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1909年のフロイト/ジョーンズ往復書簡(2)


12J(08/04/1909)
 ハンス症例への賛辞。同症例中のペニスの不在ゆえの女性にたいする蔑視、および割礼ゆえのユダヤ人にたいする蔑視という指摘にかんしては、前者はもっともだが、後者については奇妙におもわれる。ユダヤ人にたいする一般的な態度は蔑視というよりも(その成功や孤高への)憎悪であるから。これにかんしてブラウニングの詩が参照される。「髭をたくわえた一介のユダヤの民である/割礼をほどこされたパウロが/われわれには隠された秘密にあずかっているとおまえはおもわないか……」。ブラウニングは反ユダヤ主義者ではないが、救い主がユダヤ人であることをおもしろくおもっていなかったのであろう。ブラウニングの著書には多大なマゾヒズム的な傾向がみられる。

13F(18/05/1909)
 わたしとフェレンツィは8月21日にジョージ・ワシントン号でブレーメンを出航する。あなたの帰米と重なるかどうかはさだかではないが。

14J(18/05/1909)
 ハムレットのエディプス複合についての論文ほか一点を二週間ほどで仕上げる所存。アメリカ講演は英語でなさるべし。ドイツ語を解する者など皆無ゆえ。ハンス症例は「芸術的な愉しみ」をもたらしてくれた。追伸:フィスターとエマニュエル・ムーヴメントについてはどうおもうか?

15F(01/06/1909)
 ハムレット論に期待。フィスターは個人的な知己なるも、エマニュエル・ムーヴメントとは無関係。前例なきゆえ講演で英語は使わず。「年報」に空きあらば「鼠男」掲載せむ。

16J(06/06/1909)
 当方は三日遅れの出発。かの地での合流を期す。演目は夢に限定するより無意識の心理的メカニズム一般を扱うのがよろしくはないか?


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1909年のフロイト/ジョーンズ往復書簡(1)


7J(07/02/1909)
 アメリカの旅の報告。(1)ボストンでの精神療法会議。(2)米精神療法学会設立。(3)モートン・プリンス主催のジョーンズによるフロイト講座。ウィリアム・ジェイムズは欠席したが、ミュンスターバーグ、パットナムらが出席。とはいえ彼らの関心はあくまで精神療法にあり、アメリカ人は金を稼ぐのに熱心で、独自の成果は出ていない。なにより無知である。ブリルを除き、『夢解釈』を読んだ人に会ったことがない。プリンスは「心理的衝撃」[外傷の影響を性的要因ではなく強度に帰す]の信奉者で、フロイトがこの概念を「無視している」のを不思議がっている。無意識概念も曲解している。ボリス・シディスはヨーロッパの「すべての」潮流を批判している。アメリカ人に向けての戦略としては、まず各々の流派に通じること。ここではなんでも通俗化されてしまうので、分析の普及を急がず、科学的な厳密性を重視すべき。神経学、心理学の分野で重きを置くのが信頼を勝ちうる早道。アメリカ人は表面的なので、ひとつのテーマをいつまでも論じていると偏執狂扱いされる。性的なことを扱うと性的神経衰弱患者と見なされる。じぶんも性的なテーマは別のテーマにまぎれこませて薄めるようにしている。既存の心理学に関連づけることでもっとも初歩的なことを受け入れさせるのが肝心。いきなり高度なことを教えても怯えさせるだけ。ブリルはその点で誤りを犯した。臨床家としては優秀だが自己満足に陥りがちで聴衆の存在を忘れてしまう。個人的な成功と公的な失敗の乖離という点ではシュテーケルに似ているが、アメリカではシュテーケルの方が重きを置かれている。ボストン以外では精神医学いがいの精神病理学への関心はみられず、精神療法は信用されていない。心霊主義やいかがわしい医療に夢中のがちがちに保守的なボストン人にさえ。アメリカの神経学者および精神医学者のレベルも期待をはるかに下回る。ここではかれらはいわゆる「ビジネスマン」で金儲けに余念がない。ただしアドルフ・メイヤーは早発的痴呆の心因説に与し、ユングの毒素説と距離を置いている。「悪夢論」発表。ハンス症例を心待ちにする。「幼児期の性理論」「詩人と空想すること」拝読。

8J(17/02/1909)
 アメリカのヒステリーはウィーンのヒステリーと同じだが、数は多くない。

9F(22/02/1909)
 モートン・プリンスについてのご意見には同意しかねる。プリンスはフロイトの理論の本質がジャネに負っていると発言し、ブリルとアブラハムから聞くところによると、性的なことがらを重視しているという理由でかれら論文の掲載を拒否したとのこと。フロイトの無意識についても曲解している。プリンスの友好的な態度の裏に隠れた悪意に警戒すべし。あなたの外交家としての才能は認める。分析はアメリカで早晩抵抗を引き起こすであろうから、なるべくその現れを遅らせ、コントロールすべし。ブリルが私の著書の翻訳を終え、精神分析が金儲けの手段としてではなく真の科学的関心の対象となるよう願う。

10F(28/02/1909)
 訪米が決定。かの地でじぶんがあなたの人間関係を損なわないよう希望する。

フロイト=ジョーンズ往復書簡(1908年)


