」としての空想。1935年に付された脚注においては、『ハムレット』の著者がシェイクスピアではなくエドワード・ドゥ・ヴィアーであるとの説への「確信」が吐露される。ピーター・ゲイがエッセーのテーマにしている。

 

「神経症および精神病における現実喪失」

*「神経症および精神病における現実喪失」(1924年)

 神経症においては自我が外的「現実」の名のもとにエスを抑圧するが、精神病においては自我がエスに奉仕して「現実」から退く。(同年の論文「神経症と精神病」)

 とはいえ、神経症においても多少とも「現実」からの逃避が観察される。

 神経症が抑圧とそれにたいする反動形成(症状)との二段階からなることを想起すれば、この矛盾は解消する。神経症においてはその第二段階(反動形成)において現実からの撤退が起こるわけだ。神経症は抑圧の失敗の結果である。

 姉の死に際して義兄への愛着を抑圧するためにヒステリー性疼痛をきたした『ヒステリー研究』の症例が想起される。精神病であったら、姉の死の現実そのものを否定したであろう。

 ところで、精神病も二段階からなる。第一段階において自我が現実から引き離され、第二段階において現実への関係を回復しようとする。とはいえこの第二段階は、エスを抑圧することなしに新しい現実の創造というかたちをとる。

 神経症とはベクトルが逆であるようにみえるが、いずれにおいても第二段階はエスに奉仕するかぎりでパラレルである。「神経症も精神病も、いずれも外界にたいするエスの反逆と、現実の困難に順応する不快、つまり無能の表現である」。

 それゆえ神経症と精神病の区別は第一段階に基づいて考えるのがよい。「神経症においては現実の一部が逃げるように避けられるのにたいし、精神病においては改築される」。「神経症は現実を否定せず、現実についてなにも知ろうとしないだけだが、精神病は現実を否定し、それを置き換えようとする」。

 「正常」とは、神経症のように現実を否定しないことを前提に、精神病のように現実の変更につとめる態度である。ただしこの変更は精神病のような内的変化(「自己可塑性」)にとどまらず、外部にはたらきかけることによって現実を変化させること(「対象可塑性」)である。

 精神病の第二段階における現実の「修正」は、それまでの現実との関係の「精神的な沈殿物」(記憶痕跡など)を素材にしておこなわれつつ、現実との新たな関係によって補われるひつようがある。そのために「新しい現実に合致する知覚」を幻覚というかたちで手に入れる。それにともなう「不安」は、「現実の拒絶された部分が、神経症における抑圧された欲動のように、精神生活に執拗に迫っている」ことのあらわれだ。

 神経症においても精神病においても第二段階の過程は部分的に失敗する。

 神経症においても精神病においても「現実の代償」の手段となるのは空想であるが、前者において「子供の遊び」のように現実の一部に依拠しているのにたいし、後者においては現実にとって代わろうとする。

「エディプス・コンプレクスの消滅」

*「エディプス・コンプレクスの消滅」(1924年)

 エディプス・コンプレクスはどのように消滅するか。(1)それが満たされないことがわかってあきらめることで。(2)遺伝的な現象であり、乳歯が抜け落ちるように自然消滅する。(1)の個体的理由は、(2)の系統発生的理由に包括できる。

 「個体というものは、生まれたときすでに死ぬべく運命づけられており、その器官の素質は、すでにどういうことで死滅するかの筋書きをとうぜんもっているであろう。しかし、そのもって生まれた筋書きがどのように運ばれ、その素質が偶然の障害によってどのように引き出され利用されるかをみていくことは興味ふかい」。

 男根期は去勢の脅かしによって消滅する。それはまず母親[「女性たち」]の言葉による脅威としてはじまる。それはしばしば、性器をいじることそのものではなく、自慰ゆえの夜尿にたいする警告として口にされる。また、いじられる性器ではなく、いじる手の方を切り取ると婉曲化される。この脅しに実感をともなわせるのは、授乳する乳房が引っ込められたり排泄を強要されて体内のものを失う経験であり、最終的には女性器を目撃する体験である。

 男児にとって、エディプス・コンプレクスは能動的な男性的満足と受動的な女性的満足をともども提供するが(「完全な」エディプス・コンプレクス)、両者ともに去勢コンプレクスによって消滅する。前者を満たそうとすることは、父親に去勢されることになり、後者を満足させようとすることは、ペニスのない母親に同一化することをいみするからだ。ペニスにたいする自己愛的関心が、両親への性愛を凌駕するのだ。かくして男児は対象備給を放棄して父親に同一化する。同一化によって性欲動[の一部]が非性愛化され、昇華される。かくしてペニスを保持することと引き換えに性器の機能が奪われることで、潜伏期に移行する。

 この過程は「抑圧」であるが、このときに形成された超自我による後年の抑圧とは区別される「抑圧以上のもの」である。(「制止、症状、不安」における原抑圧概念)

 女児にとっても男根期はある。もっとも、「男女の形態学上の差異は、精神的な発達に差異をもたらさずにおかない」。

 女児は人間にはペニスがあるという前提に基づいて、じぶんが去勢されたと推論する(「男性コンプレクス」)。男児が去勢される可能性を怖れるのにたいし(去勢不安)、女児は去勢をすでにおこなわれた事実として受けとめる。
 
