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「嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について」


*「嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について」(1922年)

 A. 嫉妬

 (1)正常(2)投射(3)妄想の三つのタイプがある。

 (1)はエディプス・コンプレクスに起源をもつ。多くの人は「両性的に」体験する。妻の浮気ゆえの嫉妬が少年時代の同性愛の体験の印象に帰される事例(縛られたプロメテウス)。
 (2)抑圧された浮気衝動に由来。
 (3)抑圧された浮気衝動に由来し、嫉妬の対象は男性。「醗酵しおわった同性愛のうわずみ」。


 B. パラノイア

 症例Ⅰ。性行為による満足を得た翌日に妻への嫉妬の発作がでる嫉妬妄想の患者。異性愛リビドーと同時に刺激された同性愛的リビドーが嫉妬妄想としてあらわれた。患者はある男性にたいする妻の無意識的な好意を鋭く察知し、それを過大に受け取っていた。

 迫害妄想の患者も、他人がじぶんにたいして示す些細な関心を過大評価する。投射とは恣意的なものではなく、他人の無意識にたいする知によって導かれている。パラノイア患者は「じぶんじしんの無意識的なものから注意をそらして、他人の無意識なものに注意をむけている」。

 この患者は、妻の不実を過大評価することで、愛人のあるじぶんの不実を無意識のままにしておくことに成功している。

 パラノイアにおいてはもっとも愛する同性の者が迫害者になるが、満たされない同性愛的愛情が、そのアンビヴァレントな裏面としての憎悪に変わるのだ。

 患者の少年時代は、母親への強い結びつきを特徴とし、父親は家族のなかで重要な位置を占めていなかった。友人関係はもたず、結婚には母親を裕福にしてやるという動機があったが、母親の純潔を欲する気持ちが、妻の純潔にたいする疑惑としてあらわれた。

 愛人との関係がある疑惑をきっかけに終わったことで、妻への疑惑が亢進した。その後、鼠をめぐる同性愛的衝動にとらわれる。


 症例Ⅱ。父親へのアンビヴァレンツ。父親に反抗的であったが、父の死後、女性関係を断つ。ある男性にたいする同性愛的愛情を迫害妄想によって合理化。

 パラノイアにおいても量的契機が重要。最初の症例においては、他人の無意識の解釈にたいする[備給そのものではなく、]備給の過剰さが病因となっている。ブロイラーの「スイッチ」(Schaltung)の観念は、量の観念によってカバーできるが、「心的過程の一方向における抵抗の上昇はもう一方の過剰備給をともない、そのことによって心的過程のなかで後者の方向のスイッチが入る」のはそのとおり。

 
 C. 同性愛

 同性愛者における自己愛的な対象選択は、去勢コンプレクスを隠している。すなわち、(1)「男性器を高く評価すること。愛の対象にそれがないことをあきらめられないこと」(女性嫌悪、女性蔑視、女性忌避)。(2)父(他の男性)との競争の回避。
 
 競争者(兄[弟?])への敵意が抑圧され、この競争者に同性愛的な愛情が向けられるケースもある(このケースは異性愛を排除しない)。迫害妄想において、愛した人が迫害者に変わるのと逆である。この過程は、「社会欲動」の発生過程が誇張されたものである。「嫉妬する敵意の蠢きが満足を得るにいたらず、情愛的な同一化の感情や社会的同一化の感情が抑圧された攻撃衝迫にたいする反動形成として発生する」。

 げんに多くの同性愛者は、社会的欲動を発達させて公益に貢献している。「他の男性のうちに愛の対象をみる男が男性の共同体にたいしてとる態度は、男のうちにまず女をめぐる競争相手をみなければならない男とは異なったものになる」。

 「精神分析的な考察は、社会的感情を同性愛的な対象にたいする態度が昇華されたものとみることに慣れている。社会的な志向をいだいいた同性愛者は、社会感情を対象選択から分離することにじゅうぶん成功しなかったということかもしれない」。

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「戦争神経症の電気治療についての覚書」

*「戦争神経症の電気治療についての覚書」(1920年)

 世界史を変えた戦争と精神分析との運命的ともいえる交錯を証言する必読のドキュメント。

 外傷神経症は、神経系の損傷が認められないため、「より微細な組織変化」に由来する器質性の疾患とみなす考えがある一方で、機能障害に帰す考えとがあったが、神経器官の損傷がないのになぜ重度の機能障害が生じるのかは謎であった。

 第一次大戦におけるおびただしい戦争神経症の事例をとおして、後者の考えが通説となると同時に、「機能」障害が本質的に心因性のもの(心的変化 seelische Verändrung)であることが認識されるようになった。激戦地から隔たった場所や休暇中にも症状がみられたことから、平時の神経症と同じ性質のもの、すなわち無意識的な心の葛藤に由来するものであることがわかったのだ(戦争神経症は精神分析理論のただしさを証明した)。生命への不安、人を殺すことへの抵抗、上官にたいする拒否感などに発する兵士の「戦争逃亡的性向」がそれである。こうした情動は、名誉心、自尊心、祖国愛、服従の慣習化などのために無意識にとどまっていたので、神経症が戦争からの逃げ道となったのだ。
 