 アーネスト・ジョーンズは1908年4月のザルツブルクにおける会合でフロイトに出会い、そのあとウィーンでひとときをともにした。

J1 (13/05/1908)
 ウィーンの歓待への礼。麻薬中毒でブルグヘルツリに入所しているオットー・グロスは、ユングの治療を受けることになるが、グロスにたいするユングの嫌悪感情を考えると先行きが不安である[この不安は的中することになる]。二人のあいだにはひとかたならぬ道徳的な問題がよこたわっている。グロスの妻と[かのじょの分析家である]じぶんの関係はこじれている。グロス夫人は夫と犬猿の仲である別の男に夢中である。グロス自身は男たちが妻を愛することをよろこんでいる。これは自由恋愛についてのグロスの持論の倒錯的でパラノイア的な帰結である。妻のほうは夫のこの干渉主義が気に入らず、夫の女性関係に極度に嫉妬している。このことは極秘に願いたし。カナダではクレペリン熱が猖獗を極め、ミュンヘン詣での一団が訪欧し、トロントにもクリニックを設けるつもりでいるので、じぶんも職にありつきたいものだ。クレペリンはユングの連想実験については評価している。昨日はヒステリーについて「抑圧」という語を口にした。たいした前進ではないですか[nicht war]。やっと1886年[編注によればフロイトの男性ヒステリー論の刊行年]の時点にまでたどり着いたのだから。クレペリンの弟子たちはほぼフロイト派に寝返りつつある。かれらにじっさいにヒステリーの治療を手がけることを薦めると、ヒステリー患者には一人も行き当たったことがないとの答え。かれらの頭にはもっぱら緊張病、外傷神経症、早発性痴呆云々のカテゴリーしかないのだから当然だ。じぶんがカナダ行きする際にはバーナード・ハートに後を託す。明日本人がウィーン入りしたらフロイトを訪問させる。

J2 (27/06/1908)
 御書状(紛失)有り難く拝読。いますぐミュンヘンを発ち、チューリッヒ入り、その後ロンドン経由でパリにてマリーらに会う予定。グロスは先週ブルクヘルツリの塀を乗り越えて脱走、ミュンヘンに戻ってきた。昨日会ったが、完全なパラノイアで外界から遊離している。しかもコカインをまたはじめた。躁状態にあり、クレペリン攻撃を開始すると息巻いている。

J3 (26/09/1908)
 ついに念願のトロントにいる。シュテーケルにコンタクトをとりたがっている同僚がいる。『夢解釈』新版のドイツ語は一体に翻訳可能であろうか。

J4 (08/11/1908)
 ドイツ語の旧字体に不慣れなため、御書状(紛失)の翻訳に二週間を要した。シュテーケルの本は分析理論につうじている読者にとっては冗長にすぎ、不案内なものには難解すぎるが、不安状態の分類は評価できる。ジャネの神経衰弱概念にとって代わるべきものである。アブラハムの本を読了。イギリスの神話と童話については正しいことが書かれている。叢書に「子供の遊びにおける願望充足」について書きたい[ジョーンズはのちにメラニー・クラインの支援者になる]。軽躁症患者において、ミサと聖体拝受が「身体下部の上部への移動」の象徴となっていることを確認。イギリスの古い夢理論についてモートン・プリンスの雑誌に執筆。ブリルと共同執筆する啓蒙記事の構想。意見を聞かせてほしい。特にアメリカでは需要が多いので早急にとりかからねばならない。質問。麻痺状態は内的な複合への注意の集中により説明できるか。不安夢の心的状態は暴行されたいという受動性に規定されているのではないか。

F5 (20/11/1908)
 ドイツ字体を煩雑とお感じであればいっそ英語でお便りします。英語の間違いはご容赦を。シュテーケルの本については同感だが、あるしゅの嗅覚がある。「子供の遊びにおける願望充足」を英語ででも書いてほしい。ブリルとの共同の記事については賛成だ。麻痺状態については皮膚の性感帯が無意識的な複合に影響されている可能性があるが、それ以上は何とも申し上げられない。麻痺は症状ではなく、変質徴である。不安夢は特定の体質とは無関係であるが、マゾ的な人に苦痛を内容とする夢が観察される。『夢解釈』第二版でそれに言及している。

J6 (10/12/1908)
 訪米は延期。好奇心だけは旺盛なアメリカ人気質を考慮すると現在のブームはあてにならない。進歩にたいするアメリカ人の態度は嘆かわしい。フロイト的心理学についての論文は多く刊行されているが、内容は薄っぺらい。精神分析の性的基盤は反撥を招くであろう。少数の真剣な同志を養成するのがのぞましい。モートン・プリンスの雑誌に掲載したザルツブルク講演の原稿は好評。われわれの運動は厳密な科学性を保つべきである。品位を保つことで信頼を得ることができるであろうから。いかがわしい宗教運動とはかかわりをもつべきではない。『心理理論』誌に執筆を拒否したのは正解であった(フロイトとユングも同様な態度をとった)。モートン・プリンスは善良な読者を慮って性的な話題は敬遠し、前意識にうつつを抜かしている。子供の遊びは校医時代からのテーマであった。不安夢についての回答には納得がいかない。やはり女性的な体質の者が見るのではないか。暴行を内容とする夢が多いので。カナダ人は単細胞で不信心で粗野で愚かな軽蔑すべき人種だ。金とスポーツのことしか頭になく、酒や煙草のかわりにガムを噛んでいる。繊細な感情もユーモアのセンスもない。大学での仕事の内容。ヒステリーについての無理解。

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