 去勢不安がないので、超自我の形成や性器的体制への移行を促す強力な動機がない。「教育」ないし「愛されなくなるという外的な威圧」がその動機のかわりになる。

 女児においては母親にたいする対象備給がない。それゆえ女児のエディプス・コンプレクスは単純で、「完全」でない。

 ペニス羨望はやがて父親の子供への欲望にとってかわられるが、それがみたされないことでエディプス・コンプレクスは消滅していくような印象をもたらす(なんとなく終わる)。

 女性にサディズム的要素が少ないのはペニスの不在と関係している。

「マゾヒズムの経済的問題」

*「マゾヒズムの経済的問題」(1924年)

 死の欲動に帰属する涅槃原則がリビドーによってある「修正」(Modifikation)を受け、快原則となった。それゆえ死の欲動と快原則は同一ではない。快原則は「生の番人」である。

 ここから導かれる定式:「涅槃原則は死の欲動の傾向を表現し、快原則はリビドーの要求とその修正を代表し(vertritten)、現実原則は外界の影響を代表する」。(「全集」で「代表」と「代行」と訳し分けているのはなぜだろう?)
 
 マゾヒズムの三つの形態:(1)性的(erogenen)マゾヒズム(2)女性的マゾヒズム(3)道徳的マゾヒズム

(1)は生物学的・体質的に根拠づけられている本源的な(primär)マゾヒズム。

(2)は(1)に由来する。男性の空想において、マゾヒストは幼く、たよりなく、依存した、ひとりでは生きていくことのできないいたいけな子供として取り扱われることを欲する。これは去勢され、交接され、子供を産む女性的な状況をいみしている(「幼児的なものと女性的なものとの重なり合い」)。

 「性的興奮はきわめて数多くの内的事象がある量的限度を超えて強烈なものになるや否や、その副作用として発生する。いやおそらく、有機体中に生起する一切の事象は、かならずその構成要素を性的興奮のために役立たせるような性質をもっているのであろう。したがって、苦痛刺激や不快刺激もまたそのような作用をおよぼすにちがいない。苦痛・不快緊張にともなうリビドー興奮は後年には枯渇する幼児的生理的機制なのではないか」……

 『性理論のための三篇』におけるこの主張は、マゾヒズムとサディズムの関係を説明できない。これを補うために、二つの欲動という仮説がひつようである。

 生物は細胞を支配する死の欲動(破壊欲動)を筋肉組織をとおして外部に投射し、外界の対象に向かわせることでこの欲動を無害なものにする(権力意志)。この欲動の一部が性的機能に利用されるのが「本来の(eigentlich)サディズム」である[リビドーによる死の欲動の「飼い馴らし」(Bändigung)]。一方、死の欲動の一部は有機体内部に残りとどまり、性的機能をおびる。これが性的マゾヒズム(「本来のマゾヒズム」)である。

 死の欲動と生の欲動はきわめてふくざつな度合いで混合し(Vermischung)結合している(Verquickung)。まじりけのない純粋な死の欲動や性の欲動はなく、それらの種々異なる混合体(Vermengungen)としてみつもる(rechnen)ほかはない。

 ぎゃくに混合したふたつの欲動の分離(Entmischung)も「あるしゅの作用のもとでは」可能であるようだ。

 とはいえ死の欲動が性欲動の「飼い馴らし」をどのていど免れうるかを生理学的に説明することはいまのところできない。

 「いくつかの不正確な点を度外視するならば」、有機体内で作用する死の欲動(原サディズム[Ursadismus])はマゾヒズムと一致する。

 死の欲動の大部分が外界の諸対象に転移されたのちに有機体内に残る本来のマゾヒズムは、リビドーの一部となる一方で、依然として生命体そのものに向けられる。

 そのかぎりで本来のマゾヒズムは、死の欲動とエロスの「統合」(Legierung。「著作集」は「合金」、「全集」は「合金化」としている)の形成過程の証人であり名残(Überrest)である。

 外部に投射された破壊欲動がふたたび「取り込まれ」内部に向けられて一次的マゾヒズムにつけくわえられた(hinzuaddieren)ものが二次的マゾヒズムである。

 「性的マゾヒズムはリビドー発展のあらゆる局面に参画し、その諸段階に応じて異なるさまざまな心的な衣(Psychische Umkleidungen)を手にいれる」(岩波「全集」の注によれば、「心的な衣」という比喩はドラ症例でもつかわれている)。

 具体的には、トーテム動物(父)に食われる不安は口唇期に、父に叩かれたいという欲望は肛門サディズム期に(尻の重要性)、去勢は男根期に(その Niederschlag として)、交接され子を産むという女性固有の諸状況は最終的な性器的体制に由来する。

 
(3)道徳的マゾヒズム

 性的マゾヒズムにおける苦痛は愛する人によって加えられるが、道徳的マゾヒズムにおいて問題になるのは苦痛そのものであり、だれが苦痛を加えるかは問題にならない。

 道徳的マゾヒズムはふたたびじぶんじしんに向けられる破壊欲動である。

 道徳的マゾヒズムは「性的なものとの結びつきが緩い」。曖昧な表現が用いられているが、非性愛化されているということではない。後述されるように、それは両親へのエディプス的な愛着への「退行」であり、欲動混合を典型的にしめすケースである。