 これを直すには、戦争よりも病気のほうがたえがたい状況をつくりだせばよい。ドイツ軍はそのために非人間的な電気治療を導入し、成果を挙げたが、これは病気からの回復をめざすものではなく、あくまで戦闘能力の回復を目的とするものであった(施療した医師たちは心理学の訓練を受けていなかったので、仮病を疑う傾向があったかもしれない)。医学が医学とは異質な意図に奉仕させられたのだ。医師は戦争の官吏として職務への絶対的服従を強いられていた。医師じしんが人道上の要求と戦争の要求との葛藤にさらされていたのだ。

 電気治療によって戦闘への不安がなくなった兵士たちはふたたび出征したが、いざ戦場に出るとふたたび不安が再発して病気に逃避するという悪循環が生じ、戦争の長期化につれて民心に嫌戦気分がひろがったことも手伝って、電気療法の成果は次第に失われていく。

 そんななかで一部の軍医は、ドイツ精神にのっとり、強引にこの政策を貫徹すべく、さらに苛酷な治療を施すようになる。「電流の強度もそれいがいの治療の苛酷さも忍耐の限度をこえて強化され」、死亡者や自殺者を出すまでになる。「ウィーンの病因でも治療がこの段階にまで至ったのかについては、まったくわたしの発言しうるところではない」。

 この問題をめぐりオーストリア国防省の調査会で報告したフロイトは、治療の指揮を執った友人ヴァグナー=ヤウレクには同情的であった。

 戦争神経症者のための野戦病院の院長であったエルンスト・ジンメルが精神分析的な治療の有効性を報告したおかげで、ドイツ、オーストリア、ハンガリーの軍司令部がブダペストで5年ぶりに開催された精神分析学会に使節を送り込み、そこで戦争神経症を純粋に心的に治療するための診療科を設置することを公にした。軍みずからが戦闘能力の回復を犠牲にして戦争神経症の治療を優先させる決心をしたのだ。

 その診療科が開設されようとしていた矢先、戦争は終わり、権力を剥奪された軍による刷新的な治療の試みも中断された。とはいえ、終戦により、戦争神経症そのものも消失した。この事実は、戦争神経症が心因性の病気であることを最終的に証明した。


「大学で精神分析を教える必要があるか」

*「大学で精神分析を教える必要があるか」(1919年)

 ハンガリーの医学雑誌に発表された。ブダペスト大学医学部の学生たちが精神分析講座発足にむけての運動を起こし、フェレンツィに講義を依頼したことが背景になっている。

 「精神分析の組織そのものは大学活動からの追放によって生まれたのであり、この追放がつづくかぎり、ある一定の重要な専門教育の機能をはたしつづけるであろう」。

 精神医学はもっぱら記述的であり、「観察された事実を理解する路をひらかない」。それは深層心理学にのみ可能である。

 大学における精神分析教育は、医学生全員への基礎的な講座と精神医学志望者のための特別講座からなるものとすべきだ。精神分析は芸術、哲学、宗教といった領域の研究もふくんでおり、文学史、神話学、文化史、宗教哲学における成果を挙げている。基礎講座のほうはこうした諸科学を学ぶ学生にたいしても開かれてあるべきだ。

 ラカンはこのリストに、修辞学、弁論術、文法学、および「最先端の言語美学。つまり、省みられることのない機知の技法をも含むような詩学」を付け加えている(「ローマ講演」)。

 医学と精神科学との連携による Universitas literarum (人文科学の大学)の創設に精神分析は寄与しうる。

 パリ大学精神分析学部の創設において、ラカンがこのテクストを念頭に置いていたことはうたがいえない。

『集団心理学と自我の分析』

*『集団心理学と自我の分析』(1921年)

 個人心理学は広義の社会心理学である。ル・ボンは「群衆本能」「集団の心」といったものを実体化したが、他人である個人を集団へと結合する「接着剤」について考察していない。

 フロイトは集団の絆をリビドー的なものと考える。「エロスこそ、世のすべてを結合する」。

 集団の形成によって、個人の情動性(Affektivität)は、異常に高まり、知的活動は著しく制限される(そして集団の他の個人のそれと似たものになる)。これはいっしゅの催眠状態である。じっさい、催眠は「二人での集団形成」であり、「催眠は集団形成とひとしいから、集団形成とのよい比較にならない」(8章)。

 催眠における暗示は「それ以上還元できな根源的現象、人間の精神生活の根本事実」である。そのいみするところは、集団が「精神活動初期への退行」であり、「原始ホルドの再生」(10章)であるということだ。集団の心理とは、最古の人間の心理にほかならない。

 催眠はなにか直接的に不気味なものをただよわせている(die Hypnose etwas direkt Unheimliches an sich hat)」。不気味なものとは、なじみふかいものが抑圧された結果、回帰したものであった。このばあいのなじみふかいものとは、太古における原父との関係である。フェレンツィが指摘するように、術師は父にたいする患者の関係を利用する。父との関係において反復されているのは、太古における原父との関係である。

 群れはそれじたいでは集団ではない。群れにリビドー的な「結合」がつけくわわり、はじめて集団となる。教会と軍隊というふたつの「人為的集団」は、原始ホルドが「もっとも理想的に改革」されたものである。

