スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『夢解釈』第二版(1909年)

*『夢解釈』第二版(1909年)


 新たな前書きより——

 「職業的な哲学者たちは、夢生活の問題を様々な意識状態のしんがりにくるおまけのように捉えて、ほんの少々の言葉を加えて済ましておくということに馴れているので、この端っこの部分でこそ、われわれの心理学的理論の根本的な更新に繋がるあらゆるものごとが引き出せるにちがいないということに、明らかに気づいてくれなかった」

 「神経症問題についての長年の取り組みの間に、私は繰り返し動揺したり迷いに陥ったりしたが、そんなときに私が自分の確信に立ち戻ったのは、いつもこの『夢解釈』によってだった。そうしてみると、私の数多い学問上の敵対者たちが、この夢研究の領域でこそ私に従おうとしなかったことは、ある種の確かな本能を示していると言えよう」

 「このたびの改版作業でわかったことは、これらの素材[フロイト自身の夢]が、大きな改変には強く抵抗するような慣性力を示してくるということであっった。それはすなわち、この本は、私がそれを書き上げてはじめて理解したような、私にとってのもう一つの主観的意義を有していたということである。こうして私には、この本が私の自己分析の一片であること、父の死というもっとも意味深い出来事、すなわち一人の男の人生におけるもっとも痛切な喪失に対する反応であることがわかってきた」


 以下、追記された主なポイントをランダムに挙げておく。

・フロイトが夢で繰り返し見た「妙な風景」(「薄暗い空間」のなかの「グロテスクな石像」)
・フリースの周期理論を使ったスヴォボダの夢研究への否定的なコメント
・『グラディーヴァ』における夢
・「どの国語にもそれ固有の夢の言語がある」(フェレンツィ)
・ブリルの『夢解釈』英訳
・ランクが発見したシラー書簡中の一節
・「言うまでもないことであるが、わたしはこの夢[イルマの夢]の解釈で思いついたことすべてを報告してはいない」
・「幼年時の幸福」への疑念(「性理論のための三篇」)
・「願望に反する夢」の二原理:(1)分析家の言うことがまちがっていればよいのにという願望。兄の言うことを信じたがっている娘の夢。指の先に梅毒の初期症状が観察された夢(シュテルケによる自己分析)(2)「観念的」マゾヒスト
・ハンニバルの父の名の訂正
・ハンス症例(妹への殺意)
・「お父さんが死んでしまったということがぼくによくわかるんだが、だけどなぜお父さんが夕御飯のときにうちへ帰ってこないのか、ぼくにはそれがわからない」
・クロノス、ゼウスによる父の去勢挿話のヴァリアント(ランク『英雄神話の誕生』)
・翌日の重要な仕事に失敗するのではないかという不安が引き起こす[及第した]試験の夢。片目の教師
・夢に歪曲されないかたちで夢に現れた強迫観念(夢に登場する会話が日中の記憶に基づかない唯一の例)
・リュンコイスの小説「うつつの夢」における「辻褄の合わぬ夢を見たことの決してないという不思議な性質を持ったある男について」
・一つの夢の全体的分析(ドラ症例)
・小説の筋を身振りで演じるヒステリー患者
・「言葉の橋」(『機知——その無意識との関係』)
・速記術の記号のような暗号は。夢のみならず民間伝承(神話、伝説、諺、格言)、地口において余計に見出される。
・王と女王は両親の象徴、長く伸びたもの、鋭く尖ったものは男性器の象徴、etc. 「夢象徴は男性性器を手を変え品を変え描写して、言葉の洒落と同じく倦むことを知らない」
・化学者の夢
・歯刺激夢=出産夢(ユング)
・類型夢としての飛行夢
・墜落夢、泳ぐ夢
・成人の夢が性的である必然性((『性理論についての三篇』)。「性衝動がその無数の諸成分において受けざるを得なかったほどの抑圧は、他のいかなる衝動も受ける必要がなかったのであり、いかなる衝動といえども性衝動ほどに多くの、また強烈な無意識的願望の数々を残しはしないのである」
・表向き意味のない夢が性的願望をあらわす例。後部からの交接
・既視感は母親の膣内。「母胎内生活に関する空想や思想は、生きながらにして埋められるという[……]奇態な不安を解釈させると同時に、われわれの生誕以前の、この不気味な生活の、未来への投影を現すにすぎぬところの、死後の生命に対する信仰のもっとも深い無意識的根拠づけをも含んでいる。いずれにせよ、出産行為は最初の不安恐怖体験であり、したがって不安恐怖体験の源泉ならびに模範である」
・盗賊、幽霊の正体
・「正字法は言葉の響きのうしろにしりぞいてしまう」。Ahren/Ehren(ランク)、Kasten / Schrank
・先のとがった神の帽子
・死者が生きた姿で現れる夢の意味:「もし生きていたら何と言うだろう」。「もし……ならば」を夢は現在の状況としてしか表現できない。
・祖父が生きていて、遺産を使い過ぎはしないかと釈明を求められる夢:死んだ人間はこんなことを経験せずに済んだという慰め、あるいは死んでいるのだから嘴を挟むことはできないという満足感。
・シラーの生地の記憶違い
・傾向的な機知
・ドラにおけるあまたの空想が重なり合ってできた夢
・論争的なフロイト自身の夢とはちがい、別の人の夢では白日夢と類似した夢が多い。
・神経症者と器質的な脳の破壊における自由連想の相違(ユング早発性痴呆論)
・「医師の私という目標表象」(ユング「診断学的連想研究」)
・対立的願望充足の交点においてヒステリー症状が生まれる(「ヒステリー患者の空想と両性性への関係」)

スポンサーサイト

フロイト=ジョーンズ往復書簡(1908年)


 アーネスト・ジョーンズは1908年4月のザルツブルクにおける会合でフロイトに出会い、そのあとウィーンでひとときをともにした。

J1 (13/05/1908)
 ウィーンの歓待への礼。麻薬中毒でブルグヘルツリに入所しているオットー・グロスは、ユングの治療を受けることになるが、グロスにたいするユングの嫌悪感情を考えると先行きが不安である[この不安は的中することになる]。二人のあいだにはひとかたならぬ道徳的な問題がよこたわっている。グロスの妻と[かのじょの分析家である]じぶんの関係はこじれている。グロス夫人は夫と犬猿の仲である別の男に夢中である。グロス自身は男たちが妻を愛することをよろこんでいる。これは自由恋愛についてのグロスの持論の倒錯的でパラノイア的な帰結である。妻のほうは夫のこの干渉主義が気に入らず、夫の女性関係に極度に嫉妬している。このことは極秘に願いたし。カナダではクレペリン熱が猖獗を極め、ミュンヘン詣での一団が訪欧し、トロントにもクリニックを設けるつもりでいるので、じぶんも職にありつきたいものだ。クレペリンはユングの連想実験については評価している。昨日はヒステリーについて「抑圧」という語を口にした。たいした前進ではないですか[nicht war]。やっと1886年[編注によればフロイトの男性ヒステリー論の刊行年]の時点にまでたどり着いたのだから。クレペリンの弟子たちはほぼフロイト派に寝返りつつある。かれらにじっさいにヒステリーの治療を手がけることを薦めると、ヒステリー患者には一人も行き当たったことがないとの答え。かれらの頭にはもっぱら緊張病、外傷神経症、早発性痴呆云々のカテゴリーしかないのだから当然だ。じぶんがカナダ行きする際にはバーナード・ハートに後を託す。明日本人がウィーン入りしたらフロイトを訪問させる。

J2 (27/06/1908)
 御書状(紛失)有り難く拝読。いますぐミュンヘンを発ち、チューリッヒ入り、その後ロンドン経由でパリにてマリーらに会う予定。グロスは先週ブルクヘルツリの塀を乗り越えて脱走、ミュンヘンに戻ってきた。昨日会ったが、完全なパラノイアで外界から遊離している。しかもコカインをまたはじめた。躁状態にあり、クレペリン攻撃を開始すると息巻いている。