 道徳的マゾヒズムは無意識的罪悪感であり、陰性治療反応というかたちで治癒にたいする抵抗となる。

 陰性治療反応は治癒に抵抗する諸力が終結する「疾病利得のもっとも強力な拠点」である。苦痛が別の形式によってとってかわられれば、神経症の苦痛は消滅する。このばあい、一定量の苦痛への無意識的欲望が神経症の原因になっている。

 無意識的罪悪感(これは形容矛盾であり、「処罰欲求」と言ったほうがわかりやすい)は、超自我の要請に応えられないことへの自我の不安(良心不安)である。

 自我とはみずからの仕える三つの審級の調停機関であり、超自我を手本にしている。超自我は外界(両親)の代理者でもあれば無意識の代理者でもある。超自我は両親にたいする関係が「非性愛化」されたものである。超自我の厳格さはその際の「欲動分離」に由来する。カントの定言命令もまた「エディプス・コンプレクスの直系の遺産相続人」である。

 エディプス・コンプレクスは道徳性の源泉である。両親のイマーゴはやがて教師や権威者や社会的偉人にとってかわられ、最終的には「運命の暗い力」にとってかわられる。

 「モイラ」(運命)あるいは「ロゴス(理性)とアナンケ(必然)」である。森羅万象を司る[一対の]神々への信仰は、両親への性的結びつきに起源をもつ。運命の力とはかつての両親の力である。

 父に叩かれたいという欲望は、父と受動的な性的関係を結びたいという欲望の「退行的歪曲」である。

 良心と道徳はエディプス・コンプレクスの非性愛化によって生まれるが、道徳的マゾヒズムは道徳をふたたび性愛化し、エディプス・コンプレクスをよみがえらせる。道徳的マゾヒズムは良心を失わせ、罪ふかい行為へと導く。「この行為はサディズム的な良心の呵責(ロシア人の性格類型に多くみられる)によって償われるか、運命という巨大な両親の力による折檻によって償われなければならない」。この処罰を誘い出すために、マゾヒストは破滅的な行動をとる。

 サディズムがじぶんじしんに向けられることは、文化による欲動の抑え込みにかならずともなう。この抑え込みが、うえのような自己破滅をふせぐ。

 超自我のサディズムと自我のマゾヒズムは相互に補いあい、力を合わせて同一の諸結果をうみだす。[ちなみにドイツ語版全集381頁には、超自我のサディズムと自我のマゾヒズムの区別を述べているらしき理解不可能な一節がある。]

 さいしょに道徳的要求があり、その結果として欲動が断念されるのではない。ぎゃくである。さいしょに外的な諸力による欲動の断念が強いられ、この欲動断念が倫理をうみだし、これが良心というかたちで表現され、欲動の断念をさらに求める。こう考えなければ道徳の起源は説明できない。

 道徳的マゾヒズムは欲動の混合を典型的なかたちで証言する(klassischen Zeigen)。道徳的マゾヒズムは破壊欲動として外部に投射されなかった残余であり、かつ性愛化されている。それゆえ自己破壊は性的満足をともなう。

「神経症と精神病」

*「神経症と精神病」(1924年)

 精神病は自我とエスの葛藤によって引き起こされ、精神病は自我と外界の葛藤によって引き起こされる。

 自我は欲動を抑圧し、抑圧されたものは症状として回帰する。この回帰によって自我は「統一性を脅かされ、傷つけられている」。

 抑圧は超自我の命令にしたがってなされる。超自我は「現実の外的世界」の「代理」である。自我はエスの要求にしたがわず、超自我の要求にしたがう。このエスとの葛藤が神経症となる。

 精神病(アメンチア)では外的世界は知覚されない。現在の知覚のみならず、かつての知覚の想起からも備給が撤収される。そこで自我はエスの欲望の蠢きにしたがって、新たに外的世界と内的世界を創り出す(夢との類似)。

 別の精神病(統合失調症)においては外的世界への関心が失われる。「自我と外的世界の関係の裂け目が生じたところにあてられた継目」として妄想が生じる。

 神経症も精神病も幼児期の[系統発生的な由来をもつ]欲望が成就されないことに根をもつ。

 欲望の不首尾(欲求不満)は外的な要因をもつが、超自我の内的審級において引き起こされる。エスと自我の内的葛藤を超自我がややこしくする。超自我はエスと外的世界の要求を結びつける(その理由は「いまだ解明されていない」)。つまり自我がしたがうべき要求をひとつに束ねる。「超自我は……自我の幾重にも依存した諸関係の調停を目標とする」。いわば自我が折り合わなければならないいくつもの要求のワンストップの窓口になる。