 このばあいの「人為的」とは、集団が解体しないような外的強制が課されるといういみである。「これらの高度に組織化された集団では、他のばあいにはずっとふかくかくれているある関係がひじょうに明確にみとめられる」。

 教会と軍隊は、首長(隊長、キリスト)がすべての個人に平等な愛を注いでいるという「まやかしVorspiegelung(錯覚 Illuision)」を共有しているかぎりで、「リビドー的な構造」をもっている。キリストや隊長が父親になぞらえられるのは偶然ではない。この錯覚が消滅するとき、集団は解体する。

 戦争神経症はドイツ軍を「ばらばらにした(zersetzen)」したが、その原因は上官による部下の「愛情のない扱い」であった(つまり、軍隊のリビドー的な構造が考慮されなかったがためにドイツは敗北した)。

 パニックは「集団のリビドー的構造の弛緩」に原因をもつ。パニックは集団の解体の原因ではなく、その結果である。集団の結合によってそれまで重大視されていなかった危険に一人で立ち向かわなければならないという考えがパニックを引き起こす。危険そのものの大きさと比例しないことが「パニックの本質」である。パニックを「集団的不安」と実体化すると(マクドゥガル)、「集団精神はそれがもっとも顕著にあらわれるときにみずから死滅する」という逆説に陥る。パニックにかんして、「処女性のタブー」で言及されたヘッベルの『ユーディトとホロフェルネ』がふたたび引き合いに出されている。「集団はちょうとボローニャの小壜のように、先がこわれるとくだけてしまう」。

 集団におけるリビドー的結合は、個人の自己愛を制限させる。集団におけるリビドー的結合は、「ほんらいの[性的]目標から外れているが、だからといってよりすくないエネルギーで作用するわけではけっしてない愛の欲動」である(ほれこみ Verliebtheit)。これは「同一化」とならぶ他の人間との感情的結合の機制である。

 このうち、「同一化は他人にたいする感情的結合のもっとも初期のあらわれである」(7章)。父への同一化は母への対象備給と同時に生まれる。[母親にたいして]父の代わりになりたいという願望は、競争相手への敵意と表裏一体であり、そのかぎりで同一化はさいしょからアンビヴァレントな側面をもつ。父への同一化はあらゆる性的対象選択に先立つ。

 同一化は「手本 (Vorbild)とみなされた他我に似せて自我を形成しようとする」ことであるが(自我への対象の「取り込み」)、「一つの特徴」への[無意識的]同一化であるかぎりで、同情とは異なる「部分的」で「限定された」模倣である。

 たとえばヒステリー患者における母親の咳への同一化は、父への対象愛を表現すると同時に、母親になりかわろうとしたことへの罪悪感を表現する。ぎゃくにドラは対象愛をむけている父の咳をまねる。いずれにおいても、「同一化は対象選択の代わりにあらわれ[「代用物」になり]、対象選択は同一化に退行した」のであり、「自我が対象の特性を身につける」。

 上の例とは別に、「おなじ状態に身を置く能力、または置こうとする欲求にもとづく同一化」がある。寄宿舎の友人がうけとった秘密の恋文への嫉妬によるヒステリー的反応(「心理的伝染」)。これは恋愛への願望とそれへの罪意識のあらわれである。このばあいも同一化は同情によって生まれるのではなく、ぎゃくに同一化が同情をうむのだ。「ひとりの自我が他人の自我にある点で重要な類似をみつけたとき、それにつづけてこの点で同一化が形成される」。そして「ふたつの自我の重複地帯」は抑圧されていなければならない。

 男性の同性愛においては、母親への同一化がおこる。このばあい、これまでの対象を手本に自我を「きわめて重要な特徴をもったもの[性的性質をもったもの]」につくりあげ、対象そのものは放棄される(自我に取り込まれる)。死んだ愛猫に同一化したこどもの例も同様。

 メランコリーにおいては、自我が失われた対象を取り込むことで、自我への「残酷な蔑視」がおこる。これは対象にたいする自我による復讐である。自我がふたつに分裂し、その一方が他方に暴威をふるう。自我に苛酷にふるまうのは、「自我理想」(良心、超自我)も同様である。
 
 集団における個人相互の結合は同一化による。

 ほれこみ(恋着)は、[感覚的な]目標を禁止されているばあい、そのぶん強力である。ほれこみの特徴は「性的過大評価」(「理想化」)であり、自己愛リビドーが、じぶんでは到達できない自我理想としての対象に向けられる(8章)。この「迂回」によってじぶんの自我を完全なものにしたいという願望を充たそうとするのだ。「自我はますます無欲でつつましくなり、対象はますます立派で高貴なものになり」、最終的には自己愛のすべてが対象に向けられ、対象が自我を「食いつくす」(「自己犠牲「献身」Hingabe」)。その結果、自我理想(良心)の批判的機能ははたらかなくなり、ばあいによっては犯罪さえ辞さない。「対象は自我理想の代わりになった」。

 同一化が対象の取り込みによって自我を豊かにするのとはぎゃくに、ほれこみにおいては自我は貧しくなる。とはいえ、このような対立はじっさいには存在しない。

 むしろ、こう言うべきである。同一化においては対象は失われるか放棄され、自我のなかで再建される(その際、「自我は失われた対象の手本にしたがって部分的に変化する」)。一方、ほれこみのばあい、対象は保たれている。とはいえ、保持されたままの対象への同一化がありえないとはいいきれない。