J3 (26/09/1908)
 ついに念願のトロントにいる。シュテーケルにコンタクトをとりたがっている同僚がいる。『夢解釈』新版のドイツ語は一体に翻訳可能であろうか。

J4 (08/11/1908)
 ドイツ語の旧字体に不慣れなため、御書状(紛失)の翻訳に二週間を要した。シュテーケルの本は分析理論につうじている読者にとっては冗長にすぎ、不案内なものには難解すぎるが、不安状態の分類は評価できる。ジャネの神経衰弱概念にとって代わるべきものである。アブラハムの本を読了。イギリスの神話と童話については正しいことが書かれている。叢書に「子供の遊びにおける願望充足」について書きたい[ジョーンズはのちにメラニー・クラインの支援者になる]。軽躁症患者において、ミサと聖体拝受が「身体下部の上部への移動」の象徴となっていることを確認。イギリスの古い夢理論についてモートン・プリンスの雑誌に執筆。ブリルと共同執筆する啓蒙記事の構想。意見を聞かせてほしい。特にアメリカでは需要が多いので早急にとりかからねばならない。質問。麻痺状態は内的な複合への注意の集中により説明できるか。不安夢の心的状態は暴行されたいという受動性に規定されているのではないか。

F5 (20/11/1908)
 ドイツ字体を煩雑とお感じであればいっそ英語でお便りします。英語の間違いはご容赦を。シュテーケルの本については同感だが、あるしゅの嗅覚がある。「子供の遊びにおける願望充足」を英語ででも書いてほしい。ブリルとの共同の記事については賛成だ。麻痺状態については皮膚の性感帯が無意識的な複合に影響されている可能性があるが、それ以上は何とも申し上げられない。麻痺は症状ではなく、変質徴である。不安夢は特定の体質とは無関係であるが、マゾ的な人に苦痛を内容とする夢が観察される。『夢解釈』第二版でそれに言及している。

J6 (10/12/1908)
 訪米は延期。好奇心だけは旺盛なアメリカ人気質を考慮すると現在のブームはあてにならない。進歩にたいするアメリカ人の態度は嘆かわしい。フロイト的心理学についての論文は多く刊行されているが、内容は薄っぺらい。精神分析の性的基盤は反撥を招くであろう。少数の真剣な同志を養成するのがのぞましい。モートン・プリンスの雑誌に掲載したザルツブルク講演の原稿は好評。われわれの運動は厳密な科学性を保つべきである。品位を保つことで信頼を得ることができるであろうから。いかがわしい宗教運動とはかかわりをもつべきではない。『心理理論』誌に執筆を拒否したのは正解であった(フロイトとユングも同様な態度をとった)。モートン・プリンスは善良な読者を慮って性的な話題は敬遠し、前意識にうつつを抜かしている。子供の遊びは校医時代からのテーマであった。不安夢についての回答には納得がいかない。やはり女性的な体質の者が見るのではないか。暴行を内容とする夢が多いので。カナダ人は単細胞で不信心で粗野で愚かな軽蔑すべき人種だ。金とスポーツのことしか頭になく、酒や煙草のかわりにガムを噛んでいる。繊細な感情もユーモアのセンスもない。大学での仕事の内容。ヒステリーについての無理解。

1908年のフロイト=フェレンツィ往復書簡(その4)


20F (27/10/1908)
 娘の婚約。白日夢は人に語られないだけに研究が困難。独自の観点を探るべし。

21Fer (22/11/1908)
 『夢解釈』第二版。ハンガリー語における言葉遊び(口=女性器)。

22F (26/11/1908)
 諸般の事情で会合を延期。技法概論は24頁まで進行。ブリルの早発性痴呆分析。『夢解釈』の外国語版。ブリル、ジョーンズ、アブラハム、ユングとの文通。技法と神話。

23Fer (29/11/1908)
 技法論はうれしい驚きだ。この本はわれわれ若輩者にとって是が非でも必要である。当方も技法に関する小さな論文(『投射と転移』の第一部と推測される)に取り組んでおり、ウィーンへの手みやげとするつもり。その際、『夢解釈』のハンガリー語版についてもお話したい。

24Fre (10/12/1908)
 ウィーン行きはクリスマス休暇に延期。

25F (11/12/1908)
 論文(性的不能論?)への謝辞。技法概論は34頁まで進んでいる。クリスマスまでに40~50枚を超えることはないだろうが、感想を述べてほしい。フェレンツィ論文「現在-精神神経症」。パラノイア、心理的インポテンツなどについての議論をたのしみにしている。

26Fer (15/12/1908)
 「幼児期の性理論」誤植の指摘。ハンス症例の刊行が1809年になっているのは、1909という通常ならざる数字ゆえに Antedatieren が起こったものであろう。植字工のミスであろうが、年報刊行の遅れにたいするフロイトの不満の表現である可能性もある。

1908年のフロイト=フェレンツィ往復書簡(その3)


19Fer (12/10/1908)

 このところ自分や別の人の白日夢について調べている。その結果、フロイトの夢理論の正しさが証明された。「詩人と空想」には、歪曲されていない願望の白日夢が解明されている。自分の経験では、夜間の夢と同じくらい歪曲されていることもしばしばである。たとえば、日中にみる不安夢、焦燥感の夢。その場合の「願望充足」は不愉快な表象として現れる。前意識的な願望である場合もあるが、無意識的な願望である場合もある(美術館での地震の空想)。その場合、夜間の夢と同様、移動と圧縮がはたらく。間接的な描写においては健常者と神経症者のちがいが観察される。神経症者にあっては夜間の夢と似ている。健常者にあっては、白日夢における象徴や二重の意味をもつ語は夜間の夢とは別様に解釈される。「二次加工」については、白日夢においてのほうが余地が大きい。精神神経症患者の白日夢は「症状思考」。健常者の白日夢においては前意識的な願望がメインである。両者の白日夢の境界は流動的である。
 音楽家は、空想をこれに関連した旋律に隠していることが多い。
 無意識的な思考を断片化したり歪曲した空想は、神経症者の無意識的空想への移行状態である。無意識的な空想は万人に見られるが、健常者にあっては前意識的な空想や意識的な思考と複合することがすくない。
 パラノイアについて。アルコール中毒性の嫉妬妄想の患者。かれの万人にたいする嫉妬は、アルコール摂取に比例している。このことは、妄想はつねに撤退したリビドーの新たな現れであるというフロイトの見解に倣った自分の見立てと一致する。アルコールは快を生み出すが、対象愛に障害がある場合、そのようなリビドーの追加は苦痛をもたらし、リビドーはその価値をネガティブなものに変えて他の人に押しつけられる(異性愛的リビドーを撤退させた事例)。アルコールによる嫉妬妄想はアルコールの特別なはたらきではなく、毒素によって快が生じたことをきっかけとして、すでに自体愛的になっていた人においてリビドーが増進したことおよび投射と理解しうる。[現在]不安神経症とパラノイアにおける迫害不安とのあいだにも同じような関係がある。いずれの場合にもリビドーの過剰が問題である。
 ユングのパラノイア観についての詳細が聞けないのは残念である。とくに、パラノイアはつねに同性愛の回帰であるとする説について関心がある。対象愛から撤収されたリビドーの一部がふりむけられることで、抑圧されていた同性愛が強化されるが、抵抗によって意識には到達せず、投影によってネガティブな価値に変わり、あるいは象徴的にのみ表現される。これはふつうの迫害妄想にあてはまる。嫉妬妄想の場合は複雑である。異性愛的なリビドーがすべて撤収され、そのリビドーが「幽霊」としてかつて愛していた人にネガティブな価値をともなって向けられる。とはいえ同時に同性に投影され、両者の投影機制が統合されて、そこに嫉妬妄想が繋ぎ合わされる。ふつうの嫉妬にはすでに、女性にたいして同性愛的なリビドーを投影するという一面がある。男性が恋敵にたいするそれと認められていない共感と関心をじぶんじしんと世間にたいして隠すことが、何人かの現代作家の作品において観察される。パラノイア性痴呆から早発性痴呆にいたる道は連続的であり、自体愛と投影との配合はさまざまでありうる。
 あきらかに願望充足的な空想が苦痛であるケースでは、検閲が機能して、幼児的な性愛や幼児的なエゴイズムが罰されている。