 メランコリー(「自己愛精神神経症」)は自我と超自我の葛藤に由来する。

 転移神経症は自我とエスの葛藤に、自己愛神経症は自我と超自我の葛藤に、精神病は自我と外的世界の葛藤に、それぞれ由来する。

 自我が疾病以外の方法でいかにして諸葛藤から抜け出すかは、相争う諸力の相対的規模しだいである(「経済的関係」)。

 また自我が変形し(deformiert)、分裂(zerklüftet)あるいは解体(zerteilt)することによって葛藤を回避することもあり得る。これは倒錯(統一性、首尾一貫性の放棄)によって抑圧を回避することと関係がある。

 自我の外界からの切断と抑圧との関係は如何という問いが最後に立てられるが、これはその後、「否認」概念によってフォローされるだろう。

「十七世紀のある悪魔神経症」

*「十七世紀のある悪魔神経症」(1923年)

 ある悪魔神経症の顛末を記した手稿の研究。過去の美術品をとおしてヒステリーの発現を研究したシャルコーらの仕事を批判的に継承する試み。

 幼児期神経症が成人後の神経症よりも神経症についての真実をよりはっきりと伝えている(mit freien Auge zu sehen)ように、「時代的に幼児期の」神経症のほうが現代の神経症よりも神経症について多くを教えてくれるのではないか。

 現代の神経症が「心気症の衣に身を包み気質的疾患を装って現れる」(als organische Krankenheiten verkleidet erscheinen)のにたいし、数世紀前の「暗黒時代」の神経症は悪魔信仰の衣をまとって現れる(im dämonischen Gewande auftreten)。

 神経症の理解が心的諸力の作用を解明することがひつようであることは悪魔信仰のばあいとおなじである。

 悪魔とは「不道徳な、非難さるべき欲望の謂いであり、排斥され、抑圧された欲動の蠢きの派生物(ひこばえ Abkömmlige)」であり、それが外界に投影されたものである。
 
 画業が困難になり、悪魔に魂を売り渡したが、聖母マリアの恩寵によって救済されたクリストフ・ハイツマンの症例。父親の死をきっかけにメランコリーにかかったことで発病した。

 奇妙にも、悪魔との契約書に悪魔の義務が記されず、悪魔の側からの画家への要求だけが記されている。

 ほんらいは悪魔の義務であるものが画家の義務として表現されていると考えればつじつまがあう。

 契約書には、画家が悪魔の「息子」としての義務を負うと書かれている。この「息子」は修辞ではなく(僧侶たちの解釈)、文字どおりにとるべきである。

 すると契約の内容はこうなる。「悪魔は9年にわたって失われた父親の代理をつとめる義務を負う」。

 父親の代理を手にいれることで、父親の死とひきかえに失った心の平安をとりもどせると画家は考えたのだ。

 とはいえ、それほどに愛されていた父親の代理に悪魔が任命されるというのはいっけん奇妙である。
 
 そもそも神とは幼年時の父親のイメージの「高められた」すがたである。個人の幼年時代にいだかれた父親のイメージが、記憶痕跡の遺伝によって伝承された古代の原父のイメージと溶け合ってできたのが神の観念である。 

 それゆえ神への関係は、その「原像」である父への関係のアンビヴァレンツを継承している。

 それゆえ悪魔と神は「もともと同一の存在で一体をなしている」。初期の宗教においては神が悪魔の性質をいまだそなえており、征服された民族の神々が悪魔に変貌するのがその証左である。じっさい、中世のキリスト教においては悪魔信仰が義務とされていた。

 子供が夜間に怖がる泥棒や、恐怖症の対象になる動物は父親の分身である。

 現代の神経症においては「連想や症状という鉱石」から苦労して析出しなければならないものが、悪魔信仰においては「まじりけのない(gediegenes)金属のかたちで見出される」。

 父への喪は、父へのアンビヴァレンツが強ければ強いほどメランコリーになりやすい。

 たとえば、画家は画業の道に進むことを反対した父の死後、「事後的に服従」したのかもしれない。

 いくつかのディティールの重要性。まず、9という数字(画家は悪魔に9回誘惑された)。9とは妊娠の月数であり、神経症の妊娠幻想においておなじみの数字である。

 もうひとつは、悪魔が女性の乳房をそなえていること。

 ここからフロイトは、画家の症状は、父親の子供を産むという幻想においてきわまる父親にたいする女性的態度への反抗なのだと推測する。

 父の死を契機に父親を対象とする妊娠幻想が再活性化され、画家は神経症と父親蔑視[悪魔に見立てていること]によってじぶんを守っているのだと。

 それでは、父親のほうが女性的な身体的特徴をそなえているのはなぜか? フロイトはつぎのようなふたつの仮説を立てている。

 ひとつめは、幼児期に、父に愛されるためには去勢されなければならないと知ることで、父親にたいする女性的態度が抑圧され、「対抗幻想」において、父親を去勢して女性に変えたというもの。つまり、悪魔の乳房は画家じしんの女性性の投影である。

 ふたつめは、父への愛着は、母親への愛着が移し替えられたものであったというもの。このばあい、母親への固着が父への敵意を醸成している。

 精神分析の発見のうち、父親を対象とする男児の妊娠幻想ほど反発を引き起こすものはなかったが、シュレーバー症例がそれを証明した。

 女性的態度への抵抗は、男性的抗議というアドラー的概念によって部分的に説明が可能であるが(男性の神経症のばあい)、神経症全般を男性的抗議に帰すアドラーには与することができない。