 この問題の本質は、対象が自我のかわりになるのか、自我理想のかわりになるのかということにある。

 催眠において、術師は自我理想の位置を占める。「ほれこみを催眠状態から説明するほうが、そのぎゃくよりも目的にかなっている」。
 
 幼児はプラグマティックな理由から年少のこどもへの敵意を貫きとおすことができないので、他のこどもたちに同一化する(9章)。ここに集団感情がめばえ、そこでは平等が掟となる(グルーピー)。この平等から社会的良心と義務感がうまれる(梅毒患者の伝染不安)。「社会的良心は、さいしょは敵意をふくんでいた感情が、同一化の性質をもったひとつの積極的な調子をおびた結合に転化することにもとづいている」。

 原始ホルドにおいては、集団的な衝迫いがいのいかなる衝迫もなかった。原父殺害(「科学的神話」)は「共通の意志」によってなされたがために、集団的犯罪であり、その科は一個人に帰されない(それをひとりでなしえたかもしれないのは空想の「英雄」だけである)。それにたいして、原父の自我はリビドー的に結合されておらず、絶対的に自己愛的であった(個人の心理の起源?)。直接的な性的満足は集団形成に向かない。性的享楽にあずかれないでいた息子たちが[同性愛的な]集団をさいしょに形成したのは必然である。

 「各個人は多数の集団の構成要素であり、同一化によって多面的に結合されている。個人はその自我理想をさまざまな模範によってつくりあげる」(11章)。「一時的集団」(ルボン)においては、このように形成された自我理想が放棄され、「指導者のなかに具現化された集団理想」と取り替えられることで、個人性が消失する。自我と自我理想の分化はじっさいには未発達であり(自我の制限は祭で禁止が解かれるように周期的に破壊される)、ひとはカリスマ的な印象をあたえる指導者に飛びついてしまう。

 躁病においては自我と自我理想が融合している。メランコリーにおいては自我がふたつに分裂しており、自我と自我理想の関係がやはり変質している。

 さいしょの原父殺害は、叙事詩人によって空想(英雄神話)のなかで実現された(英雄という「最初の自我理想」)。そのいみで、「神話は個人が集団心理からぬけだす第一歩である」(さいしょの神話、「心理学的神話」としての英雄神話)。英雄は父なる神よりも古い。

 催眠と集団結合は、リビドーの系統発生史に由来する遺産である。

 神経症者は抑圧されてはいるが性的満足にあずかっている。それゆえ集団形成に向かない。神経症者が非社会的になるのは、症状が集団結合の代わりになるから。「神経症者はじしんの空想世界を、じしんの宗教を、じしんの妄想体系をつくりだし、そのようにして人類がうみだしてきた制度を歪曲しつつ反復する」。

 さいごに、ほれこみ、催眠、集団、神経症がリビドー理論の観点から比較されている。「神経症は自我と対象とのあいだのすべての可能な関係を包括している」。対象が保存されている関係、対象が放棄されている関係、対象が自我のなかに再建されている関係、自我と自我理想が葛藤している関係。前3者は、かならずしも「ほれこみ」「催眠」「集団」に対応するものではないようだ。
 

「快原則の彼岸」

*「快原則の彼岸」(1920年)

 快原則は恒常性の原則である(フェヒナー)。現実原則による迂回や自我の抵抗がもたらす一時的な不快は、快原則に還元しうる。ところで、戦争神経症や子供の遊戯や転移における行為化はそのかぎりではない。そこから、もとの状態へラディカルに回帰しようとする反復強迫が[たんなる惰性の原理である]快原則よりも一次的であるとの仮説が導出される。

 外傷はショックとは異なり、組織そのものにちょくせつ損傷をあたえるのではなく、外部にむけられた「刺激保護」の破綻である。災害神経症者のフラッシュバック的な夢は、外傷体験においてスルーされた「不安」[という準備段階]を生じさせることで、刺激を統御しようとする。それは願望充足という目的と矛盾しないまま、そこから独立している。

 生命は死という内的必然性にいたるまでの「迂路」である。下等生物は、死という内的必然性をもっとも効率的に実現する。「進化」した高等動物のうちにも胚細胞のように「下等」な組織が含まれているが、それは他の組織と共存させられることで、全体として個体の死を遅らせている。「有機的なものをより大きな統合にまとめあげるエロスの努力」が「性欲動」あるいは「生の欲動」であり、それは内的必然性としての死を実現しようとする個々の組織がしたがう「死の欲動」(「自我欲動」)とのあいだに「躊躇のリズム」(Zauderrhythmus)を刻んでいる。

 それでは性欲動は、いったい何への回帰なのか? これにたいする答えは論文の終盤に先送りされる。

 ところで、未開人は死を偶然としかみなさないし、死が内的必然であることは生物学的に確定された事実でもない。ヴァイスマンによれば、胚細胞は潜在的に不死である。下等生物は不死であり、死は高等生物への進化の過程で獲得されたものにすぎない。これは死の本来性を前提する「死の欲動」の仮説と相容れない。