1908年のフロイト=フェレンツィ往復書簡(2)


7Fer (28/03/1908)
 医師会での講演「フロイトの研究に照らしての神経症」の成功。二名が陳腐きわまりない異議を唱えただけ。

8F (30/03/1908)
「性格と肛門愛」送付の由。

9Fer (09/05/1908)
 ベルヒテスガーデンでの滞在についての問い合わせ。ジョーンズとブリルがブダペスト来訪。転移についての重要な発見。ランクの『芸術家』読書中。ハウプトマンのギリシャ旅行記。

10F (10/05/1908)
 ベルヒテスガーデンに滞在中にオランダかイギリスに小旅行の予定。

11Fer (08/06/1908)
 ウィーンフロイト協会の会議に出席できないので小さな記事を送付したし。8月15日頃にベルヒテスガーデンに行ければ。

12F (28/06/1908)
 「心理的性的不能の謎」。他の神経症的な障害ではなく性交能力の制止を生じさせる要因は何か。

13Fer (03/07/1908)
 性的不能については神経症の微妙な病因論と関連しており、フロイトにこそその解明を期待したい。アドラーの説は低レベルであり、フロイトの「身体側からの対応」を水で薄めたものにすぎない。量的な要因とともに特定の器官の時間的素質(フリースの周期理論)が関係している可能性がある。器質的な要素をチェックするために家族分析が必要だ。

15Fer (17/07/1908)
 イプセン作品の心理学的意義。『海の夫人』は、強迫表象の精神分析的治療を先駆けている。

16Fer (03/08/1908)
 休暇を早めにとれたので8日にベルヒテスガーデン入りしたし。

17F (04/08/1908)
 9月1日にイギリスに発ち、兄に会わねばならない。執筆(編注によれば、ハンス症例の完成、鼠男の分析、「幼時の性理論」)に忙殺されている。息子たちはフェレンツィとの登山を楽しみにしている。

18F (07/10/1908)
 文通を再開できることをうれしくおもう。チューリッヒ行きは満足できるものであった。ユングはブロイラーから離れ、全面的にわれわれの側についた。ウィーンを来訪したブロイラー夫妻を自宅に招く。

1908年のフロイト=アブラハム往復書簡(その5)


52A(10/11/1908)
 昨晩のことをお知らせしたくてうずうずしていた。「ベルリン精神医学・神経疾患協会」で「親族婚と神経症」について話をし、全体として成功をおさめた。オッペンハイムの指摘をとっかかりにして、オッペンハイムとフロイトの見解を繋げた。無用な反論を引き起こしそうな話題(同性愛との関係etc.)は避けたが、性理論を完全に擁護し得た。フロイトの名を挙げるのをほどほどにしたのも功を奏した。幼児性欲の概念を除き、オッペンハイムの賛同をも勝ち得、非公式に賛辞を受け取った。ツィーエンらの攻撃は受けたが、盛況のうちに閉会。いまや道は平坦だ。晩冬にはより「重装備」で攻勢をかける。ユングにも「年報」用に発表原稿を送付した。シュテーケルの著書はベルリンでよく読まれており、医師たちの精神分析への関心を高めている。フロイトの著作の再刊も好評である。ドイツ神経学会が来年10月にウィーンで会合を開くが、攻勢をかける余地があるだろうか。モルの著作は無理解に満ちている。

53F(12/11/1908)
 発表原稿拝読。アブラハムのとった戦略は正解である。幼児性欲理論への抵抗によって、『三篇』が『夢解釈』と同じくらいの価値をもつ仕事であるとの思いを強くしている。モルの著作は悲惨かつ不誠実。状況が急変しないかぎり、ウィーンの学会を自分は見送る。遠方のあなたとは立場が違う。ウィーンの同胞諸氏にむやみに戦争を仕掛けて怒号の雨を降らせるには及ぶまい。逆にわれわれを血祭りにしようと待ち構えている彼奴らに待ちぼうけを食わせてやることこそわが狙いである。あなたは自分の判断で出方を決めてほしい。現在、「精神分析の一般的方法論」を執筆中なるも進捗は遅々たるもの。長女マティルデが婚約。

54A(23/11/1908)
 マティルデ婚約への祝辞。『夢解釈』第二版拝受。当初売れなかった本の重版が何年も経ってから刊行されるという例はめずらしい。『三篇』への抵抗の大きさは自分もつねづね認識している。『三篇』は自分のフェイヴァリットである。掘り下げて研究する価値のあるアイディアに満ちているからだ。対して『夢解釈』は完璧な書物なので、自分などには付け加えるべきものが何もない。さらに『三篇』が好きな理由は、凝縮した記述にある。一文一文につねに発見がある。ウィーンの学会はともかく、われわれの会合はどうするのか。自分のところには分析例が不足している。精神分析を始めて一年、所得は思っていた以上に増えたが、投資額を上回るものではない。当初幻覚症状を呈していた患者はいわゆるメランコリー的な錯乱思考のメカニズムをあらわすようになっている。幻覚の諸形態における心因というテーマにもそのうち取り組みたい。追伸。帝国議会での傑作な lapsus linguae。rückhaltlos と言うべきところを rückgratlos。ついでに傑作な書き間違い。歯科医に恋している女性患者が家族に宛てて「すばらしい Prozedur」と書くべきところを「すばらしい男性 Creatur」と書き送った。

55F(14/12/1908)
 多忙に明け暮れているが、文通を途切れさせないために挨拶を送る。書評の抜き刷りを送付したし。「年報」は印刷中。

56A(18/12/1908)
 書評ではツィーエンへの実際の反論の辛辣さを和らげて書いた。ベルリンの状況は良好。オッペンハイムの病院にて17歳のユダヤ人貴族を分析。5年前より背中の痛みと性的な神経衰弱を訴えている。家族内での同一の症状。これまででもっともやりがいを感じる症例である。一月前、シャルロッテンブルクにフロイト派の集会ができた。アブラハムの患者の文献学者が勤務先の校長にフロイトとアブラハムの著作を渡したところ、感化された校長が同僚の教師たちと活動を始めた。校長はこれらの著作を知らない者を遅れていると見なしている。書店主によると、遅れていると思われないために教師たちが『夢解釈』を競って購入しているらしい……。外傷神経症についての自著の英訳を「異常心理学雑誌」のモートン・プリンスに送り、出版したいテーマについて話したところ、原稿を送るよう言われたが、もともと出版の意図はなかったようで、だいぶ経ってから不採用の通知とともに脂まみれの原稿が返送されてきた。さらに不快な知らせがユングから届く。印刷中の「年報」ではアブラハムの書評が保留になっているとのこと。おそらくユング自身の論文に差し替えたのだろう。事後通告とはデリカシーを著しく欠くやり方だ。そこでユングに丁重に返事を書いた。ドイツとオーストリアの文献の書評をとりやめるのはいいとして、フロイトの著作の書評はぜひ載せてくれと。多くの同業者に需要があるし、第一分冊に載せるのが妥当である。いっそ三点とも印刷を拒否し、ユングに権限の限界を悟らせてやるべきだった。フロイトの意向に適うように自分の要求は可能なかぎり抑えたつもりだ。グラディーヴァの彫像とそっくりな彫像についての資料を同封。