 ハインツマンは悪魔との二つの契約書を残しているが、そのうちさいしょのものはつじつまあわせのためにあとから作成されたものであることをフロイトは周到な論理展開によって推測している。悪魔との契約書をとりもどすことで症状が消滅したあと、二度目の症状に苦しめられた画家は、ふたたび悪魔払いをしてもらえるように、治癒しなかった理由を契約書の不備に帰そうとして、[血ではなく]黒インクで書かれた契約書を捏造した。日付の verschreiben(書き違い=契約の証文を書くこと)がいみじくもそれを証明している。

 それでは神経症は仮病なのか? フロイトは病気と仮病の境界のあいまいさを口実にしてこの点は口を濁している。

 二度目の症状は、誘惑幻想とそれへの反作用として起こった禁欲幻想(キリストおよび聖母マリアに禁欲を勧告される)、さらにこの禁欲を強制する処罰幻想の三段階からなっていた。

 ハインツマンの症状は、たんに生活の困窮から神経症に逃げ込み、疾病利得にあずかろうとしたものではない。生活の困窮が父親への愛着を極度に強めるきっかけとして作用したのだ。(左前の「商人」が神経症になることの Gewinnという比喩についてはミシェル・ド・セルトーを参照。「宗教と商業はひとしく<契約>をよりどころとし、この二語はそれをみずからの語源のなかにふくみもつ」)

 「精神分析的な考え方の正しさを前もって信用していないひとがこの症例から精神分析の正しさを確証することはできないことをわたしはじゅうぶん承知しているし、この古い症例を、精神分析の有効性を証明する手段として利用するつもりもない。むしろわたしはここで精神分析を有効なものと前提し、精神分析をもちいて……画家の病気の原因を明らかにしたいのだ(aufklären)」。フロイトが手にしていると自認する「資料」は「精神分析がよりどころとする諸研究の産物である。それは事実ではなく製造である」(ド・セルトー)。

『性理論のための三編』第5〜6版、「幼児期の性器体制」、「メドゥーサの首」

*『性理論のための三篇』第5版、第6版(1920年、1924年)

 以下、追加部分をランダムにピックアップ。

・露出症は、じぶんの性器が無事であることを強調し、女性の性器が欠けていることにたいする幼児的な満足を反復する(脚注。「メドゥーサの首」も参照)。

・心理学的ないみでの潜在期は動物には想定できない(脚注)。潜在期の由来は「人類の前史」に遡る(「総括」)。

・前性器的な体制の第三段階としての男根期。この段階においては、ただ一種類の性器つまり男性器しか知られていない。(1924年の脚注。および「総括」)

・潜在期以前の対象選択の開始時期が、三〜五歳から二〜五歳に変更されている。

・口唇愛、肛門愛、排尿愛は普遍的な機制であり、正常と異常の差はその相対的な強度にあり、それが使用される仕方にある。(脚注)

・自己愛リビドーへの分析的アプローチには「限界」があるとするくだりが訂正される。「このような限定は、転移神経症以外のものもかなり広範に精神分析ができるようになって以来、もはやいぜんのような妥当性をもたない」(1924年の脚注)。

・ユングのリビドー論批判(1924年)。

・神経症的不安とリビドーの関係は、ワインと酢のそれである。前者は後者から生じ、その変形したものである。(脚注)

・空想についての概説(脚注)。空想は症状の前段階であり、夢(夜間の空想)の原案。思春期の性的空想においてきわだつのは「個人の体験から遠くかけ離れている点に特徴をもつ二、三のもの」。エディプス・
コンプレクスは精神分析の支持者と敵対者とを分かつシボレート。 


*「幼児期の性器体制(性理論への補遺)」(1923年)

 前性器体制における性器優位の支配を示す男根期の概念の導入。『三論』6版で再度確認される。

 「去勢コンプレクスは、男根優位の段階にその起源をもとめるとき正しく評価されるようにおもわれる」。女性蔑視や女性恐怖も男根期の観念によって説明可能。

 フェレンツィによるメドゥーサの首への言及。アテネ(甲冑にメドゥーサの首をつけた「近寄りがたい女」)についての言及は「メドゥーサの首」にもある。

 肛門サディズム期において支配的であるのは能動性と受動性の対立であり、男性性と女性性はまだ問題になっていない。男根期においては男性性はあるが女性性はない。男根を所有しているかさもなくば去勢されているかである。思春期において成立する男性性は、主体性、能動性、男根所有を総括した観念であり、女性性は客体性と受動性によって定義されるそれである(膣は「男根の宿」「母胎の遺産」と定義される。つまり二次的なものである)。

 
*「メドゥーサの首」(1941年)

 1922年執筆。メドゥーサは母親におけるペニスの不在にたいする「驚愕」をもたらすが、その髪が蛇として表象されることは「恐怖の緩和」に役立っている。蛇とはそこにあるべきペニスの象徴であるから。「驚愕」による凝固は勃起をいみし、じぶんのペニスが無事であることの確信をもたらす。ぎゃくにいうと、女性器を見せることは悪魔払いの効果をもつ。一方、勃起した男性器を見せることは、相手を恐れていないという意思表示になる。