 一方で、身体細胞が「ソーマ」(死ぬ部分)と胚原形質(死なない部分)とから構成されているというヴァイスマンの二元論は、死の欲動と生の欲動の二元論とパラレルである(ここからショーペンハウアーまではあと一歩である)。内的必然としての死は、生命を維持する諸力によって隠されているだけだとする説も存在する。あるいは、ヴァイスマンの説は、死という現象についてはあてはまるが、死へと駆り立てる過程についてはそうではないとも説明される。

 精神分析は当初、自我欲動を自己保存欲動と同一視し、自我をもっぱらリビドーを抑圧する審級とのみとらえていたが、リビドーが自我に向けられることがわかって以来、自我は「リビドーほんらいの根源的な貯蔵庫」とされるにいたった(ナルシシズム)。これによって、自我欲動と性欲動の二元論は無効化する。もしくは、両者が質的な区別ではなく、局所論的な差異に還元される。それでは、リビドー的な欲動以外の欲動は存在せず、ユングのいうようにリビドーは一元的なのであろうか。

 否。自我欲動と性欲動の二元論は、死の欲動と生の欲動という、より対立的な二元論にとってかわる。

 愛と憎のアンビヴァレンツも、これに重ね合わせることができる。対象を破壊しようとするサディズムは、生命を維持しようとするエロスと矛盾するようにみえるが、サディズムは自己愛リビドーの影響で、対象へとむけかえられた死の欲動であり、そのかぎりで性に奉仕している。とすれば一方、マゾヒズムはこれまでそうみなされてきたようにサディズムが反転したものではなく、一次的なものでありうる。

 先送りにされた生殖と性欲動の由来については、二つの説が検討される。ひとつは、偶然的な結合が反復されて定着したという説(ダーウィン)。いまひとつはプラトン(あるいはウパニシャッド)にさかのぼる男女説。

 欲動が惰性に帰されることは、快原則に先立つ前提である。快原則はひとつの「傾向」として、興奮を最低限度に保つという「機能」に奉仕している。この「機能」は、無機的世界の静止状態への回帰という「あらゆる生命体のもっとも一般的な追求」にあずかる。

 生の欲動は妨害者として知覚の対象になるが、死の欲動は目立たずに(unauffällig)その仕事を遂行する。

 本論文の「思弁」は、「仮説」であるかぎりで、「わたしはじぶんでも信じていないし、他人にも信じよなどともとめはしない」。仮説において「確信」は問題にならない。「悪魔の弁護人」としてひとつの思考過程に身をゆだねることは、悪魔に身を売ることをいみしない。このような仮説の正しさをいつの日か証明するかもしれない「科学的認識の緩慢な歩み」ゆえに。「跛行は罪にならぬと聖書も言う」(リュッケルト)。

「女性同性愛の一事例の心的成因について」ほか

*「女性同性愛の一事例の心的成因について」(1920年)

 患者は幼年期にエディプス・コンプレックスを正常に終了させ、父への愛情を兄に移し、ついで13~14歳頃に小さな男の子を溺愛している。この時点で、子供をもちたいという欲望は意識されていたが、その子供が父親の子供であってほしいという欲望は意識されてはならなかった。

 16歳のときに母親が弟を出産することで、父親に失望した患者は男性一般に背を向け、「自分を男性に変えて、父親の代わりに母親を性的対象とした」(「自己愛段階への退行による性的対象との同一化」)。患者は「父親にたいする復讐心から同性愛者になったのだ」。

 じっさいに患者は「母親の代理」としての、子供のいる女性を愛するようになる(厳格な女性教師への愛着も同様)。くだんの娼婦(子供はいなかった)はこの延長線上にあり、しかもその外見と性格から患者の兄をおもわせ、同性愛的な欲望と異性愛的な欲望を同時にみたしてくれる存在であった(本論文においては人間の両性性が幾度も強調されている)。

 母親はまだ若く色気を失っていなかったので、患者は母親に男性を譲ることで、母親に愛されることができるという疾病利得もあった(兄に女性たちを譲るために同性愛者になった双子の弟、および父親に女性を譲ることで同性愛者になった美術家の例と似ている)。

 娼婦への愛には、「『愛情生活の心理学』への諸寄与」でとりあげられたような「救出」願望もともなっていた。

 自殺未遂は、自己処罰であると同時に願望充足である。すなわちじぶんを裏切った両親の死を無意識に望んだことへの自己処罰であり、父の子を分娩する[=下へ落ちる niederkommen]という欲望の充足である。

 「だれであれ、じぶんじしんと同一化してきた対象をじぶんといっしょに殺さないでのあれば、また、それによって別人にむけられていた死の欲望をじぶんじしんに向けるのでなければ、自殺するだけのエネルギーをもとうとはしないだろう」。「かのじょは、じぶんにはさせてもらえなかった子供の分娩で死ぬべきであった母親とじぶんじしんとを同一化することをとおして、この処罰達成それじたいをふたたびある願望充足としている」

 患者に分析を受け入れさせた動機は父親への復讐心だけであり、男性の忌避というかたちで陰性転移が生じて分析は中断された(フロイトは女性分析家による分析を薦めた)。

 本論文では同性愛的な器質が同性愛的な対象選択に直結しないことがたびたび強調される。患者は後天的な同性愛との診断を翻して、「思春期以後になってはじめて固定してはっきりと外にあらわれてきた先天的同性愛」と結論されているが、根拠は不明。