57F(26/12/1908)
 資料への謝辞。ユングとの新たな確執は遺憾。チューリッヒではよく話し合い、わかってくれたものと思ったし、最近もアブラハムとの和解をよろこぶ手紙を受け取っていた。今回の件ではユングに分がある。編集長としての責任を果たすためには力技も必要であり、今回のふるまいはアブラハムへの悪意によるものではない。第一分冊には親族婚の論考を載せられただけで満足すべきだ。第二分冊への繰り下げは誠意を欠いた扱いとは言えない。ユングにたいして無用な不信を抱かぬよう。それは迫害コンプレクスの前兆だ。今回のことから遡って以前のユングの態度を事後的に非難しないでほしい。自分は「年報」の編集に影響を及ぼさないように努めてきた。自分と同じようにふるまってほしい。そのことで名誉が失われることはない。大義をめぐるユングの将来的な態度についてのアブラハムの予言は当たらなかったではないか。われわれを取り巻く敵意の存在もわれわれに結束を促している。かねてから二枚舌だったモートン・プリンスの今回の仕打ちは嘆かわしい。あなたさえよければ、ブリルとジョーンズに「異常心理学雑誌」への執筆をとりやめさせてもよい。今日はラジウムのおかげで何時間も調子がよい。これは奇跡の元素だ。こうした大きな利得はまさに利得の大きさゆえに台無しになるものだ……。自信をもちたまえ。今回の事態もわれらが先祖伝来の粘り強さが解決してくれるだろう。クリスマスにはシュタインとフェレンツィを招待している。ベルリンのアブラハム博士が合流してくれれば豪華な顔合わせになるのだが。診察が多忙で「精神分析の一般的方法論」は滞っている。ミュンヘンにもシャルロッテンブルクのに似たサークルがあるそうだ[オットー・グロス主催]。とはいえ、どんな学問も大衆化することでたいせつなものを失ってしまうものなので、喜んでばかりもいられない。ハンス症例は激しい反論を引き起こすであろう。われわれにはアーリア人の仲間がどうしても不可欠だ。さもなければ精神分析は反ユダヤ主義の餌食になるだろう。

1908年のフロイト=フェレンツィ往復書簡(その1)

 ユング、アブラハムに次いで、いよいよフェレンツィ登場!

1Fer (18/01/1908)
 会に迎え入れられたことへの感謝(シュタインの紹介による)。2日の会合を楽しみにしている。

2F (30/01/1908)
 娘の病気のため、かつてユングとアブラハムにしたように招待できないことを詫びる。

3Fer (10/02/1908)
 明日ハンガリーからの女性患者を来訪させる。フェレンツィの診断では嫉妬妄想のある初期パラノイア。談話から転移が可能と判断、分析治療の見込みあり。ご判断を仰ぎたく、ウィーンに赴かせた。施設での治療が適切だとおもわれるが、そのひつようはないであろうか。
 会合の礼。数日来、ハンガリーのことわざや民謡の「謎解き」を集めている。謎かけの意味は夢解釈に似ている。どの謎にもサディスティックな要素が含まれている。謎解きを好む人々は、マゾヒズム的な特徴をもそなえているのではないか。大衆的な謎解きには性的なほのめかしが非常に多く、そのほかの機知のモチーフや表現手段が使われている。恐怖症の発生についてのフロイトの理論は、「怖がらせるよりも怖がるほうがよい」というハンガリーのことわざに似ている。

4F (11/02/1908)
 マルトン夫人(くだんの患者)に会った。重度のパラノイアであり、ブダペストの施設でフェレンツィが治療すべし。患者の論理的思考ではなく妄想を治療の手がかりとせよ。この手のパラノイア患者は幼児期の同性愛的固着によって女性を好きになるが、この感情に逆らい、それを夫の側に投射する。夫に向けられたリビドーは女性から撤退することで強まる。嫉妬というかたちで患者は夫に非常に強い感情[Potenz]を向ける。謎解きは機知において高度化されるテクニックを先駆けている。謎解きと機知の比較研究は誰も手がけていないが意義がある。

5Fer (18/03/1908)
 マルトン夫人は本質的でない異性愛的逸話を前面に押し出している。同性愛的な逸話をいかなる抵抗もなしに語るが、そこにいかなる意味をも認めない。彼女は倒錯ではない。同性愛的な記憶から情動を剥奪し、女性への愛情を夫に押しつけている。患者はいつもとても年かさかとても若いか低い社会階層の女性と夫との仲を疑う。愛情を親戚関係か友人関係の影に隠している場合は、夫の出番はない……。精神分析の効果はゼロにひとしい。患者は精神分析をすぐに妄想の体系に組み込んでしまう。フェレンツィは分析家への敵意を利用して探りを入れている。講演「フロイトの研究に照らしての神経症」。

6F (25/03/1908)
 家庭の事情で返信が遅れた。マルトン夫人の分析は失敗したが、来るべき神経症研究の糧となるはず。自分も同じ事例をたびたび見てきた。夫に不満な妻が女性に目を転じ、長い間抑制されていた女性好きな素質にリビドーを注ぎ込むが、それにたいする抵抗が出来し、同性愛者にはならず、女性からリビドーを撤退させる。パラノイアにおいてはこのリビドーが夫の側に投影される。ザルツブルクのプログラムが本日到着。かの地での再会を。

1908年のフロイト=アブラハム往復書簡(その4)

(前回までのあらすじ)
 フロイト親父の懸命な仲介の甲斐あってユングとアブラハムの兄弟喧嘩は沈静化の兆しを見せはじめるが……。仁義なきフロイト戦争! 


38A(09/07/1908)
 ヒルシュフェルトの雑誌に「アルコールとセクシュアリティの関係について」寄稿。親族婚の心理学についての論文も準備中。親族婚は神経衰弱の原因になり、神経症に罹りやすい人は親族を結婚相手に選ぶ傾向がある。父あるいは母という原初的対象からリビドーを切り離せないためだ。哲学博士とその妻の不安ヒステリーを治癒。かれらは親族婚である。チューリッヒについては言うべきことなし。オッペンハイムの精神分析にたいするかつての抵抗が寛容さへと変化しつつある。最近も若い患者の分析を依頼された。

39F(11/07/1908)
 「年報」の書評は簡潔さを優先させること。ユングからはほとんど便りがない。ユングとアブラハムの不和は遺憾。両者ともに相手を理解しようとする努力が足りないのではないか。この度のアブラハムのはからいには感謝している。大義(Sache)のために和解が不可欠である。あなたがたは二人とも自分にとってはかけがえがない。親族婚については自分たちの会でも話題にしている。従姉妹は姉妹の代替物になることが多い。親族婚のケースは診断が良好である。15日にベルヒテスガーデンに発つ。

40A(16/07/1908)
 先便でチューリッヒに触れたのは、ユングとの一件を念頭に置いたものではなく、チューリッヒの状況一般についてであった。チューリッヒを向こうにまわす意図はない。ユングへの手紙の書き方には配慮している(なんなら写しをお送りしてもよい)。返事がないのは不服ではあるが、和解できれば本望だ。ブルクヘルツリとの関係は維持したい。飛び出しはしたものの、いい想い出がある。わたしにたいするユングの態度はひとつの症状である。ザルツブルクに列席したウィーンの方々はチューリッヒに幻滅したであろうが、変化の兆しがあると聞く。先便の一節はそのことをふまえている。ここだけの話だが、ユングはまたぞろ心霊主義に傾倒している。かりにそれがわれわれを蔑ろにしている理由であれば、ブルクヘルツリはもう終わりである。ブロイラー一人では何もできまい。ブロイラーはこりかたまった偏屈漢だ。表向きの愛想のよさは内面の巨大なコンプレクスを隠す仮面だ。他には期待できる者はいない。リクリンはユングの傀儡だ。せいぜいメデールだけだろうか。アイティンゴンからの積極的な協力は望めない。先便のくだりはこういった状況を懸念してのもの。「年報」の書評は簡潔さに努めるが、簡潔すぎてもまずいのではないか。フロイトの著作をレジュメするだけでは意味がない。思想の方向性と現状を示すべきではないか。講義の件の質問にまだ答えていただいていないが……。

41F(17/07/1908)
 送付された「親族婚と神経症の心理学」についての「アドバイス」。何頁の定冠詞を指示形容詞に直せ云々といった細かな指摘。あるいは、『夢解釈』第二版および「詩人と空想すること」からの引用を然々の箇所に入れるべしといった指示。物体愛についての見解を知りたい。クロノスへの罰は去勢を含む。聖なるものとして古代において崇められていた蛇は、キリスト教にいたって悪魔の動物ともなった。男根崇拝と同様である。バビロン神話において林檎と呼ばれているものはザクロである。geboren と behoren の同音は幼児の興味深い空想の源泉になり得る。ほかの言語でも同じなのだろうか。