 

「夢とテレパシー」

*「夢とテレパシー」(1922年)

 「わたしの講演から、わたしがテレパシーというものの存在を信じているかどうかということについての答えを得られることはけっしてないだろう」

 「わたしは『テレパシー的』な夢というものを見たことが一度もない」。つまり、遠隔地の出来事についての夢のなかでや覚醒時の予感が現実に起こったことがない。そうした予感はじっさいには「純粋に主観的な期待」であった。

 フロイト自身の夢として、息子が戦死した夢(『夢解釈』)、イギリス在住の姪の夢(彼女らの母親、つまりフロイトの長兄の妻の死が暗示される)が紹介される。

 文通相手が書き送ってきた夢。娘が双子を出産した時刻に妻が双子を産む夢をみる。次の晩、娘の母親である先妻が四十八人の赤ん坊を里子に出す夢をみる。父親っ子であった娘は双子を出産したとき、じぶんのことと子供好きであった母親のことを考えたはずである。先妻のことをめったにおもいださないじぶんが先妻の夢をみたのは、娘に去来したこの想念ゆえではないか。

 この夢は同じ時刻に遠隔の地で起こっている出来事を何も告げていないので、そもそも「テレパシー的」な夢とはいえない。じっさいには、娘の出産を機に、娘がじぶんの後妻であってほしいという無意識的欲望が頭をもたげたが、歪曲によって夢内容と実際の出来事とのあいだに相違がつくりだされたのだ。

 テレパシーが存在したとしても、それは無意識的な欲望が夢を形成する際に利用する外部あるいは内部からのさまざまな刺激(騒音、渇き etc.)と同様の一つの素材としてはたらくだけで、夢の本質とは何の関係もない。

 じっさいに起こった出来事と夢の内容とが合致する「純粋な」テレパシー夢があるとしても、それは睡眠状態におけるテレパシー体験と呼ぶべきであり、「夢」ではない。催眠中に心的生活に起こるすべてのことを「夢」とみなすのは俗見である。

 戦争神経症にみられる睡眠中における外傷的光景のフラッシュバックは、夢理論に修正を強いた。こうした白日夢的な夢は、たとえ厳密には「夢」と呼べなくとも、すくなくとも心の内部からやってくるものであり、この点で、外部から来るものの受動的な知覚であるテレパシーとは区別される。

 幻覚症状のある女性が、出征中の弟の呼び声を聞いた例。母親もおなじ声を聞いていた。三週間後、弟から葉書が来た。弟はその葉書を書いた直後に戦死していた。

 この幻聴は、母親の体験を聞かされて事後的に形成された体験である可能性がある。母親との同一化(「もともと弟はわたしの子なのだ」)およびライバルである弟への死の欲望がそれを促した。確信の強さは無意識的な心的現実という起源に由来している。

 同じ女性の体験。女友達の家を訪ねた際、夫の先妻(故人)らしき婦人の姿を見かける。

 女性は女友達に同一化していた。寡の夫と結婚した女友達の境遇に、母親の死によって父親の後妻になる欲望を重ね合わせたのだ。

 同じ女性の夢。水中の男性を救おうと棕櫚の木につかまって手を差し伸べる女性。ベッドから落ちて目が覚める。男性の顔は見きわめられないが、のちに担当医であることがわかる。棕櫚の木はペニスであり、ベッドから落ちることは出産の隠喩であるとともにエディプス的欲望への罰といういみをもつ。父親が転移によって医師にすり替えられている。

 同じ女性の記憶。馬が乳母車のなかのじぶんをみていた。女性はその馬が人間だと思う。小鳥を握らされ、小鳥を人間だと思う。屠殺される豚の鳴き声を聞いて、人間が殴り殺されていると思う。後、出産の際に母親のあげる叫びを聞いて同じ印象をもつ……。やはり母親への死の欲望がよみとれる。

 文通相手の体験。末弟の死の通知を受け取った瞬間、四人の兄が四人とも知らせの内容を察知した……。これも弟への死の欲望ゆえ。

 テレパシーの精神分析的解釈は「未知の理解しがたいことの代わりイ理解可能なもろもろの可能性を置くだけ」であり、テレパシーの存在を否定するものではない。

 テレパシーは夢に関する精神分析的理論のたすけにはならないが、ぎゃくに精神分析は「テレパシー的現象の不可解な点を理解に近づけたり、その他のうたがわしい諸現象についてそれがテレパシー的性質をもつ現象であることをはじめて証明したりすることによって、テレパシー研究を促進することができる」。

 オカルト的ないみでのテレパシーの現実性については「わたしには判断がつかない。それについてわたしはなにも知らない」。「もしわたしが非の打ち所のない観察によってテレパシー的な事象の存在をじぶんにも他人にも確信させることができれば、わたしにとってこれほど大きな満足はない」。

 遠隔の地での出来事と予感とが同時刻でないことをもってテレパシーを否定することはすくなくともできない。テレパシー的な知らせは、同時に届いても、夜間、睡眠状態に入ってはじめて意識されるということはありうるから。夢が睡眠中にはじめて形成されるものではないのと同じことである。

「精神分析とテレパシー」

*「精神分析とテレパシー」(1941年)