 同性愛を扱う文学作品は、(1)身体的性性格(肉体的両性具有)(2)心的性性格(3)性愛対象選択という三系列の複雑な関係を無視し、(3)だけを特権化しがちである。

 分析は症状の因果関係をあきらかにするが、分析によってもたらされた前提から出発しても(綜合)、因果関係は究明できない。量的因子(「相対的な強度」)が考慮されないためである。

 「旅行」としての精神分析。強迫神経症者の「ロシア的戦術」。



*「分析技法前史について」(1920年)

 自由連想の先駆としてのシラー、ウィルキンソン、ベルネ。

「不気味なもの」

*「不気味なもの」(1919年)

 不気味なものとは、抑圧を被ることで疎遠なもの(不安)として回帰してくる親しいもののことである。unheimlich の「un は抑圧の刻印である」。

 『砂男』のオリンピアは、ナタニエルの分身であり、「父親への女性的態度の物質化」であり、「ナタニエルから分離させられた[去勢]コンプレクス」である。オリンピアへの「自己愛的」愛情は、ナタニエルが去勢コンプレクスによって父親に固着しているために女性を愛せないことをあらわしている。

 分身(テレパシー)は、「原始的自己愛」が抑圧されて不気味なものとしてあらわれたものである。「自我のうちには、残りの自我と対立する特殊な一審級がしだいに形成されて、この審級が自己観察、自己批評の役割を果たし、心的検閲の仕事を行い、やがてわれわれの意識にたいして『良心』としてたちあらわれてくる」(超自我)。「不気味なものの性格はもっぱら、分身がすでに克服された精神的的原始時代に属する形成物(むろんその当時はもっと親しげないみあいをもっていたのだが)であることに由来する」。「自分がまだ外界や他の諸自我から区別されていなかった時期への退行」が問題になっているのだ。

 反復強迫的な「偶然」(「意図せざる反復」)が不気味なのは、「われわれすべてがそれぞれの個人的発展のうちに通過する、原始人のアニミズムに相当する一時期」の「残滓」(Reste)「痕跡」(Spuren)であるからだ。「こんにちわれわれに『不気味』と見えるもののすべては、このアニミズム的な精神活動の残滓に触れ、これを刺激して外に出させる条件をみたしているようにおもわれる」。逆にいうと、アニミズム的な確信から完全に脱してしまった人には、不気味なものは存在しない。

 幼児期コンプレクスに由来する不気味なものは、抑圧された「表象」[内容]の回帰である。一方、じっさいに体験される不気味なもの(Unheimliche des Erlebens)は、表象の「現実性」にたいする抑圧された「信仰」の回帰である。不気味なものとは、抑圧されたアニミズム的確信の回帰によって現実吟味が揺らぐことである。とはいえ、アニミズムは幼児的コンプレクスに根ざしているので、この二元論は宙吊りにされる。

 フィクションは、状況を現実として受け取るという前提ゆえに、現実吟味に拘束されていない。それゆえ、現実生活においては不気味なものも、フィクションにおいては不気味ではない(童話、幽霊)。その一方で、フィクションには、現実生活には起こりえない出来事(事後的に種明かしされるとしても)を起こすことによって、現実生活には存在しない不気味なものをうみだす可能性がある。「フィクションの世界では、感情のはたらきは素材からまったく独立している」。

 死が不気味なのは、「死にたいするわれわれの関係におけるほどに、われわれの思考と感情が原始時代から変化しなかった領域はほとんどない」からだ。その理由は、われわれの本源的感情反応(ursprünglichen Gefühlsreaktionen)の強さ、および科学的認識の不確実性である(「すべての人間は死なねばならないという命題の真偽は、……だれひとりとしてわかりはしない」)。「われわれの無意識は、いまでも昔とおなじように、じぶんじしんが死ぬことをほとんど表象しえないでいる」。仮死状態での埋葬の不気味さは、この空想が、もともと母胎内生活という快をもたらす空想の変形されたものであることによって説明できる。

「『子供が叩かれる』」

*「『子供が叩かれる』」(1919年)

◎女児の殴打空想

 「子供が叩かれる」という空想は、三つの命題に分解しうる。

(1)父が[私のきらいな]子供を叩く
(2)私は父に叩かれる
(3)子供が[誰かに]叩かれる

(1)は「ゆえに父が愛するのは私だけ」という後半部を隠しており、命題のこの後半部が抑圧されて(2)のマゾヒズム的命題が導出される。(3)は、(1)と(2)の折衷であり、(1)におけるリビドーと(2)における罪悪感とをともども満足させている(「退行的代償」)。

 このうち(2)だけが無意識的である。(2)において叩くことが性欲化されることで(3)が自慰的な快の源泉となる。

(3)で叩く人は父親の代理的人物であり、叩かれる子供[たち]は男児である。この子供は、「男性コンプレクス」(ペニス羨望?)によって男児に同一化している女児じしんの代理人である。