42F(20/07/1908)
 「アドバイス」のつづき。二次加工についての記述が不適切である。『夢解釈』を参照のこと。9月末にチューリッヒを訪れる所存。ユングについては好意をもっているが、ブロイラーについてはそのかぎりではない。一体に、われわれユダヤ人には神秘的な要素が欠けているので、ものごとをもっと気楽に考える(wir Juden haben es im ganzen leichter.)。講義の件はオッペンハイムとの関係を考慮してきめるべし。

43A(23/07/1908)
 論文の修正完了。自分の論文に関心をもっていただけるのはうれしいが、修正のための再読はしんどかった。物体愛についてはいずれ論文を書きたい。事故に由来する神経症が新たなテーマとして浮上した。性との関連は疑いない。モルに講演を依頼さる。

44F(23/07/1908)
 論文「早発性痴呆とヒステリー」[ザルツブルク講演]拝受。きっぱりとして明晰な物言いがよい。これはユダヤ人の気質に通じることだ。われわれは互いを理解しあっている。ただしユングとの不和を顕在化させたことは論文の美点を霞ませている。アブラハムにはこのように書く権利があるが、その権利の行使に際してさらに慎重であってほしかった。ユングにも同じようにアドバイスしてあった。チューリッヒを訪れる際にできるだけの修繕策を講じよう。私に好意を寄せるスイス人たちの潜在的な反ユダヤ主義が倍になってアブラハムに転嫁されているのではないかと密かに考えている。どこにおいてであれ、われわれはユダヤ人として、必要とあらば争いに加わり、一抹のマゾヒズムを発揮して多少の悪には身をさらす覚悟がいる。ブルツヘルツリとの協力についてのあなたの悲観主義を自分は共有していない。ブロイラーのことはお委せする。ザルツブルクでのブロイラーはきわめて unheimlich な印象をわたしにあたえたので、あなたの気持ちはわかる。ユングについては別だ。自分はかれに個人的なシンパシーを抱いており、それを頼りにもしている。手紙によれば、ユングはあなたと同じくブロイラーに好意的ではない。かれは後戻りはできず、過去を消すこともできない。ユングが編集に加わる「年報」という絆を壊してはならない。願わくは、かれに私から離脱しようという意図がないことを。また、ライバル意識ゆえにあなたにものごとが正確に見えていないだけであることを。ハンス症例に没頭している。アブラハムにも関心をもってもらえそうだ。暇々に『夢解釈』第二版に手を入れ、『夢と神話』の校正刷りを読んでいる。読むにつけ、神話を解明する栄誉を分かち合えると確信する。乾杯!あなたの鋭さとユングの勢い[創意のほとばしり]を結びつけたいものだ。

45A(31/07/1908)
 仕事に関してのみならず個人的なことに関してまで時間と労苦を費やしていただくのが心苦しい。チューリッヒの件に関してついでに言わせていただきたし。あなたは書き方に配慮が必要であったとおっしゃった。活字にすることで、口頭発表のときよりも多くのことがはっきりした。執筆中はチューリッヒにたいしてよい感情を抱いていなかった。ザルツブルクに赴く直前、ユングのアムステルダム講演の原稿、およびユングとブロイラーがマイヤーに反論した論文を受け取り、さらにここの会合でブロイラーの発表を聴いた。それらには驚かされた。アムステルダムでのユングの失敗の理由がわかった。ブロイラーは発表において精神分析的な要素一切を削除した。連名の反論にいたっては、聞いたこともないことが書いてあった。精神疾患の患者に施された数年におよぶ分析によって一次症状と二次症状との分離が起こったというではないか。さらに毒素にかんする難癖。フロイトの名にも性理論にもまったく言及なし。加うるにマイヤー(まったくの無能)。ザルツブルク行きの際、アイティンゴンは[精神分析への]転向を告白し、早発性痴呆についてのユングの講演[未発表]はまったくフロイト的ではないと言った。ユングの講演には、自体愛など聞いたこともない者の手になるものという印象をもった。本人にもそう伝えてあった。われわれ相互の発表のあいだには理解しあえる余地はない。ユングのその後の辛辣さはあなたも認めている。チューリッヒの連中の態度にはあきれはてる。あなたからわれわれ二人に賜ったアドバイスに私は従ったが、ユングは周到にそれを退けた。ユングと自分の確執を知らない人に「ブルクヘルツリではフロイトは時代遅れだそうだ」と言われた。フロイトの願いを伝えた手紙にユングからの返事はなかった。あなたに含むところがなければ返事がないわけがない。あなたにこのことを書くべきかどうか一週間迷っていた。あなたの意見にしたがおうと努力したが、この一件に関しては楽天的になれそうにない。ユングと会ったことで私ほど喜んだ者はいないだろう。それだけにこの変節が胸にこたえる。自分のことをあれほど褒めてくれた手紙を受け取った直後だけにあなたにこのように伝えるのがつらい。しかし、あなたが個人的なシンパシーを抱いてくれているからこそ伝えないわけにはいかない。9月にチューリッヒで収穫があればさいわいだ。ユングにその気があれば、大義(Sache)に大いに貢献できるだけに、あなたがユングを手放したくない気持ちはわかる。われわれの敵に、あなたの陣営に回った唯一の病院がまた脱落したと言わせるのは癪にさわる。チューリッヒで即刻事態が好転しなければそのような結末は避けがたい。ベルリンはそれほど悲観的な状況でもない。いくつものよい兆候が現れつつある。外傷神経症について会ってお話したいが、しばらくは書簡でのやりとりになるだろう。『夢と神話』の校正了。

46A(21/08/1908)
 ベルリン精神分析協会の初会合が27日にある。参加者(全員医師)は、ヒルシュフェルト、ブロッホ、ユリウスブルガー、ケルバー。「年報」のためのフロイトの著作要約脱稿。いくつかの問い合わせ。フリードランダーの精神分析批判の文献も対象にすべきだろうか。スイス時代のアブラハムによる性的外傷についての論考はユングの担当になるのだろうか。「年報」に要約以外の記事を執筆する余地はあるだろうか。「性とアルコールの心理学的関係」刊行。同業者を分析中、睡眠薬の服用が自慰の代替物になっていることを発見。睡眠薬を二晩断ったところ、幼児的な吸引衝動が現れた。

47F(24/08/1908)
 協会発足への祝辞。「攻めにくいが重要な領土」であるベルリンで奮闘するアブラハムへのねぎらい。協会のメンバー中、真にあてにできるのはユリウスブルガーだけであろう。「年報」の編集責任は現在休暇中のユングにあり。ゆえにユングに直接問い合わせを。原稿もユング宛に。9月20日頃にユングを訪ねる予定。「年報」にはビンスヴァンガーのヒステリー分析も掲載される。チューリッヒでの経過はこちらから伝えるので、ユングとは事務的な話だけすればよい。『ヒステリー研究』第二版の裏表紙に『夢と神話』の刊行予告が出ていた。アルコールについての論文でソーマの解釈に確証が得られたことだろう。「性問題」誌に「幼児の性理論」、モルの新雑誌に「ヒステリー発作についての概論」を発表。チューリッヒ行きとの兼ね合いのため訪英については保留。

48A(29/08/1908)
 「年報」の記事についての問い合わせはもっぱら、フロイトがそれ以前にユングの手に渡る前に自分が目を通したいと言っていたためにしたもの。訪英はベルリン経由であろうか。

49F(29/09/1908)
 「年報」原稿は自分を通すに及ばず。肝心の話題。ユングは迷いから覚め、無条件で大義に賛同している。Bl.については見込みなし。ユングとBl. は決裂寸前。ユングはブロイラーの助手をやめたが診療所長に留まり、Bl. からは独立して仕事をする。ユングはアブラハムとの和解を望んでいるが、仲介をフロイトに委ねなかったのはさいわいだ。ユングがアブラハムの業績を高く評価していることが救い。アブラハムに誤解されていることをユングが遺憾に思っていることが言葉の端々から窺えた。というわけで希望を胸にブルクヘルツリを後にした。あなたに早く会いたい。ベルリンには一日滞在したが、イギリスからの帰りは兄と一緒で、ベルリンの姉[マリー]に会いに行ったのでアブラハムを訪問できず、市街見物もできなかった次第。