 初出は1941年だが、原稿に1921年8月との日付がある。

 当時のオカルト・ブームは、「大戦によって世界が破局を迎えて以来、現存するあらゆるものを襲った価値喪失の表現でもあり、われわれに迫っている未曾有の規模の大変革を手探りしようとする試みでもある」。

 「因習的に制限され固定されたものや一般に認可されたものすべてに敵対し」「知識人の知の驕りに反対し、民衆の、はっきりしないけれども取り壊しがたい予感に助力をさしのべる」ことにおいて精神分析とオカルト主義とは手を携え得る可能性がある。

 しかし、オカルト主義が「すでに確信し終えている」のにたいし、「厳密な科学精神」にもとづいて「客観的な確実性」を探究する精神分析は、「遺漏のない理論」「完成された世界観」のかわりに、断片的な知識と「基本的仮説」(基本概念)に甘んじる。自然法則から逃れようとするのではなく、「より拡張され深くにまでおよぶ自然法則」にみずからを委ねようとする。

 「けっきょくのところ分析家は度し難い機械主義者・唯物論者だ。ただ、心的なもの・精神的なものから、そのいまだ知られざる特有性を奪うことのないようにとこころがけているだけである」

 「オカルト的現象とつき合っていれば、やがてあるていどの数の現象が事実として認められることになるのはほとんどうたがいがない」(!)

 科学とオカルティズムに叉をかけることで、精神分析は、大戦で出生地である国と居住地である国の狭間で引き裂かれ、いずれからも敵対視された人々の運命を共有するようになるかもしれない。「しかし、いかなるものであろうと、運命は担って行かねばならない」。

 ある患者の偏愛する妹が婚約する。患者は妹の婚約者とハイキング中に遭難する(これは殺人と自殺の試みであろうか)。

 妹の結婚後、この患者に占い師が「義弟は七月か八月に蟹か牡蠣の中毒で死ぬ」と「予言」する。はずれてはいたが、じっさいに義弟は蟹や牡蠣が好きで、その前年の八月に食中毒で死にかけていた。

 この知識は占い師にはなかったが、患者にはあった。それゆえ「思考の転移」が起こったのだ。つまり、患者が占い師の言葉にじぶんの欲望を投影した(機知における心的過程の自動化になぞらえられている)。占い師を通して患者は無意識的な(「抑え込まれた」unterdrückt)欲望を婉曲的なかたちで(in leichter Verhüllung)意識化している。「スペクトルの目に見えない端が感光版のうえでは連続する色彩としてはっきり現象する」ように。義弟への殺意が予言に姿を変えたのだ。

 「当たらなかった予言」についての別の事例。五人姉妹の長女。末の妹が赤ん坊のときに腕から落としたことがあり、この妹を「じぶんの子」と呼んでいた。長じて美徳の鑑のような女性になる。貧しい父親を助けたいという「空想的欲望」ゆえに親戚の男の求婚に応じるが、子宝に授からない。婦人科で手術を受けたいと夫に相談すると、不妊はじぶんの責任であると告白される。この告白が神経症の引き金になった。

 かのじょにとって、夫はじぶんに子供を授けてくれるべき父の代替にすぎなかったが、その夫に生殖能力がないことが判明した。不倫、離婚、子供の断念という選択肢はいずれも可能性を閉ざされており、それゆえ神経症に逃げ道を見出したのだ。

 発症前、かのじょは占い師に「32歳で二人の子供をもうけるだろう」と「予言」されたことがある。「予言」は患者じしんについてははずれていたが、かのじょの母親の身の上を言い当てていた。「予言」があきらかにしたのは、幼児期における母親への同一化であった。

 オカルト的「事実」をつくりだしたのは精神分析的な解釈である。ここでもまた、強度の無意識的欲望とそれに関連する思考や知識が占い師へと「転移」している。占い師の言葉が、患者によって事後的に粉飾されている可能性があるにしても(ついでに教授任命に際して謁見した大臣との会話をフロイトじしん「偽造」したとの打ち明け話が挿入される)。

 さらに別の患者。愛人によって自殺未遂に追い込まれた復讐のために、愛人の身替わりである高級娼婦を苦しめている。筆跡解釈者シェーアマンはこの娼婦の自殺を「予言」する。「予言」ははずれるが、患者じしんの欲望を明らかにしていた。高級娼婦との関係を清算した後、患者は愛人の娘に求婚する(フロイトはこれを後押しする)。しかしこの娘にたいして敵対的な夢を見るようになる。ふたたび伺いを立てられたシェーアマンが予測したとおり、じっさいに関係は悪化し、結婚の計画は破棄された。娘は母親と患者の関係に感づいており、患者の求婚を受け入れたのはエディプス・コンプレクスゆえであったからだ。

 思考の感応(Gedankeninduktion)、思考の転移は存在する。それがオカルトのごく一部であったとしても、この仮定は大きな一歩である。斬首されたあとの聖ドゥニの歩みのように「たいせつなのはさいしょの一歩にすぎない」。

「自我とエス」

*「自我とエス」(1923年)