 
◎男児の殴打空想

 女児のそれとは対照的でない。

(1)私は父に叩かれる
(2)私は母に叩かれる

(1)は無意識的であり、女児における命題(2)に相当する。
(2)は意識的であり、女児の命題(3)に相当する。
 女児の命題(1)に相当するサディズム的な段階はない。
 女児の殴打空想においてマゾヒズムはサディズムに由来するが、男児のそれにおいては「はじめから受動的なものであったり、父に対する女性的な姿勢から生じた」。(1)のいみするところは「私は父に愛される」である。

 そのかぎりで「男児においても女児においても、殴打空想は父に対する近親相姦的拘束から生じている」。

 男児のマゾヒズムは前性器的体制への退行とそこにおけるサディズム的能動性の受動性への転換という二段階から構成されるようだ。前者によってまず性器愛そのものが抑圧され、さらに後者によって男性の性愛の能動性が放棄される。この二段階によって父への同性愛的愛着が否定されることになるのか?

 
◎男児と女児の殴打空想の対比

(1)女児にあっては正常なエディプス的姿勢をとり、男児にあっては倒錯した[同性愛的]姿勢をとる。

(2)女児にあっては叩く人の性は変わらないが、叩かれる人とその性が変わる。男児にあっては叩く人の性が変わり、叩く人と叩かれる人とは性が異なる。

(3)女児にあってはマゾヒズムからサディズムが生ずるが、男児においてはマゾヒズムが一貫している。[叩く人と叩かれる人が異性どうし
なので、サディズム期への退行がない?]

(4)男児は抑圧によって同性愛を免れるが、それにもかかわらず空想において女性的(受動的)。女児は自分自身を男性として空想するが、空想において能動的になることはない。……


 倒錯はエディプス的な「土台」に基づいており、エディプスの「沈殿物」にして「痘痕」。

 自慰への罪悪感は幼児期の自慰へのそれであり、エディプス空想に由来。

 マゾヒズムはサディズムが対象から自分自身へと退行的に向け換えられることで生じる二次的なものである(「マゾヒズムの経済的問題」で覆される)。欲動の目標の受動性だけではマゾヒズムのすべてを覆いつくしてはおらず、受動性に[欲動満足への]罪悪感が加わることによってマゾヒズムがうまれる。この罪悪感の起源として超自我的な審級の存在が暗示されている。

 両性理論は男児における女性的態度の抑圧を説明できない。一方、「男性的抗議」の概念は、女児については有効だが、男児が女性性を放棄しないことを説明できない。よっていずれの理論も無効である。

「『戦争神経症の精神分析のために』への序言」ほか

*「『戦争神経症の精神分析のために』への序言」(1919年)

 終戦によって戦争神経症の症例は消滅したが、軍事的必要性からなされた戦争神経症とのとりくみにおいて、心因、無意識、疾病利得についての精神分析の正しさが全面的に証明された。しかし、性理論(自我と性欲動の葛藤)については戦争神経症によって証明されていない。それをもって批判者たちは、性理論が反証されたとみなしている。

 戦争神経症は兵士における「平和時の古い自我」と「戦争時の新しい自我」との葛藤によって生じる外傷神経症である。平和時の自我は、みずからの新たな「寄生的分身」である戦争時の自我の「むこうみずな行為」によって「生命の危険」をかんじとり、これから身を守ろうとする。その方途が外傷神経症への逃避である。したがって、このような葛藤のない職業的兵士や傭兵はこの神経症には罹らない。もっぱら[徴兵によって組織された]国民軍が戦争神経症の「条件であり培養土」となる。

 戦争神経症には、[大事故などによる]平和時の外傷神経症のように、葛藤に由来しないタイプもある。このような外傷神経症は、「自己愛的リビドー」が恐れや不安にたいしてもつ関係を調べることで説明が可能になるだろう。

 「外傷神経症および戦争神経症においては、自我は外部から襲ってくる危険あるいは自我形成そのものによって具体化される危険にたいし身を守るが、平和時の転移神経症の場合には自我はじぶんのリビドーそのものを、おのれを脅かすかにおもわれる敵であると考える。いずれの場合にも、自我の毀損にたいする恐れがある――後者にあってはリビドーによる、前者にあっては外部からの暴力による」。

 戦争神経症は、「内部の敵」を恐れている点で、外傷神経症よりも転移神経症に近い。
 
 「あらゆる神経症の根本にある抑圧は、一つの外傷への反動、基本的な外傷神経症であるとみなしてよいだろう」

 最後のこの一節は、いわばリビドー理論にとって都合のわるい外傷概念の内包を拡張することでこの概念を普遍化すると同時に無意味化する二重の身振りにおいて極度にアクロバティックである。


*「テオドール・ライク博士『宗教心理学の諸問題、第一部・儀礼』への序言」(1919年)

 心の活動の諸審級。「有機的なものに発する暗い欲動諸力、これはそれぞれに具わった目標を追求する。そしてその上に、より高度に組織化された心的形成物――人類史の強制の下での人類の発展の獲得物――がある」。「抑圧された欲動およびその原始的な心的表象」が「心の地下世界」「本来的に無意識的なるものの核心」となる。