50A(04/10/1908)
 チューリッヒでの収穫にたいする喜びと感謝。ユングから受け取った2通の絵葉書からはフロイトの影響が明らかであった。ユングとの文通ではこの一件は話題にすまい。ブルクヘルツリについてわたしはあなたと見解を異にする部分もある。三年も住み込みで勤めていると多くのことがわかるものだ。ともあれユングが戻ってきたことはよろこばしい。ベルリンでの事情はお察しする。次回はわたしと妻のために時間を大いに割いてほしい。『夢と神話』を同封。いつぞや洪水神話の分析をした由うかがった気がするが、自分も洪水が妊娠の象徴であることを確証し得た。あなたも同じ解釈だろうか。今回の本で扱えなかったのが残念だ。イタリアで最初の精神分析の著作が刊行された。著者はバロンチーニ。心理学会での発表演題を「成人の心理生活における幼児の空想」とした。

51F(11/11/1908)
 じぶんにはアブラハムとユングのいずれもかけがえない。二人に友好を築いてもらえればなによりうれしい。アブラハム(およびフェレンツィ)とのほうが打ち解けられるのは事実だが、人種的な親近性を優先するわけではない。アーリア人も蔑ろにはしない。たとえかれらが根本的によそ者であるとしても。わたし個人のためではなく大義のために身を捧げていただきたい。『夢と神話』は大義に貢献しつつある。洪水神話については仰るとおりだが、「英雄の誕生」(ロムヌス、モーセetc.)という観点が必要であり、これはランク氏が次の著作で扱っている。洪水神話は二つの神話の関係づけを待ってはじめて解釈できるだろう。金曜の晩にあなたの先生[ブロイラー]夫妻を自宅に招いた。夫のよそよそしさと妻の気取りのわりにはたいへん感じがよかった。夫妻は「性」という言葉の代わりに別の言葉を選ぶべきだと私を非難した。そうすれば抵抗や誤解を引き起こさないだろうと言う。私はそのような姑息な策はとらないと答えた。「性」に代わる代案がかれらにあるわけでもなかった。『夢解釈』第二版は11月刊行予定。ドラ症例も再版される。協会の様子はいかがか。


 (次回予告)いよいよシーズン2も大詰め! 波乱のエンディング!! 乞うご期待!!!

1908年のフロイト=アブラハム往復書簡(その3)

 今回紹介するもののうち、とくに書簡28はよく引かれる有名な書簡。アブラハムとユングの確執に火がつき、往復書簡は最初のクライマックスを迎える。
 
25A(04/04/1908)
 『夢と神話』の原稿をフロイト宛に発送。すぐに出版すべきだろうか、あるいはユングとランクの仕事の出版を待つべきだろうか。サムソン伝説に注目していただきたい。「文化的性道徳」の抜き刷り拝受。ヒスの論文は同じテーマを扱っているが、性への言及が皆無で、フロイトのものと真逆である。

26F(19/04/1908)
 原稿拝受。神話についてはじぶんもすでに「ヒステリー患者の空想とその両性性との関係」において言及している。いくつかのアドヴァイス。(1)フロイトの名前や論争的なこと、精神病のことよりも[精神病理論はフロイト派内部での論争の主題であった]、神話を前面に出すほうが読者のためであろう。(2)文体も科学的厳密さより口頭発表やエッセーふうに。(3)もっと個々の神話に触れることができればベター。ランク氏[学位がないので「教授」と呼んでいない]の本より先に出版することは可能であろう。ユングの「精神病の内容」を数日来読んでいる。ドクター・ヒルシュフェルトが来訪し、アブラハムの連絡先を聞いて行った。

27A(30/04/1908)
 ザルツブルクの発表原稿に学会名を記したいが、どう記せばよいだろうか。ザルツブルクは上々の首尾であった。ブロイラーの態度を除いて。

28F(03/05/1908)
 中立的な立場の自分には判断できないが、ザルツブルクは意義ある試みであったのではないか。学会名はないので、記す必要なし。アブラハムの文面から察するに、アブラハムの発表はユングとのあいだに確執を引き起こした模様。この確執は不可避であるが無害である。大筋ではアブラハムが正しい。ユングの意見には揺れがある。とはいえ、仲間は少ないので、個人的な「コンプレクス」に由来する不和を許容してはなるまい。ユングがすでに放棄し、アブラハムが擁護している考え方をユングが認めることが大切だ。その希望はある。ユングの書簡によれば、ブロイラーは精神分析のつよい影響下にあり、早発性痴呆の器質的性質をふたたび否定しているそうだ。どうか本の出版を予めユングに知らせ、よく話し合ってほしい。ユングよりもアブラハムのほうがフロイトに忠実であることが容易なのであるから。アブラハムはフリーランスであるし、自分たちは同じ人種で、「知的体質」が似ているのだから。キリスト教の牧師の息子であるユングがフロイトにしたがうには多大な「内的抵抗」の乗り越えが必要だ。それゆえにユングとの同盟は貴重なのだ。彼に一役買ってもらうことで、はじめて精神分析はユダヤ民族だけの活動ではなくなるのだ。

29F(09/05/1908)
 返信がないので重ねてお願いする。同志のあいだに優先順位はつけたくないが、あなたが頼りである。

30A(11/05/1908)
 ちょうど手紙を書こうとしていたところあなたの手紙を受け取った。返信が遅れたのは大義(Sache)のためだ。あなたからの一通目の手紙を受け取ったとき、まったく賛同できなかったので、そのままにしておいたが、いまでは「怒りも激情もいだかずに(sine ira et studio)」読むことができる。あなたの言うことの正しさを認める。チューリッヒに手紙を書くことをためらいはしなかったが、すぐには送らなかった。接近が攻撃の種にならないかたしかめたかったのだ。文面をつらつらよみなおすに、論争はさけがたい。昨日、最終的な文面を作成した。これで面目が立つはずだ。ユングへの手紙を書き終えてから返信したかったため返信が遅れた次第。この件について自分に悪意はない。ユングとの対立を招かないかどうかすでに12月にお尋ねしていた際、あなたははっきりと否定した。草稿はブロイラーとユングの気に入る指摘を含んでいたが、本番では衝動的にその箇所を飛ばした。時間の節約という遮蔽動機によって自分をごまかしたものの、真の動機はBl. と J.への敵意であった。この敵意は、二人の最近の仕事によって引き起こされたものだ。Bl. とJ.の名前を挙げなかったのは、「かれらは性理論から離脱している。それゆえ、性理論にかんしてかれらをわざわざ引用すまい」という理由による。この言い落としが甚大な帰結を招くとはその場では思い至らなかった。自分は今後もあなたについて行く所存。よろしくご指導願いたい。ユングのほうがあなたに容易についていくなんて願い下げだ。自分のほうもつねにあなたとの「知的親近性」を感じている。タルムード的な思考様式はわれわれから容易に消え去ることはない。数日前、『機知——その無意識との関係』の一節に引きつけられた。その一節は隅から隅までタルムード的であることに気づいた。チューリッヒでは、ブロイラーとユングが、かれらのタルムード的ならざる気質に根をもつ抵抗をすぐに克服することをいつも好ましくおもっていた。かれらの転向はこの気質のためにさらに苦痛に満ちているのだ。
 『夢と神話』についてご指摘の変更にすでに着手。ドクター・ヒルシュフェルトを来訪。[性生活調査の]アンケートへの協力を依頼され、同性愛の患者を任される。

31F(15/15/1908)
 「年報」は二分冊で刊行することに。最初の巻はこれまでの精神分析的著作の紹介にあてられる。ユング(チューリッヒ)、メデール(フランス)、ジョーンズ(イギリス)が協力。フロイト(ウィーン)とドイツについてはユングがアブラハムを推薦した。フロイトの項目については荷が重ければフロイトに馴染んでいるランクに依頼する。本人も乗り気だが、アビトゥーア受験が控えている。フロイト自身は両分冊に症例研究を載せる。