 自我とはエスのうちの外界に接し、「外界のちょくせつの影響によって変化する」部分であり、「身体の表面の精神への投射」あるいは「心的装置の表面」である。「リビドーの大きな貯水池」たるエスは外部の対象にリビドーを備給するが、やがて自我がその対象に同一化することで、対象リビドーを自己愛リビドーに変化させる。これは「対象備給を同一化によって代償」すること、あるいは「自我のなかに対象をつくる」ことである(この過程はメランコリーにあっては病理的なかたちをとる)。このかぎりで自我は「放棄された対象備給の沈殿」である。エスがリビドーを向けていた対象が「取り入れ」られて自我になるのだ(もろもろの同一化の葛藤により、病理的なケースでは「自我分裂」を来すことがある)。「自我変化」による対象備給のこうした横領は、自我がエスを統御する一つの方法である。

 超自我はそのような「自我変化」のひとつであり、「自我の内部における一区分」である。具体的には自我のうちの無意識的部分である。超自我は自我の最初の同一化によって形成される。それは父への同一化、より正確には両親への同一化である(性的差異、つまり男根の有無に応じて位置づけられる以前には、父と母は別なものとみなされていないから)。「完全なエディプス・コンプレクス」は、人間の根源的な両性性ゆえに、陽性と陰性という二面性をもつ。男児における陽性のエディプス・コンプレクスは、(1)父への同一化と(2)母への対象備給の組み合わせであり、陰性のそれは(3)父への対象備給と(4)母への同一化である。エディプス・コンプレクスの正常な消滅において、(1)が(2)を保持し、同時に(3)を代替する。エディプス・コンプレクスの結果として生じる「自我のなかの沈殿[しこり]」が超自我であり、それは二つの同一化から形成される。

 自我は父に同一化することで父への対象備給を克服すると同時に、その裏面である母への対象備給を克服するために父による罰を必要とするということだろうか。「勧告」(父のようであらねばならない)と「禁止」(父のようであってはならない)という超自我の「二面性」をこのように説明してよいだろうか。超自我はエディプス・コンプレクスの抑圧にたいする「反動形成」である。つまり、父への対象備給を断ち切る見返りとして、母への対象備給を受け入れることである……?

 同一化は対象への備給が自己に向け変えられたものであると定義される一方で、父(両親)への同一化は、いかなる対象備給にもさきだつ「直接の、媒介なしの同一化」であるとしてその一次的性が強調されている。この矛盾は、「強い自我」と「弱い自我」の区別と関係がありそうだ。つまり、父(両親)への同一化によって「弱い自我」が生じ、これがそれ以後もろもろの同一化をとおして「強い自我」になるということではないか?

 超自我の道徳性は、社会的規範の内面化ではない(「わたしがかつて超自我に現実吟味の機能をあたえたことだけはあやまりであり、訂正をひつようとするようだ」)。超自我はエスがになう種の運命を個人において系統発生的に経験させる(それゆえ超自我の形成は必然的である)。超自我はエスの対象備給の抑圧にたいする反動形成であり、エスの継承者である(それゆえ無意識的であり、無道徳な超自我と同じくらい残酷である)。「自我理想を形成することによって、自我はエディプス・コンプレクスを制圧し、同時にみずからエスに服従する」。あるいは、自我理想(超自我)に服従することと引き換えにエスを克服する、とも言い換えられるだろう。

 種の運命とは、エスが伝達している「数えきれないほど多くの自我存在の残余」である。「自我の体験は、じゅうぶんな強度をもって、世代を追ってつづく多くの個人にくりかえされるならば、それはいわばエスの体験にかわり、その印象は遺伝によって保存される」。

 自我は、対象備給(エロス)を撤退させる「昇華」を事とするかぎりで、[「じぶんのつくった分解成分のために死滅する原生動物のように」]死の欲動にさらされているが、筋肉組織を通してこれを外界にむけかえることでこれを中和することができる(「欲動混同」によって破壊欲動を性欲動に奉仕させること)。強迫神経症におけるサディズムは、前性器的体制への退行による「欲動分離」の結果として生じた死の欲動の発露である(「退行の本質は欲動分離」)。メランコリーにおける超自我は「死の欲動の純粋培養」であり、躁病への転変がないと自殺に至ることがある。超自我なるものの過度の残忍性はこうした「欲動分離」によって説明される。

 「自我は不安の宿るほんらいの場所である(die eigentliche Angststätte)」。[エスのリビドー備給にたいする]自我の不安は、出生児の不安や、母親からの分離不安という幼児期の状況によって説明できる。一方、超自我への不安は去勢不安に由来する。ところで「自我にとって生きるとは愛されることである。……超自我によって愛されることと同じいみである」。それゆえ超自我への不安は死への不安である。「死は消極的内容をもつ抽象的概念であり、無意識的な対応物をみいだせない」。エロスと異なり、死はそれ自体の表象をもたない(破壊欲動における憎しみがその表象なのではないかとほのめかされている)。それゆえ不安という形で経験されるということだろう。

 良心なるものはエディプス・コンプレクスに由来しているので、罪悪感なるものは本質的に無意識的である。「ひとはじぶんがおもっているよりも道徳的である」。この無意識的罪悪感を軽減すべく、ひとは犯罪に走る。


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