 「精神分析の研究方法をそれほんらいの場面(Mutterborden)から離れてきわめて多様な精神科学にも応用してみようという、あらがいがたい誘惑、学問的な命令が生まれてきた。じっさい、患者相手の精神分析の仕事でさえ不断にこうしたあたらしい課題に気づかせてくれた。というのは、まぎれもなく神経症のいちいちの形態から、われわれの文化の最高の価値ある創造物との類似した響き(Ankläge)がききとれたからである。ヒステリー患者はじぶんの空想を概してものまね的に、他人の理解を顧慮せずに描出するのであるが、うたがいもなく一個の詩人である。強迫神経症者の儀式やタブーを見ると、われわれはかれが私的な宗教を創出しているのだと判断せざるをえないし、パラノイア患者の妄想でさえ哲学者の諸体系との歓迎されざる外的相似性、内的親縁性をしめしている。……この患者たちはかれらの葛藤の解決のために、またおしせまる諸欲求の緩和のために、それが多数者にとって親切な仕方でなされるときには文学とか宗教とか哲学とかとよばれる同じ試みを非社会的な仕方で企てているのだという印象をもたないわけにはいかない」

 エディプス・コンプレクスは幼児の置かれたよるべない状態、および愛情生活の発展の複雑さという生物学的事実の表現であり、「エディプス・コンプレクスの克服と人間の古来の動物的な遺産の合目的的な克服とは合致する」……

「精神分析療法の道」


*「精神分析療法の道」(1919年)

 技法論。

 精神「分析」の化学的分解(解析)とのアナロジー。「患者の症状や病的表現の行動に複雑化した要素は、その根底においては、さまざまの動機、欲動の働きである。けれども患者はこのこの要素的な動機については何一つ知らない。……われわれはそこでこの高度に複雑化した精神的な形成物のあり方を理解することを患者に教えてやり、症状について、それを引き起こす源泉となっている欲動の動きまで遡ってつきとめ、これらの症状のなかの、患者がそれまで知らずにいた欲動の動機 Triebmotive を指摘するのである。これはちょうど、化学者が塩類のなかで他の元素と結びついて見分けられなくなっている化学元素を、塩類のなかから分離・抽出するのと同じようなことである」

 ならば、分析家はこのように分解された要素を患者がよりよくくみたてなおすこと(「精神綜合」)に力を貸すべきであろうか。否。分解された要素はおのずからただちに新たな関連のなかに入っていくものだから。それまで自我から分離されていた欲動のあらゆる働きは、「自動的に」「不可避的に」自我という「大きな統一」にしたがうようになる。

 そもそも「比較とは比較されたものにただ一点において接触していさえすればよいのであって、他のすべての点がそこから遠く離れていてもさしつかえない。精神的なものは他に例のない特殊なものであるから、この特徴を一つだけ切り離して比較してみても、その性質をありのままに再現できるものではない。精神分析操作の作業は、化学的な分析操作とある点で類似をしているが、しかしまた同じように外科医や整形外科医の手術、操作とか、教育者の感化作用との類似も示している」

 それゆえ、フェレンツィのいう分析家の能動性 Aktivität とは、「精神綜合」とは別の方向にもとめられねばならない。「抑圧されているものの意識化」と「抵抗の発見」とがそれである。患者を転移にゆだねるだけでなく、「葛藤の解決にもっとも好都合な精神状態に患者を移行させること」がひつようである。その際の「基本原則」は「節制」(「禁欲」)である。これは患者にまったく満足をあたえないということをいみするものではないが、「患者の病苦を治療への原動力としての効果を保つためにあるていどまであまり早く解決しすぎてしまわないように配慮しなければならない。病状を破壊し、無意味なものとしてしまうことによって病苦が緩和されたならば、われわれはその苦痛の代わりを、厳しい節制というかたちでふたたびあたえなければならない」。
 なんとなれば、それまで病苦に安住していた患者は、症状の代わりとなる満足をもとめて、症状の緩和によって解放されたリビドーをさまざまな行動、恋愛、慣習、既存のものにむけるからだ。たとえば、不幸な結婚や肉体的病弱(器質的疾患)によって、神経症的な処罰欲求を満足させることで、神経症をじぶんの運命とうけとってしまう。
 
 また、患者は分析家への転移のうちに代理満足をもとめるが、スイス学派のように転移につけこみ、「患者をわれわれの私有物にしてしまい、患者の運命を患者に代わってつくりだし、われわれの理想を押しつけ、創造主の高慢さをもってじぶんの気に入るようにわれわれ自身の似姿に患者を仕立て上げる」ことはしりぞけられねばならない。J・パットナムの教化主義にしても同断である。

 重傷の患者にたいしては、患者の治癒への意志を受動的にまちのぞむだけであってはならない。たとえば重傷の強迫神経症の治療に際しては、「分析治療それじたいが強迫となるまで待ち、そしてこの反対強迫 Gegenzwang によって病気の強迫を押さえつける」ひつようがある。

 最後に「空想的」な提言がなされている。神経症者の数の圧倒的な多さに対して、分析家の数はごく限られている。しかも貧困層は分析を受ける余裕がない。結核手術が国民の権利として認められているように、国が国民の精神的健康を保障するようにすべきである。病気によって現実から逃避しようとしやすい貧困者の分析は困難であり、戦争神経症においてとりいれられたような催眠を補助とするひつようがあるとしても、精神分析の道を踏み外さない治療は可能である。
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