32A(19/05/1908)
 フロイト夫人の来訪。「年報」の依頼受諾。フロイトの著作はすべて所有しているが、ウィーンの他の仕事についてはランクにたのんでリストを作成してほしい。ドイツについては数えるほどしかないので何とかなる。「ソーマ」神話に取り組む。『機知』がヒントになり、精神疾患の心理学についての新たな認識にいたった。とくに報復妄想について。ヒルシュフェルトの雑誌に「昇華と性欲動」について寄稿予定。

33A(27/05/1908)
 フロイトに指摘された『夢と神話』の修正点は無事クリア。

34F(29/05/1908)
 ブロイラーに「年報」の共同編集者になってもらう。

35F(07/06/1908)
 『夢と神話』を「最初の読者」として賞讃。「偉大な群衆心理学者たち」の作品[=神話]とフロイト理論との合致への驚き。以下、若干のコメント。モーゼの杖のしなやかな蛇への変容は、勃起のまごうかたなき(逆転的)表現である。おそらくこれは「人類が立ち会ったもっとも驚くべき出来事である」。アブラハムの論点と通じ合うフロイトの「詩人と空想」に言及してもいいかも。精液の強壮的効果はインド的な性愛において直接的な表現を見出せる(フックス参照)。ソーマの媚薬は、陶酔を引き起こす飲料はすべからくリビドー独特の毒素の代替物であるという予感を喚起する。ランク氏は「年報」のためにご用立てする書類を集めている。自分はベルヒテスガーデンにて執筆する予定。

36A(11/06/1908)
 賛辞に力づけられた。「年報」の書評には、執筆者の立場を反映させるべきではないか。現在、『性理論のための三篇』まで執筆済みで、『日常生活の精神病理学』にとりかかるところ。モルから新雑誌への参加を打診され、承諾。オッペンハイムが分析希望の患者を送り込んできた。「年報」の仕事をもとに医師向けの講義を行う予定。ここ、「不実な者たちの国においては(in partibus infidelium)」そのような講義は危険な攻勢であろうか。ユングとの一件については後悔しているが、先方からの返事が一月以上ないので何も言えない。質問(1)Simplicissimus 誌にフロイト用語を使って執筆しているポルガーなる者は何者か?ひょっとしてマックス・グラフ?(2)『日常生活の精神病理学』第二版のがらがら蛇(Klapperschlange)はコウノトリ(Klapperstorch)に由来するのであろうか。ソーマの媚薬についてはいずれ陶酔の心理学に取り組むつもり。

37F(14/06/1908)
 (1)ポルガーは本人。(2)がらがら蛇はクレオパトラ、およびヴォルターになりたいという若き日の空想に関係するだけ。ユングはオットー・グロースにかかり切りなのではないか。書評は簡潔にお願いしたし。

1908年のフロイト=アブラハム往復書簡(その2)

19A(29/01/1908)
 二人の不安神経症患者。性的不能が病因。患者の妻に夫の不能は治癒すると告げたとたん、妻はハンドバッグの口を開け閉めさせはじめた。くだんの強迫神経症患者は徐々に快方に向かっていたが、辛抱しきれず、分析は中断。ユングよりザルツブルクへの招待状を受け取る。「ヒステリーと早発性痴呆の性心理的相違」についての発表を予告。自体愛についての新たな観点を思いつく。会合では性的要素の重要性を強調するつもり。不安神経症についてのフロイトの最初の論文(1895年)において、恐怖症における情動は精神療法では克服できないと書いておられる。いまも同じ立場だろうか。上記の患者のことでそれが知りたい。自分は技法的に上達しつつある。オッペンハイムの病院に診療に通っているが、心的なものを理解しようという風土はあそこにはない。ご令嬢の回復をお祈りします。

20F(16/02/1908)
 家族に病人が続出して返信が遅れた。お尋ねの件については不安ヒステリーについてのシュテーケルの本を参照願いたし。じぶんの理論的立場に変わりはないが、じっさいには純粋な不安神経症というのはめったにない。典型的な恐怖症でなければ分析治療が可能。ヒステリーの要素があるためだ。まず現実療法、それでだめなら心理療法で。『グラディーヴァ』論が入っている叢書はドイティケの出版社に移ったが、そこにいずれ一冊書いてほしい。拙稿「ヒステリー患者の空想とその両性性との関係」をお届けしたし。現在、大きい著作は手がけていないが、「性格と肛門愛」には興味をもってもらえるはず。

21A(23/02/1908)
 ご家族についてもっと詳しくお聞かせ願いたし。構想中の仕事は「夢と神話」をめぐるもの。リクリンも同じテーマを手がけているが、願望充足という観点だけにとどまっている。じぶんは別の観点を打ち出したい。幼児性、圧縮、検閲、抑圧、同一化などである。これらが個人の心理学だけではなく、集団心理学にも適用可能な概念だということを示したい。火を盗む神話を典型例に選ぶ所存。くだんの叢書にふさわしい主題であるかと思われる。頁数はどのくらいと見積もったら宜しかろうか。「ヒステリー患者の空想とその両性性との関係」には啓発された。続く肛門愛についてのお仕事は大いに議論を呼ぶことだろう(「ちょっとした爆弾効果」)。チューリッヒでも遠からず精神分析協会を立ち上げられるだろう。ザルツブルクには期待している。あるレセプションで早発性痴呆の気味のある詩人と知り合った。この人物においては自体愛が昇華されたかたちで観察される。霊感を得るために断食しては喜悦感にひたり、それを無限の享楽と呼んでいる。じぶんの外部の世界のことは目に入らず、人間界から解脱していると感じてよろこんでいる。世界からのリビドーの撤退の典型例である。

22F(01/03/1908)
 マティルデは療養のためメラーノに発ったところ。叢書の5巻目となるお仕事を楽しみにしている。じつは4巻目でも類似のテーマが扱われている。英雄誕生神話を心理学的に論じたもので、著者はわれわれの若き秘書オットー・ランク氏。神話の天体学的意味については避けて通れないであろうが、心理学的な解釈は可能だと考える。古代人は自分たちの空想を天体に投影していたからだ。「肛門愛」についてはアブラハムの言葉どおり、なかなか味方があらわれず。じぶんが生きている間であれ、死んだあとであれ、われわれの主張が認められることはまちがいのないところ。ザルツブルクで結束を固めたいものだ。

23A(08/03/1908)
 夢の報告を返送していただき恐縮している。「それらをさまよわせることが所有することを意味するのであれば、よろこんで再度お送りします」。じぶんが分析する典型例のプロメテウス神話について、ウィンクラーの著作を入手。かれがじぶんの所論をどう受け取るかが知りたくてたまらない。リクリンとランクの著作がもう出版されているのであれば、ぜひ参考にしたいもの。ここでいつものように質問。口のまわりの筋肉に手で押さえたときのような緊張と収縮を訴える二人の女性患者がいる。そのひとりは、症状が口から頬と額に移動しつつある。上方への移動であることは明らか。いずれの患者も夫に対する嫌悪をいだいている。一人は性的関係を拒んでおり、嫌悪感を身体症状であらわしている。このような口の緊張は、口へと移動させられた膣痙をいみするものであろうか。膣痙そのものも嫌悪感のあらわれなのだから。似たようなケースをご存知ではないだろうか。『夢解釈』についてもうひとつ質問。217頁に論理関係の表現、とくに「あれかこれか」についての言及あり。それについて啓発的な症例を知っている。父方がユダヤ系の女性がユダヤ人の男性と婚約した。いずれの家族からも婚約への反対の声が出た。長年、婚約を秘密にしていたが、ある日、結婚を発表した。両家の関係がもっとも険悪であった頃に女性がじぶんたちを来訪した。夢の分析が彼女の興味を引き、翌日こう言った。「昨夜は夢を五つ見ました」。彼女が私に夢を解釈してほしい願望をもっていたのはあきらか。夢は五つとも結婚をめぐるものだが、いずれも別々の観点からその主題をとりあげている。五つの夢はつぎの五つの可能性を提示している。(1)事実婚だけで結婚しない。(2)二人とも信仰を捨てずに法的に結婚する。(3)彼が洗礼を受ける。(4)彼女がユダヤ教に改宗する。(3)、(4)のケースともに公的な婚礼をする。(5)彼女fが改宗し、ユダヤ式の婚礼をする。五つの夢は可能性のすべてをカバーしている。このような「あれかこれか」の表現は注目すべきであると思われる。この解釈は正しいだろうか。

24F(13/03/1908)
 お尋ねの件、いずれもお言葉どおり。アブラハムの夢解釈は、『夢解釈』のくだんの一節を補うものだ。夢のなかでの「はい」は[夢]思考における「そして」をあらわす。[夢]思考における「はい」は、夢における純然たる列挙(そして)によって表現される。通常、複数の可能性はこの事例のように列挙されるのではなく、重ね合わされて不透明になっている。ザルツブルクでのご発表の件で安心している。ユングの要望により、じぶんは症例を報告することになった。

1908年のフロイト=アブラハム往復書簡(その1)


15A(08/01/1908)
 二人の男性強迫神経症患者の分析。ひとりは強迫的な祈祷、いまひとりは物体の強迫な検査とその由来の探究(宇宙論的ヴィジョン)を症状とする。後者の「とてもうつくしい遮蔽想起」。7歳の時、ある女性が喧嘩の最中に相手に向かって裸の尻を見せた。患者はこれを女中に報告した。女中は患者の行儀のわるさを責め、警察につきだすと脅す。患者は不安に襲われて祈りはじめ、その後、祈祷を終いまで唱えずにはいられなくなる。4歳の時、乳母のベッドで寝ていて、乳母の背後から下着を剥ぐ。その後、母親にも同じことをして叱られた。女性の喧嘩の場面にでくわしたのはこの頃である。この場面では患者は観察者にとどまっている。他の出来事では能動的である。それゆえ、この場面は他の出来事を隠蔽するための遮蔽想起である。祈りは性的行為にかんしての自らへの呵責である。どうということのない物体を検査することへの強迫は、女性の体を検査することに対応している。患者が物体を裏返してためつすがめつするのがその証しである。二回目のセッションでそこまでわかったが、行き詰まっているとして、フロイトにアドバイスを求めている。由来の探究の反芻についてはどう考えるべきだろうか。
 Grabower の症例(同年の論文「ヒステリーと早発性痴呆の性心理学的相違」)は早発性痴呆ないしその神経症との境界画定において重要。(1)患者は幼児期に母親への転移を起こし、母親を偶像化した。現在では母親の訪問を無視し、贈り物を破壊している。(2)早発性痴呆の特徴は幼児期における拒絶症(性的拒絶)だ。患者は2歳ですでにこの徴候を示している。(3)幼児期の自動症(夜泣き症etc.)。「だってパパ、それがひとりでに泣くんだよ!(Es schreit ja von alleine!)」早発性痴呆に結びついた他の強迫の症例においても同じ症状が観察される。そのうちの一例においては祖母が奇妙な役割を果たす。フロイトの分析によれば、患者は両親の性交を目撃しているということであるが、患者がこの役割をほとんど会ったこともない曾祖母に移動させていることはないか。患者にはまた卑猥な言葉(女性器について)を口にする強迫もある。患者は母親からいやな要素を切り離して別の女性に移動させたがっているように思われる。
 「イルマの注射の夢」が完全に分析されていないのは意図的なものなのだろうか。トリメチラミンの性的意味の重要性について。口の中の斑点は、汚れた注射器を通じての梅毒の感染に帰しうる。梅毒およびそれに由来する精神疾患は治療のミスのせいではないというわけだ。ほかにも納得しかねる点がある。飛行の夢は幼児期に源泉をもっているだけだろうか。ある女性が見た夢。ピンクの雲となって空を漂っていると、大きな手が迫ってきて、ついにはつかまえられてしまう。つぎのような美しい解釈はいかがであろうか。女性の二人の姉妹はすでに結婚して久しく、もうひとりの姉妹も婚約したばかりであった。すでに若くなく肥えてきた女性は売れ残りになる不安にかられている。夢のなかで、ぎゃくに彼女は空気のように軽やかで、彼女を欲しがる男性の手が伸びてくる。他のケースでも、飛ぶ夢が痩せたいという願望を表していることがあるのではないか。そのような事例をご存知ではないだろうか。
 『夢解釈』の新版において健常者の夢を分析するつもりがあれば、わたしと妻の夢をご用立てたい。ベルリンの精神医学学会は4月24~25日に開催。ブロイラーが発表する予定。ザルツブルクでの会合の日にちが重ならなければよいのだが。わたしはわがままなのでどちらにも参加したい。イエナ(オットー・ビンスヴァンガーの仕切る大学病院)の[精神分析への]転向についてはユングからお聞きかと思う。事態は好転している。


16F(09/01/1908)
 分析に行き詰まったというアブラハムの相談に対し、「精神分析の一般規則」の計画(出版されず)を吐露。あなたの強迫神経症患者については、罪責感、マゾヒスム、同性愛についての能動的な反応が期待できそうだ(叩く、尻)。反芻は性のことを知りたいというかつての欲望の継続である。強迫の期間はリビドーの活発化の時期(恋愛、嫉妬)に対応している。物体の由来の探究は、「子供はどこからくるのか」という「人間起源論」にほかならない。天体と人体のアナロジーに訴えているわけだ。
 基本的規則。(1)サルツブルク市のモットーにあるごとく、時間をかけよ。心的変化はけっして急激には起こらない。革命(精神病)のケースを除いて。2時間ですべて理解しようなどと思わぬこと。(2)進む道は、自由連想にしたがうことで、患者がおのずから示してくれる。
 イルマの注射の夢で問題になっているのは梅毒ではない。背後に潜んでいるのは三人の女性(マチルデ、ゾフィー、アンナ)をめぐる性的妄想である。飛ぶ夢の意味はさまざまである。ご報告いただいた事例はとても美しい。『夢解釈』第二版で使わせてほしい。

17A(15/01/1908)
 47歳男性の厄介な症例。催眠療法によって不快な記憶を想起したが、忘却。路面電車で帰宅途中に思い出し、その場で強迫的な台詞を発する衝動に襲われる。かれは催眠療法士への憎悪をアブラハムに転移している。つぎのセッションには遅刻してきて、分析を拒否。つづくセッションで、強迫が性的好奇心に由来することがわかる。ドラ症例末尾の注を読み、同じような状況でフロイトも行き詰まったことがあることを確認して慰めとする。技術を身につける必要があると痛感。それゆえにフロイトからのアドヴァイスはありがたい。じぶんと妻の夢をご報告したい。ご随意にお使い願いたし。祈祷強迫と反芻の由来について進展あり。祈祷強迫が突然神の強迫的否認に転化するのをいかに説明すべきか機会あらばご教示ねがいたし。フロイト夫人と令嬢が宿泊予定の施設についての情報。

18F(19/01/1908)
 娘(マティルデ)の病気のため旅行は中止。問題の強迫神経症患者は年齢から言って回復の見込みは薄いが、分析を続行すべし。かような患者は医師が満足しないと満足する傾向あり。祈祷が神の否認に逆転するのは典型的な強迫。もともと患者は二つの対立的な声を発することを強いられている。そこから決断の不可能性が由来する。ある患者(鼠男)は、舗道に石を置き、ついでそれをどけずにはいられない。そうかとおもうと気になって、ふたたび置く。愛する人がそこを通り、車がそれにつまづくのではないか。いや、つまづいて転倒すべきなのだ……。というわけで石を置きなおす。かれは無意識のなかで極端な優しい気持ちと極端な憎しみを抱いているのだ! 夢の材料をありがとう。奥さんの夢はチャーミングだね。ただし、チューリッヒの読者連中を慮って公開はしないでおこう。技法についてはいちばんむずかしい問題。できるかぎりお力になりたい。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。